お母さんが出る男と出汁巻き玉子

家から最寄りのスーパーであるサミットへ行く途中の、ごく一般的一軒家住居の前に出汁の自動販売機がいつのまにか設置されていた。本当にいつのまに?で、気付いたらあった。知っ得情報系のTVで見かけていたアレが。
目的地のサミットへ向かう途中ゆえ、入店するまではオフモードで自転車を漕いでいる。ある日までは視界に入っても脳まで映像を届けないまま通過してしまっていたのだ。ママチャリの速度は漕ぐ人によるも約4~20km/時、15km/時が平均的な速度だそうで。平均的な15km/時くらいで走行している私の目に、自販機に並ぶラインナップの缶らしきフォルムととペットボトルらしきものがファジーに映るが、自転車を停めてまで商品をしっかり見たら買いたくなる気がして、「君子、危うきに近寄らず」と浪費を抑えるべく唱えながら通過する。

しかし出汁は大事。私は出汁巻き玉子(甘くない関西風)が大好きなのだ。実家では出汁が入っていない甘めの卵焼きを食べていた私が、あるときどこかでプロの『出汁巻き玉子(甘くない関西風)』を口にし虜になった。琵琶湖畔から上京し東京の大学へ通い一人暮らしを始めてからは、テフロン加工の四角い卵焼きフライパンで、「おかずの基礎とコツ百科」(主婦の友社 昭和57年3月20日発行)の174P〜175Pに載っていた「だし巻き卵」だし:卵=1:4 のレシピで出汁巻き玉子を繰り返し作った。油引き、焼きと巻きの技術が高まっていき、外見だけはどこへ出しても恥ずかしくない出汁巻き玉子を作れるようにはなった。他の料理に自信はなかったが、出汁巻き玉子は3千回くらい作って、三十路を前に自信を持った。
いろんな友達の部屋に遊びに行く手土産にも、自作の出汁巻き玉子を持っていった。若い実年齢ではあったが、「おかんみたい!」「この味のちょうどよさ、オバハンの成せる技」「レシピ教えて〜」と褒められ自惚れ、自分は同じ年代の女子よりひと足お先におかん、オバハンになっていくんだな、そう覚悟していた。

2018年暮れのある日の夕方、いつもと同じように生協の宅配パルシステムから届いた発泡スチロールの白いケースから食材を取り出した。ここまでは同じ。その後がいつもとは全く違った。1週間前に自分がネット注文した野菜や肉、魚や冷凍食品、それらがこれから調理して口にする〝食べ物〟でなく〝物体〟に見える。唐突に「味」という情報が頭から消えた。このたくさんの物体は一体誰がどう取り扱うのだろうか? と真っ白な感覚で立ちつくす。青々したレタスを見るのも急に嫌になって、冷蔵庫の前に座り込んだ。当時、スマホゲームの「なめこ栽培」が大ブームだったので、うちの冷蔵庫には立体なめこシールが3枚貼られていた。『なめこ栽培キット』シリーズのゲームは累計4,100万ダウンロード(2017年8月)を突破していたらしい。

作り方がわからないならレシピを見ればいいじゃないか、と、たまにしか参考にしていなかったcookpadを開く。いろんな他人の献立を見て見て見まくった。どの料理も味がしなくて美味しそうに見えないのに、朝8時から午後16時過ぎまで昼食もとらずに目が疲れるまで見ていた。cookpadには2018年11月末時点で全世界合計で500万品のレシピが掲載されていたそうだ。どれだけ見たって見きれない。
世の中には毎晩ご飯の品数10品を1時間半で作る、といったスーパー出来る人も存在するようだ。〝栗ご飯を中心とした和食献立10品 by〇〇ママ〟という投稿には、アイロンがけされたしわのないテーブルクロスの上に、豆皿、小鉢、中皿、大皿、茶碗、お椀、果物、がぎちぎちに並んでいる。誰かのレシピを参考にしている場合は、元のレシピIDがリンクしてある。元のレシピを作った人も、苦もなく作ったと思われるおかずが載った皿をぎちぎちに並べている。
数ヶ月が経ち、私がMacbookに向かっている間、ネット麻雀でなく料理のレシピページを長時間ネットサーフィンしていることに家の者たちが気付いた。「作れそうなの見つかった?」小5の息子が私の部屋のドアを少し開けて質問してくる。「まだ見つかってないけど」と答えると、息子はバタンとドアを強く閉めた。簡単そうな「大根のステーキ」は作る以前に食べたこともない。思っていた以上にたくさんの人が大根のステーキを作っていることが知れたが、ただそれだけだった。

つい最近、家族以外と連絡を取れる(気持ちの状態)ようになってきたので、私は2018年あたりに「大丈夫?」とか「どうしてる?」とか「おーい」とか「いつでもいいから連絡して〜」「ゆっくりな」などと書かれたFB経由で届いているメッセージに4年ほど無言だったものを、今更ぼちぼち返信している。送信してくれた時点ではある程度気にかけてくれた人も、2022年に私がどうしてるかを知りたいのかわからないし、アッチ側にイッてた人間からの返事なんてホラーだし。かえって返信すると迷惑かもしれないと、躊躇9割で返事を出した。なぜか男友達の割合が多い。

「ずっと心配してたよ」
え、、、
どのテンション?

あなたとは一日もお付き合いしていませんでしたよね? と最初はそのメッセージをべったりした感情かと誤解したが、そうじゃなかった。通常だったら「熱出て寝込んでたぁ〜」と話せば、「俺も風邪引いて調子悪かった」と自分の体調不良をブーメランしてきた男友達も、今回ばかりはそれをしない。こいつ相当やばかった風だから、俺の重めの下痢くらいでは黙っておかねばならない、と親愛で我慢してくれているのだ。

私はおしゃべりに夢中になって、温泉入浴後に着用した浴衣がはだけておっぱいが見えそう、或いは見えてしまったりするタイプなのだが、私の男友達は、そこに手を滑り込ませるような人はいず、すっと直してくれる人がほとんどである。男もお母さんを発動するんだな。男のお母さんたちにじいっと見守られている図を想像する。・・・変なの! 今夜はゆっくり眠れそうだ。



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