見出し画像

「RBG 最強の85歳」に学ぶ闘い方

「RBG 最強の85歳」を観てきた!
フェミニストなのにルース・ベイダー・ギンズバーグのことを何も知らなかったあたし!
無知!

RBG、御年85歳(2019年現在86歳)。
ジムで鍛えまくっている冒頭のシーンから、只者ではないことが伝わってくる...
かっこいいし、チャーミング!
しかもオシャレ!

アメリカ合衆国で史上2人目の女性での最高裁判所判事だ。

RBGがハーバードロースクールに入学した1954年、学生500人のうち、女性はたった9人だった。

映画の中で、RBGの孫が登場する。
ハーバードロースクールを卒業したばかりの彼女は「私たちの代でやっと男女の比率が半分になったの。60年もかかったのね。」と言う。

60年間、RBGは女性の権利、男性の権利が平等であるために闘い続けた。
(そして今なお現役で闘い続けている。)

そう言うとなにか、ものすごく推しの強い、エネルギーに満ち溢れた、義憤にかられた女性を想像してしまいそうだが、若い頃の映像を見ても、そんなところが微塵もない。

ゆっくりと、言葉を選んで、淡々と話すRBGの姿は今も昔も変わらない。

それはRBGが彼女の母親から教わった2つのこと、

「Be a lady and be independent.」
(淑女であれ、そして自立せよ)

に由来するのかもしれない。

怒りをコントロールすること、声を荒げたら議論にならない、怒るのは時間の無駄...などなど。
み、耳が痛いです...

Be independentもそう。
もちろんわかっている、そうなりたいと思っている、それなのに全然まだ自立できていない。

自分はフェミニストだと思ってるし、パートナーとも対等でいたいのに、リアルな生活の場でそれを形にできていない自分がいて(金銭的なことや、社会通念となっているジェンダーロールなど)、理想と現実のギャップに時たま苦しむ。

夫は、あたしを女としてというよりかは生き物として尊重してくれる、限りなく最高に近い男性だ。
夫から「こうあるべき」とか、「こうしてほしい」、と要求されたことは一度もない。
それでも、男性として生きてきたが故に、女性が当たり前のように受けてきた性差別を知らなかったりするし、これは女性、これは男性の役割、と知らぬ間に押し付けられているジェンダーロールに疑問を持たなかったりする。

そこに対してあたしはいちいち喰ってかかり、怒れる女、物言う女、となることがある。
言ってみて初めて気がついてもらえることもあるので、夫だけじゃなくて、人との関わりの中でそれおかしいよ、性差別的だよ、と感じたら一つずつ突っ込んでいきたい。
でもこれからは、なるべく『Be a lady』...
淑女として突っ込む、ようにします...!

RBGが思慮深く努力家で、たゆまぬ好奇心と向上心を持ち、常に弱い者のために戦う姿勢を持ち続ける最強の85歳であるのは間違いないのだが、RBGの夫マーティンという人がまた、「こんな人いる!?」ってくらい、最強なのだ。
RBG自身も「夫との出会いは人生で一番の幸運です」と言っている。

2人は大学時代に出会って結婚するのだが、女性の弁護士など必要とされてない時代に、RBGの並外れた能力を認め、敬意を払い、いつも側でサポートし続けた。

RBGはハーバードロースクールに通う間、夫の癌が発症したのでその看病をし、さらに入学前に生まれた娘の子育てもしながら、授業に出席したり課題を提出したりしてたのである。
...マジ超人なのではないか。

そして弁護士となってからは、『真の変化とは一歩ずつもたらされていくもの』、の言葉通り、性差別に関わる裁判で闘い、判例を作り、法律を変えてゆくことによって、一つ一つ、女性の立場や地位を向上させてきた。

監督のジュリー・コーエンとベッツィ・ウェストは2015年にRBGの映画を作ろうと思い立ち、2016年に撮影を始めるが、私たちも知るように、その最中、女性を取り巻く環境があれよあれよと変わっていった。
物凄いタイミングで作り始めたものだと思う。

2017年頃から高まってきたフェミニズムの波、#MeToo や#TimesUp、そして差別的でナショナリズムに偏ったトランプ政権の誕生(2017年1月)。
最高裁判事の中では数少ないリベラル派のRBGが若者たちに熱狂的に支持され、彼女の判決が知りたい、彼女の考えを学びたいという渇望にも似た欲求の中で、この映画は満を持して登場したのだ。

ちなみに、現在公開中の「ビリーブ 未来への大逆転」は、弁護士時代のRBGがモデルになっていて、子どもの出産時に妻を亡くした夫が、給付金をもらえないことに対して(夫と死別した妻は給付金を受け取れる)、女性と同様の給付金が支払われるべきだ、と起こした裁判が描かれている、らしい。

RBGをフェリシティ・ジョーンズ、夫のマーティンをアーミー・ハマーが演じている。
なんとか上映が終わる前に観に行きたい!

映画の中で描かれる数々の裁判を見ていると、日本で生きるあたしにすら、RBGがこの50年で成し遂げてきた功績がとてつもないものだとわかる。

70年代は、今のアメリカからは想像もできないくらい、まだまだ女性の地位は低かった。
ここ最近だと「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」や、「ドリーム」といった映画がその時代のことを教えてくれる。

こういった映画が作られるようになったことが、アメリカにおける性差別の意識がこの50年で変わってきたことを意味していると思う。
MCUの映画、「キャプテン・マーベル」も意義深かった。

女たちが声を上げている。
声を上げられるようになったのだと、ありありとわかる。

変わってきたことを伝えるために、そしてもっと変わっていくために、様々な方向から、今ある性差別に気付かせ、女性をエンパワメントするような映画やドラマ、文学が世に送られ続けている。

翻って日本はどうだ。
2018年のジェンダーギャップ指数、149ヶ国中114位。統計では計れないこともあるだろうが、体感としてはその通りな気もする。

この国でも闘っている人たちがたくさんいることはわかっているけど、それでもここ最近の性被害に関する、被告へのあまりにも軽い判決などを見ていると、悲しく、やるせなくなってしまう。
日本は本当に一歩ずつでも『平等』に向かって進んでいるのだろうか、と。

でも一方で、若い世代やインターネットメディアなどを中心に、フェミニズムが自然のものとして受け入れられ、意識したりコミュニケーションをとったり議論したりする光景も目にする機会が増えてきた。
少しずつではあるが、変わってきているのかな、という希望も感じる。

ここから先、一体どうなっていくのだろう。
あたしは少し、不安の方が大きい。

できたらRBGに聞きたい。
これからあたしたちは、どのようにして闘っていったらいいですか?と。

でも結局、

『Real change,enduring change,happens one step at a time.』

なのかもしれない。

RBGにはなれなくとも、あたしたちはその一歩を、踏み出すことはできる。

とりあえずはオシャレをして、カラダを鍛えるところから始めてみようかな。

まずは、体力がなくちゃ闘えないし!