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源氏物語VR体験@茶会

ヘッドマウントディスプレイなんてなくても、VR体験はできる。
そう、茶会なら。
 

 
2018年10月某日、夜。私は怒り狂っていた。18:00東京駅発の新幹線で実家に戻り、翌朝は着物で京都のお茶会へ行く予定だったのに、私が乗るはずの新幹線が東京駅のホームに入ってきたのを最後に、すべての東海道・山陽新幹線はストップした。博多から東京まで。原因は姫路駅での投身自殺。
「ただいま、姫路駅で新幹線と人が接触した事故のため、運転を見合わせております。なお、現場検証のため運転再開には時間がかかることが予想されます」
ええかげんにせぇよ、コラ。
ブチ切れた私は久し振りにガチガチの大阪弁を繰り出し、ここに書くのははばかられるほど思いっきり毒づいた。金曜日の夜、仕事終わりや旅行で胸を躍らせて新幹線に乗る数千人の人々の予定を狂わす罪の重さよ。
 
新幹線が止まってすぐ、これはかなり長引くケースだと感づいた私は、一旦家に戻り、翌朝早くに京都へ直行することにした。結局新幹線は2時間以上ストップし、もしそのまま待っていたら新大阪から実家までの終電がなくなっていた。ナイス判断。
 
家に帰ってもしばらく毒づいていたが、もう寝るしかない。
 
翌朝は少し頭がスッキリした。5時に起きて荷物のパッキングをし直し、メイクをして着物を着て、家を出た。着物で大荷物なのは動きづらかったが、仕方ない。当然のようにダイヤは正常に動いていた。JR職員さんには脱帽である。
 
なにより、これから茶会に行くのだ。きっと楽しい世界を用意してくれている、と期待しているから、私はなんとしてでも茶会に来たかった。京都が近づいている。そう思うと自然と笑みがこぼれてくる。
 
京都駅に降り立ち、使い慣れたバスで百万遍へと向かう。四条通、鴨川、出町柳。圧倒的ホーム感。
受付時間ギリギリに到着すると、門で後輩が出迎えてくれた。
「本日はおめでとうございます」
茶会を催すことのできるありがたさを思って、茶会のときはこう挨拶する。
水屋見舞いを渡し、待合へと通される。
 
今年は少し色づきが早いようだ。清風荘の紅葉が赤く染まり始めている。空は秋らしい色をしていた。京都の空は、滅多に澄んだ色にはならない。薄いフィルターがかけられたような、白っぽい水色。
 
待合のお床には、かごに入った雀が飾られている。これらは茶席の内容を暗示するもの。まだ席中に何が用意されているのかはわからないが、きっと後で伏線が回収される。
 
顔見知りの人たちと歓談していると、待合に迎え付けが来た。
「どうぞこちらへ」
正客から順々に、庭をぐるっと巡りながら離れの茶室へと向かう。
落ち着いた気分で、焦ることなく、着物で連れ立って歩く優雅さといったら。
 
床の間には色紙が一枚かけられ、烏帽子の香合が色襲の紙釜敷の上に置かれている。お花は、紫式部……?
これはもしや。
「本日は、源氏物語の”紅葉賀"をテーマにお席をご用意いたしました」
わーーー! 私が源氏物語の中で一番好きな紅葉賀! わーわー!!
心の中でテンション上がりまくりである。
 
紅葉賀とは、紅葉の季節に光源氏と頭中将というイケメン2人が青海波を舞う、それはそれは美しいシーン。しかも桐壺帝の計らいで、藤壺(源氏との不義の子を宿してしまった桐壺帝の妻)がリハーサルの見学に来ることになり、超苦しい三角関係だが誰も何も言えず、ただひたすらに青海波の舞が美しい、という心かき乱されるシーン。
そんな難題にまだピュアっピュアな2回生が挑むとは。どんな席を用意してくれるのか。
 
まずお菓子が運ばれてきた。千鳥の銘々皿に青海波の紋の入ったこなし。
どストレート。ありがとうございます。
点前さんは、紫の色無地の着物にオレンジ色の帛紗を付けていた。紫は高貴な人しか身に着けられない色。オレンジで表した紅葉が映える。点前の動きはもう、まさに青海波の舞。
紅葉賀で、光源氏は菊の花を頭飾りに付け、頭中将は紅葉をつけたという。だから主茶碗は小菊、二碗目は紅葉。数茶碗には宇治十帖の歌が書かれていた。
色紙を読めなかったので半東に聞くと「紫(の)輝(き)」と書いてあるという。点前座で繰り広げられる青海波を、一段上のところから藤壺が見つめているかのような……。
しかもこの色紙は、今回の茶会のために大雲寺の住職に揮毫してもらったものという。大雲寺は源氏が若紫を見つけたと言われる「なにがしの寺」の候補の一つだそう。
「いぬきが雀を逃しちゃったー><。」
と泣きわめく幼女に藤壺の影を認め、養子にし自分好みに育て上げやがて妻にするという、光源氏の若紫(紫の上)溺愛人生が始まった場所。そんなお寺が岩倉の奥地に残っているとは……。
今回のお水も、大雲寺からいただいたものだった。採水地は僧侶しか入れないので、わざわざ汲んでくださったとか。なんとありがたいご馳走だろう。
 
お席を十分堪能し、待合に帰ると、かごに入った雀がいた。若紫が大切にしていた雀。伏線は回収された。
 
帰りの道中、私は今しがた自分が体験してきた茶席に、驚いていた。
ただ道具が並べられ、人がお茶を点て、私はお茶を飲んだだけ。なのにそこには光源氏がいて、頭中将がいて、藤壺がいて、若紫がいた。私の手元には薫と匂宮が来た。青海波の舞があった。言葉なくとも心を通わす、源氏と藤壺がいた。
 
これって、まさにVR、仮想現実。千年以上も前に紫式部が書いた物語が、目の前で繰り広げられる。
 
ただ、今流行りのVRと違うのは、受け手側の知識量と想像力が問われるところ。お席からの情報を裁ける力量がある人にだけ伝わる仮想現実。紅葉賀の話をよく知らない人には、きれいなお点前、きれいな道具、で終わってしまっただろう。
 
にしても、自分が客として参加した茶会でこんな体験をしたのは初めてだった。東京からの道中に抱いていた期待は、裏切られなかった。むしろ大きな収穫。
 
やっぱりお茶会あっての茶道やな。
自分でもこんなお茶会作れるように、精進せねば。
昨夜のことなんてついぞ忘れて、私は嬉々として家路についた。
  
《終わり》


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