見出し画像

具体的な生きる楽しみが朝ドラしかない

前回同様、これもタイトルままである。
ここ最近、言うなれば四月からは本当にこのような状況が続いている。具体的な生きる楽しみが朝ドラしかないのだ。
私は別に前から朝ドラを見ていた人間ではない。時期的には、『ごちそうさん』の頃(しかも中盤過ぎ)くらいから見るようになった。家人が面白そうだから、ということで録画を始め、帰宅後夕食を食べながら見る、という視聴スタイルが確立したのだ。一日一話、週六話の一話15分。これはいいなあ、とそのときも今も強く思う。手軽に、でも忘れられてしまうほど軽くはなく、かといってずるずると引きずるほど重くはなく(重いとしても嫌な重さではないことが多い。もちろん例外はあるが)、わくわくできる。朝ドラのことを『ログインボーナス』と言っている人もいたが、それは的確な表現だと強く思う。これが他のドラマ同様、一週間に一回だと駄目なのだ。朝起きたとき、生活にログインしても、なにもない。朝起きて布団の中で「ああこれから顔洗って化粧してご飯食べて運転して出社して仕事してもしかしたら残業もして運転して買い物して家帰ってご飯食べて風呂入っていつの間にか何もできずに寝るんだな」と考える。考えると、悲しくなる。どんだけ続くんだこの生活。でもこの中のどこかに、「そういえば、今日の朝ドラどうなるんだろう」が入ると、ちょっと布団から出る気が湧く。この効果は別に絶大ではない。でも、じわじわと効いてくる。布団から出ないとまずテレビは見れないし(寝室にテレビはない)、夕食のときに見るから生活をまず乗り切らないといけない。ああ、そうだなあ、ログインしないとなあ、と思いながらもそもそと布団から這い出る。勿論、一週間に一度のドラマも素晴らしい(『崖っぷちホテル!』わくわくして好き)。でも、私は、毎日続く生活にログインするには一週間に一度だけでは少し頑張れない人間だ。かといって毎日一週間に一度のドラマばりに大きな伏線も張られるのも見ていて疲れる。なので、朝ドラの「き、気になる(明日も見れる)……」という距離感が丁度良くて好きだ。
そのため、最近の具体的な生きる目的が朝ドラしかない。
一週間に一度だとその間に楽しみが流れるほどの大きな問題が起こると頑張ることなんてできないし、本や漫画みたいに何カ月に一度だと日々の生活に追われている間に忘れてしまうなんてこともある。ちゃんとした人はそんなことないだろうけれど、私は無理です。忘れます。昨日食べた夕食もすぐに思い出せないし、カレーだったかスパゲティだったかも覚えてない。
けれど、毎日あれば、「とりあえず見るために今日は頑張ろう…」と渋々思える。布団から出れる。しかし最近は仕事も私生活も厳しいため、一日三回朝ドラを見ている。
朝、昼、夜、見ている。
朝は出社したときに誰もいない室内で準備をしながらリアルタイムで見る。昼は昼食を食べながらリアルタイムで見る。
夜は夕食を食べながら家人と録画を見る。
一日三回、同じ内容を見ている。
これは厳しくなってきた四月からであり、それまでは昼と夜しか見ていなかった。今回の朝ドラが個人的にとても好きなのもあるが、何回もログインボーナスをもらっている感覚がしてとても元気が出る。何回見ても面白いのは面白い。面白いのはいいし、止めるつもりはないが、具体的な生きる目的が朝ドラしかないという思いが徐々に強まってきているので、それは何とかした方がいいのだろうか、とぼんやりと考えている。日曜日なんかは朝ドラがないのに加えて翌日仕事という事実に頭を抱えて一日が終わる。アウトドアな趣味見つけなよとか言われたが、別に空飛んだり走ったりしたくないしな……。あーあと自分の生活の断片を頭の片隅で考えながら朝ドラを見る。面白い。彼女彼らたちの生活を垣間見ながら、自分の生活がゆっくりと幕を開ける。そうしてなんとか毎日を頑張れる。
明日の朝ドラも楽しみだ。きちんとログインをしよう。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3

花野

これといってなにもない。備忘録。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。