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人それぞれだけど自分は選ぶ

前に書いた自分と他人の気持ちなんか同じなわけないの後、それを読み、自分に当てはめたのか、自分の周りの人のことを言われたと感じたのか、自分理論を振りまいて(タイムラインに流れてきたから読みに行ってくれた)それはどうかと思う、と。
読んでくれたなら仕方ない、逆に読んでくれてありがとう笑

ビジネス初心者は心理学初心者

私は最近やっとビジネスについて学び始めた初心者で「巨人の肩に乗る」だとか「パラダイムシフト」だとかを学び実践している。それらは割と以前から言われていることだったり違う表現だったりで割と身近にあり、かつ身近過ぎて当たり前に通り過ぎてしまっていたりすることに気がついた。
身近だからこそしっかりと意識して使えるようになるといいのかな、それが世の中の流れ?仕組み?理なのかなと感じている。

その、身近な表現やなんかの話だと私の場合は本当に人の気持ちを理解できないというか察することが苦手で10代の頃にそれに気がつき高校を卒業してからはそれをなんとかしないと生きていけないと思い、あえて苦手な「服屋」という接客業の世界に入りコミュニケーションスキルを学びました。
苦手なことを吸収するのは本当に大変で10年くらい勤めてやっと人並みに会話(仕事としてではなく)ができるようになったかなというくらい、それでもまだまだ人の気持ちに寄り添うことが難しいと日々思いなにか自分を向上させられるものはないかと探し続けている。

スキルが身につくまで

ところが元々持っているオタク気質、何かを追求する性格はその後の10年余の間、気がつけば本当に沢山のことを吸収していました。お洋服の素材の知識はもちろん、着こなしのバランス感覚、ポイントの見つけ方、色使いのテクニックや新規客や顧客との接客のスキルなど沢山の知識を得ました。

つまり私の場合、コミュケーション能力の成長はわずかなものの、コミュケーション技術が得られた。
こうして考えを文章にすることや仕事として会話すること、表現の方法や比喩などいくらでも工夫ができるのに受け取る側の感情が読めない。自分以外の考え方や相手の立場や気持ちになれない。

そこから、前に書いた「自分と他人の気持ちなんて同じなわけない」がどれほど沢山の人に嫌な思いをさせたんだろうか…と思い巡らせてもそれ以上の答えは出ず。

切り替え

普段からそれほど関わりはないものの、面白くてなんとなく気になる存在の人。おそらくお互いにそのくらいの意識でしかなかったと思うその人達は今回の記事で決定的に自分は違うと。

そしてそれでいいんだろうと思う。

相手(不特定多数)がどうやって感じるかはコントロールできない。
なのでしっかりと自分と他者の境界線を引く。
相手(不特定多数)にこう考えて欲しいだなんて余計なお節介。
なので課題の分離。
相手(不特定多数)にも伝わる書き方、言い回しを使う。
なのでアサーティブなコミュニケーション。

そんなことをぐるぐると頭の中で繰り返し考えながらも次々と起こる新しいことにも頭を回していく日々。

あの時、元号が変わり新しい時代が来たのはそんな私には丁度いい区切りだったのかもと思い出す。

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重森貴子

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