今でも彼女を探している

#不思議 です。
苦手な方はスルーしてくださいね。


13年前の4月、当時の私の職場は梅田のテナントビルの中にありました。

9時30分開店の店内は忙しく、開店5分前になると放送が入りお客様を迎える準備も済んだところでした。向かいのテナントの20代くらいの男の子と世間話をして開店を待っていた時、

ガガガガ…ッッ

ギギーッッ

ガーーーーンッッ

大きな音と地響きで私と男の子は顔を見合わせました。

「—何?今の…」
「電車の事故かな?僕、ちょっと見てきます」

私達がいた階は6階、裏口階段を上がってすぐの休憩所からJR大阪駅が見えるようになっているので男の子が見に行ったのですがすぐに帰ってきました。

「見たけど、何もなかったッスよ」

何だったんだろね〜?とお互いに首を傾げ、そのうち開店準備の音楽が鳴り店の表に立ちました。

【〇〇〇〇、ただ今より開店いたします】
店内の合図の後音楽が始まり、お店のテーマ曲が流れる約3分はそのまま待つ状態です。

先程見に行ってくれた向かいのテナントの男の子が、ふっ…と私達の立っている通路の向こうを見て
「えっ!?」
と、小さく声をあげたのです。
「何?」
口パクで尋ねると、あれ…→と指差した
「何でしょう?」

目線を追った先に、
映画の撮影のような感じで20代くらいのセミロングの女の子があちこちから血を流して目が虚なまま、よろけながらこちらに歩いてきました。
開店してから数十秒、お客様はエスカレーターか奥のエレベーターでしか移動手段はなく、とうてい6階フロアに到着するには無理があります。それが彼女は私達の目の前にいきなり現れたのです。

女の子の格好は髪はセミロングで明るめの栗色、淡い黄色のパーカージャケットにフリルのついたシャツカットソー、バルーンタイプのスカートパンツをにスニーカー。
足や腕はあちこちぶつけたのか赤く腫れて流れている血が痛々しくて。
痛みを庇っているのか真っ直ぐ立っていられない感じは一見してわかりました。

『あの…私…ここどこ?…電車…お父さん…』

ぶつぶつと言いながら来る彼女の目線が私と合ったので、すぅっ、と鼻から大きく息を吸い、目線をもう一度合わせ女の子のそばに行きました。
「ちょっ…!へなちょこさん?!」
男の子の顔が引きつりました。
気にせず私は
「こんにちは、ここは〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇の6階ですよ。どうしました?」
と聞きました。

『……梅田、何で?』

女の子はしばらく考えるようにうつむきました。

「どこに居ましたか?」

『電車……、そうだ…お父さん…』

「お父さんも一緒だったの?」
聞くと女の子は首を横に振り、

『私一人…梅田で待ち合わせ…痛い、…痛い』

「そうやね…痛そうやし、ちょっと医務室に連絡するから、○○くん(男の子)このお嬢さんこちらの椅子に座ってもらって」
お店の椅子を持ってきて座らせ、男の子にみてもらってる間にストック裏に入り警備室と医務室の内線電話を調べている最中でした。

「ああっ!!」

男の子の叫び声が聞こえたので扉を開けて見ると、女の子は目の前でテレビのサンドストームが入ったようにザーッと消えて今座っていた痕跡も無くなりました。

何?!何なの!!

私達2人が大声で叫んだので周りのテナントの人も気づいてきてくれたのですが、説明しても肝心の女の子はいません。

「またまたー、朝から冗談キツいっすよーw」

と笑うほかのテナントの人に男の子は見たから!と強く言い返しましたが、それ以上言ったところでどうにもならず。「私達疲れてるかもね…」と濁して終わりました。 それから3時間後、私達は尼崎の脱線事故を知りました。

「へなちょこさん、朝のあの女の子、もしかして…」
その後、この話は私たちの中では言い難いこととなって、私達は話さないまま、其々のテナントはそのビルから撤退して終わりました。

不謹慎かもしれない、そう思って数年何も言えなかった話です。何年か立って怪異や不思議の蒐集をしてる作家さんにお話をして不思議な話の一つとして取り上げてもらいました。
取り上げてもらった理由は、あの後彼女がどうなったか知りたくて、人伝に話が流れたら彼女のその後がわかるかもしれない、そう思ったからでした。

事故の話やドキュメンタリーで映像が出るたび、女の子が生きているのかどうか未だに気になっています。できれば生きていてほしいと今でも願ってます。

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