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立庭和奈の人生はペーソス 1

   学校給食について考えていたときです。ソフト麺なんかには、とても思い出深いものがありました。いま考えても、どうしてあんな献立になったのか不思議なのですが、麺に対しておかずの量が、3分の1くらいの時がよくありました。そうすると残り3分の2を、生で食べないといけないことになるのです。ところが、世界中を見渡してもあらゆる料理で、麺だけで食べるものと言ったら、ベビースターラーメンしか思いつかないんです。うどんも、ラーメンも、パスタでも、スープかソースかなんらかのおかずが付き物ですが、給食でおかずが足らない分のソフト麺は、それを生で頂かないといけないわけです。ベビースターラーメンでも、麺自体に味が付いてますよね。それがソフト麺ですと、もう小麦粉の固まりくらいです。すいとんだってお汁が付き物です。これでは食育どころか今のご時世で言えば、麺だけを生で食べるレシピなんて、ギネスに認定されるか、場合によっては国連の高等弁務官事務から査察が入ってしまうかもしれません。もしくは黒柳徹子さんなんかの働きかけで、ユニセフからもう一品、汁気の多いおかずの配給になるかもしれません。でもその世代の子供は、ほとんど何も言わず、その状況をやり繰りしていたんですね。

 そう考えると、今でも時折り牛丼家に行って、なかなか牛丼が食べれないのも、この時の記憶が作用していのでは無いかと思う事があるんです。ご飯に対するおかずの比率が低くならない様に、先ず下の方から白いご飯を食べ進むのですが、いつの間にか牛肉と玉ねぎだらけになってしまい、結局ご飯とおかずを別々に食べる事になり、牛丼として食べられない結果に終わってしまうのです。これはきっと学校給食のソフト麺の一件で、先ずは白い部分優先という条件反射が、DNAの配列にまで影響してしまったんでしょうね。時に若い人なんかが、頭から頬張っているところなんかを見かけると、面食らってしまい、『大丈夫? 後でつらい思いをしないかな。』なんて、内心余計な心配をしてしまうくらいですよ。

 給食の食パンにも、ある種の感慨が伴いますね。『これ一体、どうやってやり過ごせばいいのかな。』と思い悩むほど、おかずとの取り合わせが悪く、なおかつジャムやマーガリンが付かない時ってあったりしました。良く先生が「パンの耳だけを残してはいけません。」と、力説されていましたが、巷で話題の耳まで美味しい食パンを考えた人って、もしかしたら、この時代の学校給食で鍛え抜かれた世代の人なのではないでしょうか。「欠乏は発明の母」とも言いますしね。その世代の大方の女子は、辛抱強く少しづつ咀嚼して食べたのでしょうけど、男子はナプキン袋に入れて、下校する時にむやみに吠える、全然知らないお家の犬に食べさせて、手なずけていたりしましたよ。

 こうやって見てくると、行き届かなかった給食の献立のおかげで、こうしてそれぞれに社会を渡って行くサバイバルの術を身につけていったわけですから、何が幸いするかわからないものです。その時代の給食に、人知れず仕組まれた、正解の無い答えを探すという、人生の学びだったのかも知れません。現代の「セレクト給食」というものを聞き知った時なんかには、「給食に自由意志が介在するってどういう事? 給食って課題じゃないの?」と、異次元に放り出されたような気持ちになったりもしましたが。

いつの世も 人の出会いは ゆくりなく 見えぬ糸にて 繫がれしか