【第三回】「世話焼きおばさん」としての広告営業を「じゃらん」の「貸切風呂特集」に見た!

メディア立ち上げ前の「予想」は、絵に描いた餅だと心得よ

さて、前回はメディア立ちあげにあたって必要となる編集コンセプトについて、どのように考えればヒットするメディアが生まれるのか。「美魔女」で有名な「美STORY(現在は「美ST」に改称)」や、リクルートのフリーマガジン「R25」を例に語りました。

メディアとしての「理念」があり、「何を」「誰に」「どのように」伝えていくのか、といったメディアとしての編集コンセプトが具体的に設定された後に、必要となるものは何でしょうか。

営利事業としてメディアを立ちあげ、運営するために必要なものは、継続的に収入が得られるためのビジネスモデルであり、ネット業界風にいえば「マネタイズ」の方法論です。課金を前提としなければ、広告営業としての競争力や提供価値をどう定義し実現していくのか、という話でもあります。

さて、新規メディアを立ち上げるにあたっては、よく事業計画書の中に「対象となる広告マーケットには、×××社の広告主がいて、年間の広告市場は○○○億円」というような市場規模の算定ページが付いています。私も、何度となく書いてきた記憶がありますが、まあ大概は「絵に書いた餅」になります。

前回は、読者ニーズに「仮説」を立て、定量調査を行い「あなたが興味・関心のあることは何ですか?」式のリサーチをやったり、対象読者予備軍とグループインタビューをやったりすることもムダではないが、それほど「意味がない。むしろ語られざるニーズ(=抑圧)にどう気付けるかこそがキモと書きました。実は広告ニーズにおいても同じことが言えるような気がしています。

今回はそんな観点から、「広告ニーズ」の切り取り方、掘り起こし方にも編集コンセプトと表裏一体となった提案と発見があるべきであり、メディアにおいて広告営業マンには「(川下で)広告枠を売る」だけではない重要な機能があるのだという話をしたいと思います。

閑古鳥の宿に客を呼ぶため、「じゃらん」が掘り起こした「潜在的欲求」

リクルートには、「じゃらん」という旅行情報メディアがあります。20代〜30代くらいの若い読者層をターゲットに、国内レジャー向けに短期間の旅行ニーズを捉えた情報誌としてスタートし、今では旅行予約メディアとして制約報酬型のビジネスモデルに業態転換しつつあります。主な広告主は、温泉旅館、ペンションなどのお宿さんであり、そのような宿のオーナーがにとっては、広告掲載の動機は、「じゃらん」に広告を出せば、部屋が埋まる、というシンプルな話でした。

この「じゃらん」において、伝説的な事例となっているケースをご紹介しましょう。この話は、メディアにおける「広告営業マン」の機能というものについて考えるうえでも、非常に示唆的です。

「じゃらん」の創刊は1990年です。バブル経済がピークを迎えて以降、熱海や鬼怒川などに代表される温泉街は、慢性的な稼働率低下に悩む構造不況業種となってしまいました。「じゃらん」の広告営業マンが向き合う旅館やペンションのオーナーたちは、日々「お客が来ない。部屋が埋まらない」という悩みに苦しめられている人たちだったのです。

創刊直後の「じゃらん」の読者にとって、ボリュームゾーンとなる旅行需要のセグメントは、一泊二日程度の若い20代カップルでの個人旅行です。こういうニーズは、どちらかと言えば、「旅行」というよりは、「デート」の延長的なゾーンでもあり、日帰りデートのプランについて考えるならば、「東京ウォーカー」を読むんだけど、一泊二日のお泊りならば、「じゃらん」だね、というような棲み分けがありました。

これは前回の「ヒットする新規メディアは、「ニーズ」ではなく、「抑圧」から生まれる」という話ともキレイに重なるのですが、当時「じゃらん」を読むカップルにとっては、掲載されている温泉宿のサービス内容や設備に対し、大いなる「不満」・「不条理」・「抑圧」があったのです。

とある20台前半の若いカップルが、「じゃらん」を見て、部屋を予約し、伊豆の温泉宿に泊まりにきた、としましょう。そこには、素晴らしい露天風呂があるのです。し・か・し! 男女一緒には、露天風呂に入れないのです!

若い男女のカップルが一泊二日で温泉宿に「そもそも、何を求めてくるのでしょうか?」まあ、格調高いcakesのサイト内で「みなまで言うな」というものですが、分かりきったことですよね……。お風呂に一緒に入って「キャッキャ、ウフフ」とイチャつくことではないでしょうか。そのことに思いを馳せると、お風呂の時間に男女がそれぞれ別々に露天風呂に入らないといけない、というのは、ああ、なんという不条理でしょうか。「ああ、女湯よ、どうしてあなたは女湯なの?」。ロミオとジュリエットも真っ青のお涙頂戴バナシです。

しかし、この「不条理」について、温泉宿のオーナーたちには特に悪気もありませんし、無粋なことをしているという自覚もなかったのだと思います。「ウチが提供しているサービス価値は『露天風呂の温泉』である」。温泉の価値や効能は、男女が一緒に入れるかどうかには関係ないと思っていたのでしょう。

また温泉宿を訪れた「じゃらん」読者のカップル側にも、「温泉旅館とは、公衆浴場でもあり、男女別々で入ることは、その意味では当然のことだ」という固定観念もありますから、お風呂が男湯と女湯が分かれていることについて、表立って宿側にクレームを付けることも、なかなか難しかったのだと思います。

温泉旅行に行くカップルの「潜在的抑圧」をつかんだ「じゃらん」

まさしく、ここにも語られざる欲望としての「抑圧」があったわけです。

しかし、このような状況において、「じゃらん」の広告営業マンから、温泉旅館業界に偉大なブレイクスルーがもたらされます。これまで述べてきたような「じゃらん」読者が感じていた「不条理」「不満」を読者になりかわって代弁し、温泉宿のオーナーたちに、「貸切風呂」を設置することを提案したのです。そして、その提案を受け入れて「貸切風呂」がある温泉旅館やペンションだけを台割で括って特集化し、表紙などで大々的に読者に訴求しだしたのです。

「カップルで温泉に来たんだから一緒にお風呂に入りたい!(けど、入れなかった…)」という、これまた分かりやすい「抑圧」を解放したわけですから、「じゃらん」の特集企画として「貸切風呂」は大ヒットしました。そして、その結果として、ますます多くの温泉宿が貸切風呂を設置し、「じゃらん」の「貸切風呂」特集は完全に定番化していきます。「貸切」と言われても安心できない………という読者心理にも応えて、「鍵付き」での貸切風呂へ………とさらなる進化も遂げました。

かくして伊豆や鬼怒川、熱海のように「構造不況」にあえいでいた鄙びた温泉街には、「週末はラブホにいくのが定番コース」となっていた実家暮らし同士の若いカップルをも含んだド新規での旅行需要が、「じゃらん」によってもたらされたのです。

メディアというのは情報を伝えるための「媒介・媒質」のことですが、通常は、供給者である企業側から消費者に対して、川上から川下に水が流れるように、「どのようにマーケティング上のメッセージを伝えるか?」や、そのための「パイプ」として「下流方向に、いかに水の通りを良くするか?」についてばかり考えがちのように思います。

需要側と供給側は、お互いの心が見えないすれ違う男女である

しかし、旅行やレストラン、結婚式場のようなサービス業、そして自動車や住宅の販売のように、人間の営業マンが購買プロセスに介在する高額の個人消費が典型ですが、そういった業界で供給者の側にいる企業は、実は「潜在的な消費者たちが、既存のサービスについて何を不満に思っているのか?」についてあまりよく知りません。

また、サービスの提供場面において顔を合わせて対面してしまう、という制約と、「今、常連になってくれている既存顧客は別に不満に思ってませんよ」という心理的なバイアスもあってか、供給者サイドからは「抑圧」されたニーズを見つけることは難しいのです。

具体的に例えるならば、「マンションのモデルルームに行くと、その後しつこく営業電話がかかって来そうなので、それがイヤだから、興味はあるけどマンションのモデルルームには行くのって怖い」というような若い主婦の潜在的な住宅購入ニーズです。こういう類の潜在ニーズについて、例えばマンションデベロッパーの営業部門はなかなか気づくことができません。

消費者の側も、「(鍵付き)貸切風呂」のように、実際に「ソリューション」が目に見えてこないと、「抑圧」はあくまで潜在的な欲望にとどまったままでしか有り得ませんし、積極的に企業の側に既存のサービスや製品の改善を働きかけるなんて面倒くさいことは、普通の消費者の感覚ではありえません。

かように「消費の現場」においては、サービスや製品を売ろうとする企業側と、それを買う生活者の側は、本心を素直に打ち明けられない男女の恋愛のすれ違いのような悲話が、ある意味では、構造的に宿命づけられているのです。

広告営業たちよ、「世話焼きオバサン」になれ!

そういった状況において、広告主と直に接するメディア側の広告営業が果たせる役割は、平たく言えば「世話焼きオバサン」です。もしお節介がなければ、スレ違いで実らなかったかもしれない企業と生活者の「恋」を実らせるべくキューピッド役を果たすことこそが、広告主とメディアとの接点となる広告営業マンにとっての大事な役割です。

消費の「川下」で広告枠を売ることだけが、広告営業マンの仕事ではありません。メディアとして生活者の「語られざる欲望(=つまりは「抑圧」)」を発見した後には、それを満たし、抑圧を解消するための具体的な製品やサービスの具体的な実現に向けて、企業や供給者サイドに対し、川上に遡った提案をしていくことこそが、付加価値の高い「需要創造」型の広告営業だと言えるのではないでしょうか。

アドネットワークや検索エンジンへのリスティングがますます存在感を高める中で、今や単なる広告スペースのブローカー仕事であれば、人間の広告営業マンが介在する必然性は薄れつつあります。そんな中で、「じゃらん」における貸切風呂にまつわるストーリーは、メディア側の広告営業マンが、広告主側に顔を合わせて提案することの本質的な価値について、原体験となるような重要な示唆を含んでいるように私は確信します。

MBA用語的に言うと、「コンシューマー・インサイトを供給サイドへフィードバックするための情報チャネル」としての広告営業であり、特定の業界と紐付いたメディアが、事業会社に提供できる価値には、業界全体でのシェアードサービスとしてのニーズ発掘型マーケティング・リサーチ機能なのだ、とか言ってると、何やらルー大柴みたいになってきました……。ここらで3回目の筆を置くこととします。

最後に、今回のコラムの参考文献として、リクルートで、偉大な大先輩であり、「とらばーゆ」「フロム・エー」「じゃらん」…次々とヒットを飛ばした編集者である「くらたまなぶ」さんが書かれた「創刊男の仕事術」を紹介しておきます。


MBAコースでは教えない「創刊男」の仕事術

くらた まなぶ

===終了===

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