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セックスができない②

大学1年の手つなぎ事件以降はとくになにもありませんでした。

というのもぼくが女性をさけたような生活をしてたからです。

1年生のときは生物学科にいたんですが生物学科の中途半端に濃密な人間関係が嫌で嫌で仕方が無かったので、数学科に転学科しました。

数学科は居心地がいいところでした。数学さえやっていればいいし、人間関係なんてあってないようなものでした。

というわけでその後の大学生活ではとくにこれといった性体験はなかったので、それよりも前にさかのぼってみたいと思います。

中学のときの失恋

自分の中で印象に残っている異性関係の出来事と言えば、あとは中学の頃に失恋をして辛かった思い出くらいです。

これはぼくの初恋でした。

その子のことを好きになったのは小6のときで、そのときはぼくもその子も同じ中学に行けるものだと思っていました。

しかし、その子はある部活に力を入れたかったらしく、その部活の強豪だった隣町の中学に学区選択で入ってしまいました。

ぼくもそのスポーツに興味があったのと、同じ部活に入ればその子に大会で会えるかもという下心から、同じスポーツを部活に選びました。

しかし、問題は部活ではなくて教室での生活でした。

その子はかなりかわいい子だったので、ぼくがその子と仲良くしていることをよく思わない男子もいたようでした。

ぼくはただたまたま趣味があってラッキーでその子と仲良くなれただけなのですが、仲がいいことそのものが気に食わなかったんでしょうね。

小学校の間はその子本人がぼくと仲良くしてくれてたので周りも文句を言えなかったみたいですが、その子がいなくなってからというもの、その子のことを好きだったであろう他の2人の男子から非常にねちねちした嫌がらせを受けました。

暴力や盗難さえなかったものの、ずっとねちねちと精神攻撃を受けていました。

それも飽きもせずに半年以上も。

中学生にとって半年という時間は結構気の遠くなる時間でした。

なぜそこまで長引いたのかということに関しては、ぼくの反応も悪かったかもしれません。

演技でもいいから一度キレてしまえばもっと早くすんでいたのかも。

でもぼくはひたすら耐えてしまいました。

そのときにぼくが学んだことは、色恋沙汰に関しては同性がとても面倒くさいということです。

この教え、というか学びはいまでもぼくの体に刻みついているように思います。

そのとき以来、恋愛はぼくにとってはリスクをともなう面倒なことになってしまったのかもしれません。

まあ、誰にとっても少なからずそういう側面はあると思いますが。

それに、そのリスクというのが、結構生活を根底から左右するほどのリスクでした。

いまはもう違うかもしれません。でも、中学生だったぼくにとって、教室の居心地が悪くなるということは学校生活の質を深刻に傷つけることでした。

そのイメージが今でも残っているんで、異性関係に踏み出すことは生活を書けることというイメージが自分の中にできてしまっているのかもしれません

だとしたらこれは誤った学習ですよね。

確かに異性関係は生活に大きな影響を及ぼしますが、根底から左右するほどのではないはずです。

失恋で死んでしまうならその方が異常と考えるべきでしょう。

んん……

そういう意味では自分の中で恋愛の過大評価があったかもしれせん。

変に苦労してしまったがゆえに備えすぎるという側面はあったかもしれませんね。

その結果、恋愛の一つの終着点ともいえるセックスに対して恐怖心を抱いてしまったとしても不思議ではない気もします。

セックスに踏み込むことによって生活が揺れてしまうのではという恐怖が喚起されているのだとしたら、それは取り越し苦労というものでしょう。

というわけで多少は分かってきたかもしれません。

セックスが出来ない理由。次回もまた別角度から見たいと思います。


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たーつ

高校留年er。うつ病で、あまりない高校での留年を経験しそこからじわりじわりと10年ほどかけて復活。現在は東工大の院で数学勉強中。外から見ると”普通”に見える家庭でとても苦しんできました。そんなぼくが日ごろ考えていることや立ち直った経験、近頃の面白い経験をつづる雑記noteです。
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