理想と現実の交差点、広告媒体資料とは、お見合いの釣り書きだ

前回に続いてメディアにおける広告営業に関する話です。

広告ビジネスに携わったことの無い方は、ご存知ないかもしれませんが、雑誌や新聞、ウェブサイトなど、広告を収入源として運営されるメディアには広告主向けに、そのメディアの特徴や読者層、広告枠のスペック(サイズ等)をまとめた紹介パンフレットとして「媒体資料」というものが存在します。

通常の広告ビジネスにおいて広告営業を行うとは、つまりは、この媒体資料を作り、広告会社や広告主に配布したり、持参したりして、その媒体に関する説明を行うということに他なりません。また、広告ビジネス・モデルの新規メディアを立ち上げるときには、まず、この「媒体資料」を作ることが仕事の第一歩になります。

私も、フリーマガジン「R25」の立ちあげ以来、この10年ほど何度となくこの「媒体資料」というものを書いてきましたが、実になかなか奥深く、そして不思議に満ちたプロセスでもあります。今日は、そんな広告営業の「楽屋裏」的な部分についてのお話をしたいと思います。

将来、広告メディアビジネスに興味のある大学生諸君は、自分が読者・ユーザーとして日頃から接している雑誌やウェブサイトの媒体資料を見て回ることは、非常によい基礎トレーニングになると思います。媒体資料には、メディアが「広告主向けに見せる顔(あるいは見せたい顔)」があります。そこには通常、誌面やブラウザ上で感じる読者向けのものとは違ったニュアンスが必ずあります。そういった二面性に敏感であることこそ、広告メディアのビジネスを作っていくうえで、基礎的な感性となりますから。

媒体資料から見えてくる広告営業の本音

さて、今回も実際の事例に基づいて話します。

取り上げる事例は光文社の「VERY」と「Mart」です。第2回で「美ST」についても書きましたが、光文社という出版社は、特に女性誌ビジネスというフィールドでの「試合巧者ぶり」において国内最高レベルのノウハウを持っていると私は考えています。実は、そもそも媒体資料を誰もが見れる場所で公開するかどうかも、メディア企業の中でも考えの分かれることなのですが、光文社は気前よく、媒体資料をネット上に公開してくれているので、心置きなく紹介できます。(インターネット登場以前は、一般読者が自分の好きな雑誌の媒体資料を読むことは、かなり困難だったと思います。インターネット万歳!)

まず、

「VERY」の媒体資料にアクセスしてみましょう。PDFで見られます。

媒体資料において中核となる読者データ部分を引用します。

私なんぞは、この媒体資料が書かれた会議風景が手に取るように分かる気がするのですが、上記の媒体資料で「持ち家率が高く、世帯年収が743万円」と見出しになっているようなところは、高い確率で、光文社の広告部長あたりが「ここがセールストークのキモだぞ!」と広告主にアピールしたいところです。

そして、さらにミソなのは、2文目の「家族も自分も大切にする向上心あふれる女性です」という文章です。ここの前の文章は年収と持ち家比率の数値データの話なので、客観的な読者像の現実描写(as is)をデータに基づいて話している部分だったのすが、1つ目の文章から、2つ目の文章に行く際に、「客観的な現実」から「主観的な理想の読者像」を自己申告するモードへ移行し、客観と主観、「as is」と「to be」が巧みにスイッチされています。

もし、私が意地悪な広告主の出稿担当者で、光文社の広告営業マンからこの媒体資料に基づいてセールストークを聞かされたのなら、「VERY」の読者が、どのような根拠で「日経WOMAN」や「ケイコとマナブ」の読者層よりも、「向上心溢れる」と言えるのか。あるいは、「すてきな奥さん」の読者よりも、「家族思い」と言えるのか、根掘り葉掘りと、小一時間問い詰めたいような気も湧き上がろうというものです。

それ以外にも、「専業主婦が65%」でありつつ「向上心あふれる」とは具体的にはどういうことだろうか? 「VERY」の読者の向上心とは、どういうベクトルの向上心なのだろうか?(まあ、料理好きが高じて、自宅のキッチンで近所のママ友を集めて、料理教室やったりするレベルでしょうか?)などと細かいツッコミどころが満載です。(が、そもそも媒体資料というものは、「メディア」という形のない、アヤフヤなものを売りつけようとするわけですから、ツッコミどころを探せばキリがないものであり、ファンタジーとリアリティの間を行ったり来たりするものであります)

さらに余談かつ意地悪で細かいツッコミで恐縮ですが、

3年ほど前に作成されたバージョンの「VERY」の媒体資料
では、読者の平均年収は「870万円」だったそうですから、この3年くらいのうちに、「VERY」読者の平均年収は15%程度もダウンしたことになります。リーマン・ショックの影響でしょうか? それにしても、こんな細かいツッコミを入れてくる広告主がいたら、広告営業マンにとっては悪夢です(笑)。

そして、さらに生々しいセクションが、個別の商材への興味感心度合いを競合媒体誌と比べた下記のようなセクションです。これはライフスタイル誌やファッション誌の媒体資料にはよくあるグラフです。

メディアというものは、読者向けには「我々は唯一無二のユニークなオンリーワン・メディアです。」というような雰囲気を醸し出すことが多いですが、媒体資料において、このように自ら以外の競合メディアとの比較グラフが出ていれば、それは、「こいつらがライバルです! ボコボコにしてやるぜ、ブヒ!」と鼻息あらく、中指を突き立てて名指ししていることに他なりません。「VERY」の事例で言えば、「Domani」と「LEE」が、広告営業上の主要なライバルと、「VERY」側は名指ししているわけですね。

そして、よくありがちな広告セールストークで言えば、光文社の広告営業や、広告会社の雑誌セクションで光文社担当の媒体マンは、BMWやメルセデスやプジョーのような輸入車メーカーに広告営業に行った際には、左上の「輸入乗用車」に関する「VERY」読者の興味関心のグラフを指さしたりしながら、「(「Domani」や「LEE」の読者よりも)ウチの読者のほうが、ずっと広告への関心度は高いですよ。(だから、広告をウチに出しませんか?)」というようなトークをやるのが「基本動作」となります。こういった行動は野球で言えば、「ゴロは、腰をしっかり落として捕る」「グラブは胸の前に構える」というようなレベルの基本中の基本です。

さて、「VERY」は主には30代の子育て中の主婦向けの雑誌ですが、同じ光文社からは「Mart」という雑誌も出ています。こちらも30代の子育て主婦層向けの雑誌になります。そして、この「VERY」と「Mart」の媒体資料を読み比べてみると、媒体資料というものの「味わい深さ」がお分かり頂けるかもしれません。

Martも媒体資料がオープンな場所に掲載
されています。一目して分かるのは、「VERY」と比べて読者データに関する、グラフが少ないということですね。そして目を引くのは「バランス感覚に目覚めた主婦」という見出しと下記の概念図です。

「Mart」読者(=Mart族)は上記のピラミッドのちょうど中間ゾーンのようです。そして、ここでは名指しこそ避けているものの明確なのは、トップに位置する「ブランド重視型」というのは同じ光文社のメディアである「VERY」読者のことになるでしょう。(そして、下に位置するは、おそらく「オレンジページ」や「saita」のような家事情報雑誌です。「節約おかずレシピ!」とか特集しちゃうような雑誌です)

このピラミッド上部について、実に興味深い表現ですが、「リアリティがなくなった」と書かれています。さすがに同じ会社の別雑誌にこういう書き方をすることはできませんから、ここは「VERY」のことですよ、と名指しをすることは避けざるを得ません。しかし、この「リアリティがなくなった」という記述を、平たく解説するならば、子供を幼稚園に外車で送迎し、六本木ヒルズ広尾近辺のカフェでママ友と着飾って優雅にランチするような「セレブ主婦」的な生活を「VERY」の誌面で見せられたとしても、このリーマン・ショック以降の日本では、「わあ素敵!」と感じる主婦よりも「どこの国の話よ!」と感じる主婦層が増えてますよねぇ〜? という、実に鋭い問題提起です。

媒体資料はお見合いの「釣り書き」?

さて、「Mart」の媒体資料には、「VERY」に比べてなぜグラフが少ないのでしょうか。

これは要するに、データで語ろうとすればするほど「しょぼく」見えるからでないかと思われます。そして、「Mart」の媒体資料において、マーケティング的には非常に重要な単語にも関わらず、巧妙に避けられるNGワードがあります。それは、読者の「平均年収」です。

下記が「Mart」の読者属性データになります。

さすがに年収ほど重要な読者データを広告主向けに隠すわけには行きませんから、小さめの文字では触れてありましたね。しかし、読者全体を「平均年収」で表すことはここでも避けています。さらに広告営業として「これは、苦しいよなあ」と同情してしまうのは、世帯年収における「その他:24.2%」というくくりですね。

上記の区分を見てもらえば小学生でも分かりますが、ここでいう「その他」とは「世帯」の年収区分で400万円未満の人たちのことなのでしょう(あるいは、好意的に見て「無回答」を含む)。この「Mart」読者の世帯年収に関する最大の分布区分であり、24.2%の読者が所属すると思われる区分を「その他」(=つまりは年収400万円未満)としなければいけないのですから、これは相当に苦しい状態であり、広告営業的には、「ああ、どうか平均年収に関する質問が広告主からは出ませんように……」とセールストークの最中に祈っているような状態です。

つまり、「VERY」に比べて「Mart」読者の最大の特徴は、「世帯年収が低い」低所得層だということです。しかしながら、実に興味深いのは、「VERY」の媒体資料にはマンションを合わせた「持ち家率71.3%」と誇らしげに書いてありましたが、「Mart」の読者は、その60%が一戸建ての持ち家であり、12.2%が分譲マンションに住んでいるわけですから、マンションを合わせた「持ち家率は72.2%」となるわけです。

つまりはマンションを含めた「持ち家率」という切り口では、「Mart」が「VERY」を逆転します。「持ち家層=相対的には高所得層」と一般的には思われがちなのですが、ことほどさように、媒体資料を通じてアピールされること、アヤフヤな世間一般のイメージに基づいた印象操作が混じりがちなことが多いのです。

さて、「VERY」の媒体資料ではその読者について「向上心にあふれる」という枕詞がついていましたが、「VERY」読者と「Mart」読者の学歴を比較してみれば、

VERY 大学・大学院卒比率 31.6%

 Mart  大学・大学院卒比率 27.7%

ですから、まあ統計的な誤差を鑑みれば大差ない範囲とも言えます。

さらに年収に関する話はいずれも「世帯年収」ということでしたから、実は「VERY」読者と「Mart」読者を分断する最大の分かれ道は、つまりは「高年収のダンナをゲットできたかどうか?」というちょっとした女子力と巡り合わせの差という、極めて定量化しにくい要素でないかと思われます。

逆に言えば、「VERY」と「Mart」の読者本人自体を、取り出して比較してみれば、誌面の中で広がっているイメージほど、そんなに遠い世界にいる別人種というわけではなさそうです。おそらく同じ女子高などの仲良しグループで、同窓会的に集まれば、同じグループに両方の読者がいる可能性はかなり高そうです。また、全く同一の主婦が、子供が寝たあとに、心ときめくファンタジーを求めて「VERY」を読み、現実的なお弁当作りのヒントを求め、家事の合間に「Mart」を読むということは、大いに有り得そうな話ではあります。

これは、同じ人間が、週末を過ごすための普段着をユニクロで買い求め、合コンやプレゼンの勝負服をシャネルやアルマーニで買い求めることが有り得るのと同様に、実に自然なことなのです。しかし、広告メディアというのは、読者とのコミュニケーションの接点を唯一無二の商品に仕立てあげたうえで、広告主に売ることをその存在意義としていますから、「Mart」と「VERY」とでは、全く違うユニークな主婦層が読んでいるように見せないといけません。

ああ、「広告営業は辛いよ」といったところですね。

前回、広告営業は「世話焼きオバサン」だと書きましたが、媒体資料とは、つまりは、お見合いの「釣り書き(人物紹介のプロフィールシート)」や、結婚式での「新郎新婦の紹介」みたいなものです。どんなに良さそうな人でも、「よくいるタイプのエリート官僚」とお見合いの釣り書き書いてしまっては、お見合いがそもそも成り立ちませんから、「東大法学部を出て、社会福祉の向上に厚生労働省で使命感を持って取り組む若き俊英」という印象を与えるようにしておかねばなりません。

今や、インターネットのおかげで、様々な広告メディアの媒体資料が一般読者にも公開される時代となりました。「媒体名+媒体資料」などで検索すれば、ザクザクと出てきますから、プロのメディア職人を目指す人には、広告営業マンにかぎらず、様々な広告メディアの媒体資料を見て回ることをオススメしておきます。媒体資料には、誌面というステージの上で繰り広げられる「華やかな世界」とは違った「楽屋裏」の生々しさが満ち溢れています。

==終了==

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