美術催事のアサシン

引き続き #かっこいい台詞を考える
ですが、思い出せば思い出すほど
#衝撃的な台詞 しか出てこない。

百貨店に勤めていた頃、毎年年末年始はクリスマス年末〜年明けの福袋の他に美術催事がある。

この時期は来期入社するデパガの卵さんと販売バイトを主に選んでくる子たちが多く美術催事はゆったり販売を経験するにはもってこいの仕事。そこそこ忙しくそこそこ百貨店の雰囲気を味わい経験できるという場所で、当時は実は企業の偉いさんのお子さんも多かった。

美術催事では複製原画、シルクスクリーン、ミニ額、ポストカード、ポスター額、関連書籍や文具(特にクリアファイルや下敷き等)
等の雑貨類が主でポスター額、ミニ額、複製原画、シルクスクリーンは次回催事の販売統計等も影響するので販売数を種類ごとにカウントするようになっていた。

接客しつつそのカウントなど初めての販売にしてはハードルが高いかもしれないが、初めてくる子たちが少し教えただけで自分で考えながら働いてくれるのは嬉しくもあった。
その職場を辞めるまで10年少々、其々たった2週間ほどだが皆百貨店好きや美術催事好きになってくれてその後の彼ら彼女らの評判も良くそのうち新規バイトは【へなちょこの所で基礎を指導】と次々と派遣されるようになった。その後研修担当となるのはまた別の話。

その中にKちゃんという真面目な女子が催事初日からやってきた。
販売経験はないものの彼女は至って真面目、言葉遣いも教えなくても丁寧に出来ている。
そんなKちゃんに絵画の統計をノートにとるように頼んだ。
ノートは催事ごとでなく美術催事の統計で順繰りにノートの新しいページに埋めていくのだが、その時に限って前ノートがいっぱいになり新しいノートを使用することになった。

「正ちゃんを書いて統計出して」と言ったものの、百貨店のしかも1売り場にしか通用しない会話だと思い直し、

「正の字を書いて統計取ってくれたら良いから」と言った。

それでもKちゃんはキョトンとしつつ
Kちゃん「【しょうのじ】って何ですか?」
と聞いてきた。
聞けば物心つく頃から各国を転々としていた帰国子女のKちゃん、いろいろな経験を積みたい、と今回初めてのバイト。

そうか、、、、正の字って数を取るって常識は通用しないこともあるんだな、、、と
「正しいっていう漢字が画数が5画じゃない?それで数を書いて行けばいいの。
もし分かり難かったらKちゃんが分かりやすいように書いていいからね。分かりやすく5人でまとめるような…」

それまで考えていたKちゃんの顔がぱあっと明るくなり「はい、わかりました!」と良い返事をしていたのでそのまま任せることになった。

その催事は朝から忙しくポストカードを含む額装の類の売り上げがとても良かった。
私は催事の長なので1日の予算がクリアするとバイトや後輩全員にコーヒーや飲み物を奢るようにしていたこともあり全員奮起してくれた。

Kちゃんは初めてながら実によく働いてくれた。予算達成のハイタッチをして販売ノートを見せてもらった時に衝撃を受けた。

ノートにはびっしりと人型が書かれており、5人書いては消しを繰り返していた。
隅にはその日の最終販売数。さながら、腕のいい殺し屋が壁に殺す人数を書いて「今日は○○人やったぜ」とまとめたような紙面。

…しばし思考がフリーズした私はKちゃんに聞いた。
「Kちゃん、これは…何かな?」
Kちゃんは自信満々に言った。

「正ちゃんです!」

頭の中の人型にピンと矢印で説明書きがついた。

正ちゃんっっ?!
そうか、お前、正ちゃんだったのか!!

今日からお前の名前は正ちゃんだ。
それだけでもう、缶を開ける前に思いっきり振った炭酸水よりも私は噴き出してしまった。

その現場を見て当時の係長がやってきて
「何ナニー?どうしたの?!」
震える声で係長に
「Kちゃんの書いた正ちゃんです…」
と説明すると、書かれている統計を見た係長は今度はリーグの優勝祝いのビールかけの吹き出したビールのような勢いで身体を海老反りにした。

そしてやはり震える声で
「へなちょこ…お前正の字を何と説明したの?」
係長はノートの空いている所に震える手でボールペンを持ち「正」と書いた。
「Kさん、正の字はこれです」

Kちゃんの顔は正の漢字を見た途端「あっ!」と声をだし、みるみるうちに真っ赤になって「すみません、すみません!!」と平謝り。
その後は正しく正の字が書かれたのですが、あの時のKちゃんの堂々とした

「正ちゃんです!!」

は私の概念を大きく変えた出来事でした。
その後、初めて催事に来る子にはちゃんと「正」の字を書いて説明するようになりました。

#百貨店
#変人ホイホイ

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