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ロミジュリ宝塚千秋楽A日程

 青春が終わった後、どうやって生きていったらいいのだろう。私は? あの子は? 彼は? もう、大人になってしまった。新しく生まれ変わって。

 ロミジュリ宝塚千秋楽配信はA日程で、B日程と全く別の作品でびっくら腰抜かしそうだった。それぞれの役の気持ちも3/6に観た時より強く、強くなっていて、震えた。
 ロミオとジュリエットで実は一番重要なのはベンヴォーリオではないか。瀬央さんと綺城さんのベンヴォーリオが全く違っていたけど、瀬央さんはだって礼さんの同期で、ほんまに友達やん。配属された時から二人とも星組で、キャリア爆進する礼真琴を隣で見守り、支え、たまに羨ましいと思ったり嫉妬したこともあったはず。リアルベンヴォーリオ。ロミオの純真で悪気がない理想主義を理解し、でもヴェローナに渦巻く憎しみ、怒り、争いもよく分かっている。マーキューシオの悪ノリにも乗っかるし、キャピュレットはやっぱり敵だと思ってる。綺城さんのベンヴォーリオはさらに優等生感が増していて、優等生だからこそ両方に合わせられる器用さとか、大人を無力だと内心嘲り、諦め、どーでもいいわ、遊んでやろう。でも適当にうまく生きようぜ感が表れていた。これは絶対今学生の人にも過去学生だった人にも当てはまり強烈な共感を生み出していると思う。タバコ吸って授業荒らしまくる同級生とも喋る仲でちょっと羨ましいと思ってて、定期テストではトップ取って読書感想文ではベッドシーンや不倫もある作品選んで国語の先生を悩ませ地元の小さなコンクールで賞を取り、卒業式の代表式辞で「こんな中学校では全然勉強できなかったので高校が楽しみです」と書き式当日まで再び国語の先生と揉め、結局やり通した筆者にとってはベンヴォーリオの大人と子どもの狭間でひらひらと舞っている姿が胸に刺さりすぎて、痛い。しかもベンヴォーリオは、ベンヴォーリオだけが生き続ける。死ぬのは本来難しいのに、激情に任せて死んでしまったマーキューシオ、愛を追って自ら死んだロミオとジュリエット、皆に取り残されて自分だけ生きないといけない。本当に辛いとき「死ねばいいや」という考えは非常に甘くて、人間なかなか死ねない。私は実感を持ってわかっていて、むしろ死ねない、生きないといけない辛さと人間は闘っている。ベンヴォーリオは物語が終わってもずっと人生を歩み続ける。それは本当に辛い旅で、友が亡くなった記憶は一生ついてまわる。観客の人生を体現しているのは実はベンヴォーリオで、だから彼が一番重要な役なのではと思った。大切な人を亡くした経験、命の大切さを感じる経験というのは多くの人が一つくらい持っている。友を、恋人を、家族を亡くしても、残された人は生きていかないといけない。その辛さを想起させる、あくまで普通の人、ベンヴォーリオ。

 愛月ティボルトは完全に36歳……ジュリエットが2階でニコニコしてる下で歌うティボルトは暗くて歪み方が半端なくてそれはそれですごいゾクゾクするけどただただ犯罪。ケンカのシーン、マイク入ってないけど「来いやゴルァァ!」とマーキューシオに発破かけてるティボルトが完全に下町のヤンキー男でした。目が、身体がキレてた。ティボルトを考えてみると、ロミオとジュリエットの結婚が発覚するまではただモンタギュー憎い、キャピュレット守る、ジュリエットは好きだけど何もできない。だったのが、二人の結婚が発覚してジュリエットを敵に盗られてしまった! という怒りが沸騰してもう何も落ち着いて考えられなかったのだろう。もしロミオの心臓を抉り出したら、それはジュリエットを傷つけることになって、もしジュリエットからなじられたりしたらティボルトはマルスの神が殺していたのではないだろうか。二人が結婚したという時点でもうティボルトには生きる希望は残されていなかった。どのような道を辿っても、死の運命だったのではないかと思う。憎しみと死が強く香るのは愛月さんで、瀬央さんは大人たちに翻弄され、争いの道具にされるやるせなさを感じさせた。
 何語かわからない輸入カレンダーがトイレにかかっているのだけど3月が「Mars」と書かれていて毎日トイレに行く度ティボルトを思い出していた、そんな3月も後2日で終わる。愛月さんは黒さを演じさせたら最高峰なのでこれからも若さ輝きぶちまけている星組で光を際立たせる存在でいてほしい。

 綺城パリスは自分の存在がよくわかっていらっしゃって、なんと図々しく貴族で、仮面舞踏会でも結構目立って、物語のなかのおまけポジションじゃなくてパリスというプレイヤーを主張しながら演じていた。この人は真ん中に立つ人だ。ベンヴォーリオの「どうやって伝えよう」も素晴らしかった。
 極美マーキューシオはピンクの髪と犬のモノマネがリアルすぎて笑ってしまった。もうちょっとセリフや歌が軽くなるといいな。
 天華死、やはり愛月死が凄すぎたけど、違った魅力でヴェローナに死をもたらしていた。愛月死は手足が長すぎて死ぬ人がマリオネット状態かつ目が0℃以下で死という感じ、天華死はヒタヒタと纏わりついてくるスライムのような感じ。何より薬屋に化けてるシーンで顔を一切、皮膚すら見せず、肩からぶら下がっている手が骸骨のようでディメンターかと思った。怖かった。愛月死は口元が見えて、全然違う役作りだった。

 ジュリエット。冒頭の「いつか」がロミオと対等に、なんならジュリエットの方が声が通っていてすごく嬉しくなった。夢見るか弱い少女なんかじゃないんだ。熱情を胸に秘めた自分で人生を選ぶ女の子なんだ。バルコニーでキスしちゃって、あ、私キスしちゃった、きゃぁぁ///となってるジュリエットも可愛すぎやろ。最初から最後までロミオ(礼真琴)と同じレベルで演じていて星組トップ異常にレベル高い〜となってフィナーレのパレードでくすみピンクの大羽根に斜めにつけたティアラが乗った小さなお顔が可愛さの権化! 可愛い! 可愛い!! これはティボルトもパリスもロミオも皆惚れる!! これからどんな舞空さんが見られるのか楽しみすぎる。

 ロミオ。今まで見たことないロミオが出現していて本当にびっくりしたのですが、何者なんだ一体。全く新しいロミオだった。痛いくらい優しく純真で、そんなんでいいのか? と戸惑う。仮面舞踏会も渋々行ってた。まともに寄ってるというか、本来のロミオではない。でも礼ロミオがやばい、すごい、と思ったのは人の芸を引き出しているところ。皆、礼真琴が何でもできるのは知っている。そしてロミオは別に才能全開な人ではない。うまく調整をして、ベンヴォーリオやマーキューシオ、ティボルト、神父様、乳母、そしてジュリエットの芸を引き出している。ロミオよりロミオを囲む人々のことがすごくよく見えて、びっくりしてしまった。それは礼さんの仕業だった。どこまで行くのだこの人は……。

 そんなことより、そんなことよりですよ。私は今日乳母にやられました。有沙瞳さんのリミッターが外れていた。私は、母が子を想う気持ちというのはだいたい母親のエゴで、子どもからしたらたまったもんじゃないと思っていた。今の子ども、若者のことなんて何も知らないし分かろうともしないくせに過去にしがみついて子どものことをずっと赤ちゃんだと思ってる。それがどうしようもないというか、母が子を想う気持ちというのが無尽蔵で、本当に愛しているんだ、それが子どもにとって良い形であれ悪い形であれ。と気づいたのはごく最近のことだった。有沙さんの乳母は完全に「娘を愛する母」で、愛する気持ちを伝えてくる歌のパワーが本当にすごかった。涙を流し、声を震わせ歌い上げる乳母が今日一番、強い愛を感じた。ロミオとジュリエットの愛とは違う形の愛、愛には種類があると乳母が伝えた。たとえ自分がお腹を痛めて産んだ子ではなくても、育てた十数年の歳月がジュリエットの幸せを望んでいた。幸せ、それは何が正解かわからない。ロミオと結婚する事かもしれないし、パリスと結婚することかもしれない。本の中の恋愛に則ればロミオとの結婚が幸せかもしれない。しかもキャピュレットとモンタギューの融和につながるかもしれない。でも現実的に、安全な選択肢を選ぶとしたら当然パリスだ。乳母は何も悪気がなく、ジュリエットの幸せを考えるあまりロミオとの密通を助けた次の日にパリスとの結婚を勧めてしまう。ジュリエットには到底理解できないけど、それが育ての母という存在なのかもしれない。

 キャピュレット伯爵は天寿さんが最高のソロで「家庭をかえりみず、父親らしいこともせず」ひと昔前のサラリーマン家庭には耳が痛い内情を歌ってくる。全然シェイクスピアの時代の物語じゃなくて、今に通じる物語なんだよな。そう思うと、私たちはどう生きていけばいいのか。ロミオとジュリエットは青春を恋に駆け抜けて死んでしまった。でも多くの人にとっては死ぬのは難しい。青春は終わってしまった。結婚によって、自分を真白のドレスに身を包んで子ども時代の自分を葬り、新しい家庭を築くミッションを背負って生まれ変わる。その先に待っているのはキャピュレット夫妻のような「妻にも愛されず」な状況かもしれない。それでも人は生き続けなければならない。いっそ燃え上がった炎と一緒に天国まで昇っていければいいのに……。
 
 もし、500年後も人が同じことで思い悩むことを予想し、火が消えかけた大人に青春を思い出させるためにシェイクスピアが13歳のジュリエットを据えて戯曲を書いていたとしたら、なんと計算高いんだ。シェイクスピアは詩を本業としたかったので稼ぐために戯曲を書いたと言われる。死後も500年売れてるってやばいやろ……どんだけ最強コンテンツメーカー。

Aimer
貧しくとも 病に倒れようとも
この命ある限り 愛し続ける
ふたりの 愛の城を 嵐吹き荒れようと 築いていこう
君なしの 未来など もうこの世にはない 何があろうと
この命 果てようと ふたりの魂だけは 引き裂けない
この宇宙 終わろうと ふたりの愛は残る 永遠に

 ロミオとジュリエットが死んでしまって、青春が終わってしまった人たちはどう生きていけばいいんだ……と頭を抱えてしまった。でも、たまには思い出してもいいよね。本物の青春が終わってしまった私たちに。シェイクスピアから受け継がれた讃歌を。

《終わり》

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