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海のおしごと

三浦尚子さんのこの記事を読ませていただきました。わたしの仕事ともリンクするタイトルに興味を持ったからです。職種も業種もまったく違うから、同じ海の仕事でも、仕事に関しての共通点はほとんどない。けれど、移住して自身のルーツとは全く異なる仕事で生き、それを客観的に、だけれど温度のある言葉で伝える三浦さんの人柄に惹かれました。


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めちゃくちゃ端くれであるが、船員手帳なるものを所持している以上私も船乗りを名乗る権利はあるんだと思う。

ただ、私は船舶免許も持っていないし、エンジンや船の仕組みに関しては、「底辺×高さ÷2」や「円周率は3.14」(3.14で世代はバレるのだろうか)の小学生算数暗記事項くらい、口から滑り落ちてくる程度の知識だ。海図だって書けないし海図記号よりも地図記号のほうがまだわかるかもしれない。


だから、“船乗り”と名乗った上でnoteを続けていくのはいささか無理があると、この一週間で感じている。

仕事の内容だって、ただ仕事としての日常を送っている上では陸上のホテルやお店や接客業と、なんら変わりない。


だが、私の仕事は“夢がある”類に分類されるものだとも思う。

休みは年に4ヶ月程度が、2回か3回位に分けてある。だから海外の長期旅行にも行くことは難しくない。私は寄港地でお金を使いがちな方だけど、それでも海外に毎年行くくらいの余裕はあると思う。(これはその人の抱えるバックグラウンド、例えば独身既婚子持ちなどにもよるが)

その分乗っている間は毎日が仕事だ。

サービス業である以上、いくら自分のことを明け透けに語っているnoteであってもわたしの職種に関する詳細な記述はしないけれど、好きな仕事でもストレスは溜まっていくし、一方でお客様の言葉に心を救われることもある。

私はある程度人に対しを壁を立てる方だ。

それが自分を守る盾になっている部分もある。だが、長期旅行が主な分他の接客業と比べてお客様と“信頼関係”を築きやすい環境のはずなのに、そのせいでなかなか深く関係を築くことができない部分があることで、それが自分のストレスに変貌する場合もある。これは働くことに関して自分の課題だと思う。


話をもどして、客観的に一番夢があると思われそうなことは、やっぱりいろんな土地に行けることだと思う。

今はもうわたしの日常生活の一部になってしまって、それに関して考えることはほとんどなくなったが、やっぱり「朝目覚めると昨日とはまったく違う場所にいる」ことがはじめは不思議な感覚でしかなかった。一日洋上の日もあるけれど、少なくとも昨日とは違う場所にいる環境が毎日続く。

各地の港町を回る。決して遠くには行けないけれど、その土地、その土地の空気を感じて散歩をしたり、港町に観光地があればそこを巡って、現実的に「乗組員用の食堂にすら行きたくないとき」用の食料をスーパーで大量買いしたり。「どこそこの港には近くにスーパーがある」という情報はあまり外に出ない乗組員も一通り情報は持っていたりする。

一日一日を違う場所で呼吸をし、街を歩いて空気を感じることは、その土地のごく一部を知ることでしかないけれど、それでも普通では味わえない体験をしているんだと思う。

大変なこともあるけれど、結局わたしにとってこの生き方は合っていると、仕事を変えることを意識するようになって最近改めて感じている。

あ、これだ。「仕事」というより「生き方」。

私にとって、《船乗り》という単語は、「仕事」を形容する言葉としてよりも、「生き方」を修飾する言葉として扱ったほうがよっぽどしっくり来る。


物理的なことで言えば、私は船酔いをほとんどしない。それも船乗りに“合っている”部分なのかもしれない。(これに関しては、船酔い体質でもある程度は慣れるし、楽しんで仕事している人はたくさんいます)


ちなみに中途採用で、前職はまた別の乗り物に携わる仕事をしていました。それもまた追々。



追伸、数年掛かってためてきたこの仕事に関する考えを、2時間程度で書きなぐってしまった。

下書きで寝かせて追記したいことは追記してゆっくり上げていくことも考えたけれど、なんとなくそうはしたくない気分だったので一度載せます。また追記等するかもしれません。


おわり。


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aoko.

サービス系の船乗りをしています。のりくみいん。 主に自分語りの文章。 自分の内側に声を傾けることが好きだと、最近気付きました。

船のこと、寄港地のこと、しごと。

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