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コロナ禍のロミジュリはペスト禍のデカメロン -3/6ロミジュリB日程-

 大好きなロミジュリを、やっと理解できた。礼真琴のロミオと愛月ひかるの死があってやっとわかった。10代の頃、ロミオたちのように自分は大人と同等に世界がわかっていると思っていたけど、死の怖さを感じたことはなかった。何を怖れているのか? ジュリエットと一緒に死んでしまうことはすれ違いから起こったこと。何故最初からわかっていたかのように死を怖れているのかがずっと腑に落ちなかった。今日の配信を見て、あんな死がいたら怖いよ……心の中まで侵食されるよ……と思わず納得してしまう死だった。憎しみと争いが絶えない街に暮らし、悪い遊びを仕掛けてくる友人。ロミオが清純な心を持っているからこそ、周りとの違和感、齟齬、不安が生じる。それだけではないだろうけど、死の恐怖は常にロミオの側にあった。
 ある人にロミジュリのDVDを貸した時、彼女はロミオの死の恐怖がわかると言った。だから、わかる人にはわかるのかもしれない。私は本当の意味ではロミオの感情を理解していないかもしれないけど、にしても愛月さんの死は十分怖かった。あの死は怖い。温度がなかった。爪の先、髪の毛の先まで死だった。薬売りに扮している時もフードの奥で僅かに垣間見えた顎と口唇が人間のそれではなかった。ルキーニやラスプーチンの怪演も凄かったが、もはや声さえ不要、存在だけで表現が成り立っている。そんな愛月さんの姿から、研2で愛に抜擢され、真風さんと愛と死の相剋を表現し切った礼さんが思い起こされた。

 今回の愛の希沙薫さんもよかった。ロミオとジュリエットが仮面舞踏会で初めて出会う場面、長い腕が曲線美を描いて、2人の目と目があった瞬間の感情を伝えた。ロミオとジュリエットのダンスとのシンクロ具合がすごくて、見ている方が気持ちよくなる舞。

 ロミオ。礼さんのトップ就任が発表された頃から「絶対ロミジュリやるはず」と思っていて、案の定ロミジュリが発表された時にガッツポーズ決めてから足掛け1年以上楽しみにしていた礼さんのロミオ。日本初演の柚希さんは目から星が飛んでいるようなキラッキラした青年で眩しいっ、恋に恋するっ、突っ走るっ、という雰囲気でそれはそれでよかったのだけれど、日本で何度も再演され、宝塚以外でも上演され、時代が変わり、コロナ禍に公演をするロミオ像とは何か。今、キラッキラの目の青年は社会にいるか。そうではなく、冷静に街の状況、世界の状況、自分たちの問題を理解したうえで、心の優しさを持つ青年、そういう人は今の日本にいる。優男とか草食系といった言葉で括ってはいけない、思いを持った人がいるよ。今この世界で存在するロミオ、それを礼さんは小池修一郎と一緒に考えて、ロミオを作ったのだろう。登場シーンの純粋な、柔らかなロミオ。綺城さんのベンヴォーリオとの掛け合いも無邪気な男の子たちのじゃれあいで楽しかった。天華さんのマーキューシオ、剃り込みすごい! 眉毛まで剃り込み! ロミジュリ恒例のぶっ飛びヘアスタイル賞。A日程極美さんのピンクの髪も見たい、早く見たいですよ……。とにかく3人、良いトリオでした。そしてジュリエットと出会い、恋におちる瞬間、ジュリエットを慈しむ瞳、バルコニーにかけ上がり結婚を約束し、「おやすみ」と囁くロミオ。2人のエメ。初夜が更ける朝には、ひとつ大人になり、旅立ちの辛さに苦悶するロミオ。ジュリエットの死で世界が終わるロミオ、ジュリエットと一緒になるために死を選ぶロミオ。無限の表情を見せてくれる、皆を魅了するロミオがいた。音の伸びも声量も手足も表情筋も自由自在に使える礼さんが、ここだ、というツボにピタッと合わせにきていて、その努力によって何千人何万人の心の震えが生み出されている。力を持った人だ。

 ティボルト。瀬央さんが……同期の礼さんが研2から抜擢されてる横で役がつかなくて燻ってた瀬央さんがティボルトやってるよ……しかも大きな目が怒りと嫌悪に満ち満ちていてまさにティボルトだったよ……。15の夏に女を知ってからずっと想いを振り切るために女と遊んできた、でも忘れられなかったジュリエット。荒々しさ、猛々しさだけでいいなら他の配役もあったかもしれないが、瀬央さんの無垢な目が、ジュリエットへの想いを密かに抱いたティボルトには必要だった。そして2幕最初のバトルシーン、同期の礼さんロミオとバチバチやるのいろんな思いが去来しすぎて辛い。しかもロミオがティボルトを殺す。本気だ、役者同士の対決だ。

 ジュリエット。完璧でしたわ……礼ロミオについていってる、現代のジュリエット。自分の芯を通して、自分の考えに真っ直ぐ進む。両親であってもおかしいと思うことははっきり言う、強いジュリエット。エル・アルコンで女海賊をやってのけた舞空さんが新しいジュリエット像を見せてくれた。何より可愛い! 可愛いの暴力! 顔小さい、笑顔がキュート、大きく口を開けて思いの丈を歌い上げる姿、礼さんと同じレベルで自由自在に動く手足、豊かなブロンドの髪。こんな可愛いジュリエットがいたらティボルトもパリス伯爵もロミオも惚れるよー皆惚れるよー。最後のフィナーレで深いピンクの大羽根背負ってティアラを斜めにつけてフリルに囲まれるジュリエットが最強に可愛さの化身でしたよ。

 乳母。有沙さん新境地開拓。美城れんさんという伝説の乳母がいるので大変だったと思うけど、がなり声で肉襦袢つけて演じ切っていた。トップ娘役になる可能性も高かった人なだけあって歌も演技も素晴らしくて、特にジュリエットを想うソロ曲が心打たれました。自分の子どもじゃなくても、自分の子ども。その歌詞を聞いて私は祖母を思い出した。きっとあの人も私をジュリエットのように思っているのだろう。乳飲児の頃から大切にかしずいて育ててきたのよ、という自負がある。子を育てる親の気持ちを、彼らの親ではなく、乳母が一番伝える。

 他にも綺城さんベンヴォーリオがハマり役やし歌上手いし1人で大劇場を埋める人だ! となったり、キャピュレット卿を天寿さん、モンタギュー卿を美稀千種さんがやってる組み合わせとか、英真なおきさんのロレンス神父様はもう何度目かわからないくらいで板についているとか、アンサンブルだけどカメラに映り込む漣レイラさん大輝真琴さんが強いとか、目が足りなかった。配役が完璧すぎる。
 今回のB日程が完成度高すぎてA日程は一体どうなるんだ? でも愛月さんのティボルトも見たい……瀬央さんベンヴォーリオと礼さんロミオが仲良くしてるのも見たい……。

 久々に、満を辞してロミジュリを観て、これは古今東西見られる「家/身分の違いで叶わぬ恋」の話ではないことを思い出した。一見恋に恋して突っ走ってしまう10代の若者の物語と捉えられがちだが、憎しみや殺しはいけないこと、融和の可能性、愛と死の相剋をあらわしているのだった。ありとあらゆる憎しみを、次の世代は望んでいない。モンタギュー夫人が2人の遺体の前で痛切に叫ぶ姿に、今世界のあちこちで起きている二項対立の断絶を思った。
 そしてコロナ禍のロミジュリはペスト禍のデカメロン。「朝から夜まですべての時間を生きてる今感じ愛し合いたい」ルネサンスがやってくる予感。今、喜びを感じている? いつ何が起こって死ぬかわからないよ、大丈夫? そう問いかけられているよう(宝塚ファンはロミジュリ公演を観れている時点で120%生を謳歌しているので大丈夫)。

 最後にスモークが焚かれるなかロミオとジュリエットが笑顔で踊るシーンは、まさに天国に住まう2人の天使だった。天国はきっと、あのように白くて軽くてふわふわしていて、優しさに満ちた場所だ。毒薬が恋の翼になって、2人天国で再会する。愛する人と、いつまでも。

《終わり》

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