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台湾で「千と千尋の神隠し」に遭った話

「トンネルのむこうは、不思議の町でした――」

台湾というと、なぜか『千と千尋の神隠し』を思い浮かべる。

それは台湾北部にある九份という町が、映画のモデルになったと言われているからかもしれない。

この2月、そんな九份からは遠く離れた、台湾南部の台南という町で、とても印象的な体験をした。

その日、台南を訪れた僕は、あらかた観光を終えて、駅へと帰る道を歩いていた。

時刻は夕暮れ時で、町には少しずつ灯が入り始めている頃だった。

駅へ続く大通り沿いには、何の変哲もない、台湾の普通の町並みが続いている。

……と、そのときだった。

その大通りからひっそりと延びる、1本の細い路地に気がついた。

車1台がどうにか通れるくらいの細い路地で、周りには古い民家や商店が並んでいる。

本来なら、そのまま気にも留めずに通り過ぎてしまう路地だけど、僕がハッとしたのには理由があった。

その路地の真上に、まるで誰かを誘い込むように、色とりどりの丸い提灯が連なっていたのだ。

丸い提灯は路地に沿って延々と続き、道が曲がりくねっているせいで、その先は見えなくなっている。

この路地はなんなのだろう? この提灯はいったい?

僕は好奇心に駆られ、その路地へと足を踏み入れてみることにした。

路地の両側には、やはり古めかしい民家が並び、どこかの家からテレビの音が小さく聞こえてくる。

しかし路地には、僕以外に人の姿はなく、不思議なほどに静まりかえっている。

その静寂の中で、丸い提灯は鮮やかに輝き、曲がりくねった路地に沿って、どこまでも並んでいる。

いったいこの路地の先には、何があるのだろう?

おそるおそる路地を進んでいくと、奇妙な光景が目に飛びこんできた。

巨大なガレージのような空間があって、その天井に、丸い提灯がびっしりと飾られていたのだ。

ざっと数えても、100個くらいの提灯があるだろうか。

その光景は、実に不可思議で、神秘的で、そして美しかった。

ここはいったいなんなのだ?

僕はさらに路地の奥へと進んでみることにした。

すると、いままでの静寂が一転、わいわいとした喧騒が耳に届いてきた。

そして僕は本当に、腰を抜かしそうなほど驚くことになる。

自分の目を疑うような光景が、目の前に広がっていた。

そこは、廟だった。

その廟の前の広場に、ものすごい数の丸い提灯が、きらきらと輝いていたのだ。

100個どころではない、提灯の数は数百、いや1000個は優に超えているのではないか。

丸い提灯には、色とりどりの絵がそれぞれに描かれ、風に吹かれて揺れる姿は、まるで虹が波打っているようだ。

煌めく提灯の下では、地元の人たちだろうか、笑顔で提灯を見上げたり、写真を撮ったりしている。

その幻想的な光景に、僕はまさに、言葉を失うことになった。

なんて美しい光景なのだろう……。

ぽかんと口を開けたまま、しばらく立ち尽くしていた僕は、やがてハッと気がつき、夢中で写真を撮り始めた。

それにしても、この果てしない数の提灯は、いったいなんなのか?

ボランティアの女性からパンフレットを貰い、ようやくわかった。

「千盞花燈祭」

この不思議なお祭りは、旧正月の時期に台湾各地で行われる、ランタン祭りのひとつだったのだ。

こんな神秘的なお祭りが、この台南で行われていたことを、僕はそのとき初めて知った。

気がつけば、2時間くらいが経っていた。

いつまで見ていても飽きることはなかったけれど、夜になってしまったこともあり、そろそろ帰ることにした。

そして僕はここで、もうひとつの事実を知ることになる。

廟を出ると、そこからまっすぐに広い参道が延び、そこにも丸い提灯が果てしなく飾られていたのだ。

つまり、こっちが表参道で、僕が入り込んだあの路地は、一種の「裏口」だった、というわけだ。

煌めく提灯が揺れる参道を抜けて、僕は再び、駅へと向かう道を歩き始めた。

なんだかすべてが幻のように思えて、思わず振り返ると……。

やっぱりそこには、美しい提灯が、輝きながら揺れていた。

そのとき、僕はふと思った。

もしかしたら、これって僕にとっての、『千と千尋の神隠し』だったのかもしれないな、と。

映画の中の千尋が、トンネルを抜けて神々の世界に迷い込んだように、僕はあの細い路地を抜けることで、美しい提灯が揺れる世界に迷い込んだ。

あるいは台湾の神様が、あの神秘的な世界へ、僕を招き入れてくれたのかもしれない。

そんな気がして、僕はとても幸せな気持ちで、台南の町をあとにした。

たぶん、僕のこの物語にキャッチコピーを付けるなら、こんなふうになるだろう。

「路地のむこうは、不思議の祭りでした――」と。

旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!