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【商業BL感想】新宿ラッキーホール 雲田はるこ

【旧ブログより】
2017年7月19日 (水)

誰が何と言おうと私の生涯ナンバーワン

【内容紹介】

かつては美少年、その後はポルノスター。
数日もすると苦味(くみ)は、逃げようともしなくなった。
ゲイビデオに売られるため、仕込みヤクザ・サクマと同居し同性とのセックスを覚えさせられた桧山苦味(ひやまくみ)。やがてポルノスターとなった苦味はサクマをヤクザ生活から抜け出させたいと思うようになるが———?大人のままならない十数年間を描いた連作ラブストーリー、後日談「Lucky boy」を17P描き下ろし!

苦味×片桐
サクマ×竜
レニ×斉木+苦味
サクマ×苦味
オヤジ(親分)×サクマ
苦味×サクマ

【感想】 

※ほぼネタバレ注意
※長いので、時間のある時にお読みください

(今回は苦味とサクマの関係についてのみ書きます)

この物語はゲイビ制作会社「新宿ラッキーホール」をとりまく人々の群像劇だ。
第1話『唇は苦い味』は、本作品の主役・元ポルノスターで新宿ラッキーホール社長の桧山苦味(くみ)が、モデルの面接に来た「凄まじいバカ」(苦味談)・片桐をプロの手管で実技テストしてしまう。という話。

この1話だけで、苦味のキャラクターがよくわかる。

“チャラくて適当だけど、面倒見の良いお人よし”

なんやかんやとありまして、ラストに苦味は「二度と来るな」と、キスを餞別に片桐追い返す。

この1話目を読んだとき、私はてっきり、苦味ちゃんと片桐君のお話が続くのかと思っていたら、なんと片桐君はもう出てこない!!

第2話『約束は一度だけ』は、新宿ラッキーホール副社長でスカウトマンの元やくざ・サクマが主役。街で偶然スカウトした少年が、実は自分の元所属していた組の親分の息子・竜だったという話。

この話で、この作品のもう一人の主役・サクマのキャラクターがよくわかる。

“ドSでひねくれているけど、情が深いお人よし”

そう、2人は似ている。

サクマは一度だけという約束で竜を受けいれたあと、1話目の苦味と同様「二度と来んな」と言って追い返す。

苦味もサクマもお人良しなのだ。

2人とも、自分とかかわる人間に非情になれない甘さがある。そこがとても魅力的。
そして第2話目を読み終えようかという最後の1コマで、読者はこの物語の主軸がこの2人であるということにようやく気付かされる。

「苦味ィー、お前ちょっとは妬けよ」

というサクマのセリフ。読んでいるこっちは

えええええっっ!?

と、見事にしてやられた。

そして第3話『ハートに火をつけて』では、前回までの主役2人の関係が徐々に紐解かれていく。

新宿ラッキーホール唯一の社員・斉木が実は苦味の大ファンだったことがサクマにバレてクビになってしまうという話。

苦味が絡むとサクマは豹変する。クビを宣告され抗議する斉木に

「アレは俺のなんだ」
「あいつは俺に借りがある」

そう言い放ち、
苦味とサクマのただならぬ関係が示唆されたまま、この話は終わる。

さて、全苦味に萌える私だが、特にこの第3話の、斉木の前でサクマが苦味にキスをする場面での苦味の表情に、何度読んでも萌え死にしそうになる。

なんなのこの顔、苦味ちゃん!!これまでのキャラ崩壊してるよねぇ、あなたキスくらいで顔赤らめる子じゃなかったでしょうよ!!サクマさんの前でだけ乙女なの?何なの?

と思うわけだ。

サクマは苦味に執着していて、苦味はサクマに惚れている。

第3話では、それだけが明らかになる。

サクマが苦味に執着する理由が知りたい!借りっていったい何?
そして2人の出会いが語られる『陽当たりの悪い部屋』へと続いていく。

いやもう上手いね、雲田先生。

破綻なくまとまり過ぎていて面白味がないといった意見もあるけれど、ここはテクニック云々の話ではなくて、素直に読みましょうよと思う。雲田先生の敷いたレールの上を私は永遠に走っていきたい!

2人の出会いはサクマが25歳で苦味が18歳のとき。

父子家庭で育った苦味は父親が事業に失敗し借金を背負い自殺してしまい、その借金のカタにヤクザのもとへ連れて来られる。で、連れて来られた先にいたヤクザがサクマ。サクマの住む日当たりの悪い部屋に監禁され、無理やりゲイビで使えるような身体になるよう仕込まれる。

ここまでが「陽当たりの悪い部屋」の前編。

苦味ちゃん、美少年!可愛すぎる!!普通にモデルとかアイドルとかになれそうだよ。ゲイビで何年か消費されるより、アイドルとしてがっつり儲けた方がいいんじゃないのと思うくらいかわいい。

扉絵の不安そうな表情たるやもう!!

危機下での生存本能のなせる業なのか、もともとそういう性分だったのかはわからないけれど、苦味が驚くほどの順応性を見せたり、サクマに特別な感情を抱くようになるのは当然と言えば当然。でも、サクマにとって苦味はあくまでただの商売道具で特別な感情など決して抱いてはいけない相手なのだけれど、魔性の18歳(ノンケ)にあっという間に堕ちてしまう。

そして、このものがたりで一番サクマがかっこいいシーン

「苦味、死ぬな、俺が生かしてやる」

もう、ストックホルム症候群じゃなくても惚れるよ。

後編はサクマに生かしてもらいポルノスターKという居場所を与えてもらった苦味が、サクマに新たな居場所を与えようとする話。

サクマは組の"しのぎ”をこなしながら、同時に苦味を守り、すべてを管理する日々。苦味の身体が商売道具となってから、サクマは一切苦味に触れなくなった。そして支配され続ける事を不満に思いながらも、休む間もなく働き、疲労困憊しているサクマを見て、ただ守られているだけの生活を変えたいと思う苦味。苦味だって自分も大切な人を守りたいと思うのは自然な事。

そしてこの話でサクマが実は受けであることが判明!
びっくりしたけど納得。ちょっとやっぱりねって思った。

“サクマさんは受け”なんだよやっぱり。
(苦味ちゃんは受けでも攻めでもない。なぜなら天使だから※後述)

竜の父親(組長)に憧れてヤクザになったサクマは、憧れの人に抱かれていたんだねぇ。萌えるわ〜。

そしてここでリバ。

初めてサクマは苦味に抱かれる。
自分で仕込んだ技を、自分が受ける番。

これこそがリバの醍醐味なんだよ!

自分が”受け”として相手にしてもらいたいことを、”攻め”として好きな相手に教え込む。そして立場が逆転した時の爆発的な萌えと言ったらもう!!

苦味がサクマを抱きたいと思ったのは積年の恨みを晴らしたい仕返しの気持ちももちろんあったかもしれないけれど、サクマが組長に抱かれていた事実を知ってサクマが"抱かれたい側の人”と瞬時に察したのだと思う。サクマさんを掘っていいのは自分だけだっていうマーキング的な意味もあったのかも。それに、サクマが実は”受け”だとわかって愛しさ倍増したんじゃないかな、苦味ちゃん。

サクマは苦味の活躍で、向いていなかったヤクザから足を洗うことに成功し、小指と引き換えに苦味との新しい生活を手に入れる。

そんな2人が再出発する際立ち上げた会社が『新宿ラッキーホール』というわけ。

そしてこの前後編を読んだ後で2話と3話を改めて読むと、サクマの気持ちが透けて見えてきて切ないし愛しくなるんだなぁ。苦味に敢て触れないことで他の人(仕事で苦味と関係を持ってきた人達)との違いをあらわしたいのはわかるけれど、そういう捻じれた愛情表現を苦味がどう受け止めているかには考えが及んでいない。ある意味純粋で残酷で不器用。

自分たちをどん底にいると形容するサクマ。でも、同じ場所にいるはずの苦味はきっとどん底だなんて微塵も感じていない。いや、どん底にいることは自覚しているのかな?でも、そんなに居心地悪いとは思っていないはず。

「一緒にいれば何とかなる」という言葉の通り、苦味はしなやかに強かに軽やかに今を生きている。(それはサクマが一緒にいればこそなのだけれど、サクマはそれをわかっているのかいないのか…)そういう能天気に見える苦味の明るさにサクマは救われているのだろう。

サクマはそのどん底で唯一、苦味が照らしてくれる光だけを道標として生きている。だから苦味に執着し、失うことを何よりも恐れているのが見て取れてとても切ない。

そんなサクマは竜に「受け入れろ」と言う。
苦味への想いを自覚し受け入れたことから全てが変わり始めたサクマの人生。受け入れることでしか前に進めないと身をもって知っている苦味とサクマだからこその重みがあるし、読み手の心にもにも響いてくる。

「降って湧いた天使」
苦味は自らをそう称した。

ポルノスターとして世の男性の天使だったことはもちろん、サクマにとっては生きる理由であり希望であり”よすが”であり続ける天使だ。
でもそんな天使でもやっぱり血が通っているし、感情はある。

ラストの描き下ろし『Lucky boy』のエレベーターの中のシーンで、読者はそれを思い出す。

苦味ちゃん、今まで辛かったんだね、よく耐えたよキミ。(←私の心の声)

このシーンは、全然泣き所ではないのだけれど、苦味の泣き顔を見てギュンギュン切なくなって思わずもらい泣きした。

そしてこのあとのホテルの部屋での出来事が、『このBLがヤバい』において描かれている。

たった4ページのその話もまた、2人らしくて笑えるし切ないし、あったかい。

その中一番印象に残ったのはこのひとコマ(画像削除しました)

※追記:この話は新宿ラッキーホール2の単行本に収録されていますよ。

結局、この作品は全体を通して、サクマのこの”謎のこだわり”に翻弄され続けてきた苦味の15年の話と言えなくもない。

物語としては、苦味とサクマの過去の話以外はテンポもエロも軽やかな楽しい話として楽しめるし、2人の15年を思いながら読むと、重く切ない話としても読める。

特別不幸な話でもなければ、かといってありふれた話でもない。特殊な舞台ゆえ、私にとってはリアリティを感じることもないけれど、年に何度か通りかかる新宿二丁目にはこんな2人がいるかもしれないなと思わせてくれる作品。

今冬から始まる続編で、一体どんな話が始まるのか本当に本当に楽しみだ。

今回は苦味ちゃんとサクマさんの関係性についてのみの感想だったけれど、そのほかの細かいこともいろいろ気になるのでそれはまた別の機会に書きたいと思う。

【書きたいことリスト】

・この作品との出逢いについて(済)
・パーカーについて(済)
・続編開始時期について(済)
・サクマさんのネックレスについて
・『おしり三兄弟』と『女教師』について(済)
・斉木くんとレニ君について
etc

最近、落語心中効果なのか、東京都内の書店で、新刊でもないのに以前より目立つ陳列をされているこの作品。
今から続編連載開始へ向けての予習の為に買っておいて損はない。

装丁に躊躇するなら電子でも構わない。
(「いつも心に苦味ちゃんを」な私はもちろん両方持っている)

マストバイ!

ちなみに私はもし宝くじが当たったら(まだ買ってないけど)、
この装丁の壁紙の部屋を作ろうと思っている。


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