人生ときには、狂ってみてもいいじゃないか

人生ときには、狂ってみてもいいんだな、と思った。

そのとき、僕はロシアのヴォルゴグラードにいて、サッカーW杯の日本vsポーランド戦を観戦していた。

そこで思いがけず日本の決勝トーナメント進出が決まり、次のベルギー戦を観に行くべきかを考えた。

すでにこのあとモスクワへ向かい、スペインvsロシア戦を観戦する予定は決まっていた。問題はそのあと、モスクワから1000kmも離れたロストフで行われるベルギー戦へ行くかどうかだ。

正直、少し迷った。ポーランド戦での日本の戦い方に失望していたし、わざわざ遠いロストフまで行かなくてもいいんじゃないか、と。

その夜、空が明るくなる頃まで、ホテルでひとり考えた。そして、やっぱりベルギー戦を観に行ってみよう、と思い決めた。日本のベスト16進出時にのみ有効になる試合のチケットを確保していたし、もしかしたらそこで「なにか」に出会えるかもしれないと思ったから。

モスクワからロストフまでの航空券を探すと、試合前日の夜の便が、約2万1000円で売られていた。決して安くはないけれど、直前の購入だし妥当かなと思い、その航空券を買った。

ところが、ロストフへ辿り着くまでの迷走が、ここから始まることになる。

ロストフ行きの飛行機に乗る日は、モスクワでスペインvsロシア戦を観戦する日でもあった。けれど、試合が行われるのは夕方だし、たぶんスペインが90分で決着をつけるはずだから、飛行機には間に合うだろうと思っていた。

しかし、ルジニキスタジアムでのその試合は、ロシアが大善戦をしたことで、まさかの延長戦に突入する。このままだと飛行機に乗り遅れるかも、と思ったけれど、さすがにその凄絶な試合を抜け出すのはもったいなくて、最後のPK戦まで観ることになった。

ロシアがスペインに劇的な勝利をしたことで、スタジアムは大騒ぎになった。外に出るまでに時間がかかり、クロークでかばんを受け取るまでに時間がかかり、タクシーをアプリで呼び出すまでに時間がかかった。

そしてその頃にはもう、いまから空港へ急いでも、飛行機には間に合わない時刻になっていた。

もちろん、航空券の変更やキャンセルはできない。その2万1000円の航空券は、そのまま捨てるしかなかった。

気を取り直して、ロストフ行きの航空券を再び探すと、明日の早朝発の便が、約1万7000円で売られていた。どうしようかと思ったけれど、迷っているうちに値段が上がってしまいそうだった。前夜の購入ということを考えれば安い方だ、と自分に言い聞かせて、その航空券を買った。

ところが、ところが。僕はお祭り騒ぎのモスクワで深夜まで過ごし、今度こそ乗り遅れないようにと、タクシーで早めに空港へ向かった。そして意気揚々とチェックインカウンターへ行くと、そこにいたお姉さんに、悲しげな表情で言われたのだ。

「あなたのチケットはないわ」と。

どういうわけかわからないが、システムのミスかなにかで、航空券が予約できていなかったらしい。支払った1万7000円は返金してくれるが、すでにその便は満席だという。

「別の便は空いてませんか?」と聞くと、「8時発の便なら空いている」とお姉さんは言う。「いくらですか?」と恐る恐る聞いたら、お姉さんは紙に値段を書いてくれた。

20698ルーブル。約3万8000円。

3万8000円!? さすがに今度ばかりは、それを購入しようという気持ちにはなれなかった。本当の直前購入なのだから当然かもしれないけれど、あまりにも高すぎる。

お姉さんの話では、これからロストフへ向かう便では、これより安い航空券はないという。僕はそれを聞くと、「ちょっと待ってください」と告げて、疲れた頭を懸命に働かせて考えた。

ベルギー戦を観にロストフへ行くとすれば、その3万8000円の航空券を買う以外に、もう道はない。だけど、昨夜の航空券を無駄にしたことで、すでに2万1000円を失っている。

それだけではない。ベルギー戦の試合のチケットが約3万円、ロストフで泊まるホステルが約3000円、ロストフからモスクワへ戻る寝台列車が約1万5000円。

すべてを合計すると、約11万円もの大金を、ロストフ行きに注ぎ込むことになる。

その事実に気づいたとき、行くのはやめようかな、という考えが頭をよぎった。

サッカーの1試合を観るためだけに、11万円もの大金を使う理由がどこにあるのか。日本の対戦相手はベルギーだから、ただのワンサイドゲームで終わる可能性も十分にある。

そんなことに使うなら、もっと意味のあること、価値のあることに使うべきじゃないか。たかが90分の試合を観るために、11万円も支払うなんて、どう考えても馬鹿げてる。

普段の自分だったら、「今回はやめておこう」と、堅実な判断をしていた気がする。

でもこのときの僕は、一種のトラベラーズ・ハイになっていた。たぶん、いつもよりちょっと狂っていたのだ。

迷いに迷った末、「やめておこう」という理性に、「行っちゃおう」という衝動が勝った。

11万円でもなんでもいい。とにかく航空券を買って、ロストフへベルギー戦を観に行こう、と。

カウンターのお姉さんに、航空券を購入することを伝えた。“Rostov”の名が記された航空券を受け取ると、胸のつかえが取れたような、不思議な清々しさを覚えた。

……そして僕は、あのロストフへ行き、あの壮絶なベルギー戦を観た。試合後にホステルで少し休むと、深夜発の寝台列車に乗って、すぐにロストフをあとにした。

いま思うのは、ロストフを訪れたあの旅には、11万円を大きく超える価値が、間違いなくあったということ。もう永遠に来ることはないかもしれないロストフで見た風景も、夢のような時間を味わわせてくれたベルギー戦の熱狂も、すべての思い出が、かけがえのない財産になった。

だから、ロストフ行きを決めたあの日の決断には、一寸の後悔もない。というか、もし行くことをやめていたら、それこそずっと後悔することになった気がする。

人生って、堅実に生きるばかりがすべてじゃない、と僕は思う。

馬鹿なことをすることで出会えるものもあるし、馬鹿なことをすることでしか得られないものもある。

人生ときには、狂ってみてもいいじゃないか、と思うんです。

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手塚 大貴

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