親友のメンタルを折りたい

おなじ高校でおなじ部活、おなじ大学でおなじサークル。

そして現在はおなじ東京。

仲良くならないはずがない間柄の親友がいる。

そんな親友に、ひさしぶりに会った。


彼のメンタルは、強い。

とにかく心の幹が太い。

ちょっとしたことで自信をなくし、メンタルが折れては泣きながら数日かけて0まで戻すぼくとは大違いに。

本当はメンタルの弱い人が、ときにアクティブに、ときにがさつに振る舞うことがある。

その部分だけを見た人は、「派手だなぁ」「がさつだなぁ」「自分に自信があるんだろうなぁ」と感じるかもしれない。


ちがう。

それはマイナスまで落ちたメンタルを、0に戻そうと必死なだけ。

0からプラスを積んでるんじゃない。0に向かってプラスを積んでるだけ。

はじめからいつも0でいられたら、自分なんか持ち上げない。アクティブに振る舞う必要なんてない。そんな場面はいくらでもあった。

「なにもしてない自分」を肯定できたら、ピエロになんてなりたくない。


その親友とぼくは、大学卒業に向けた数ヶ月をいっしょの部屋で暮らし、互いに知らないことなんてなかった。いつもいっしょにいた。全部いっしょだと思った。

ウイニングイレブンを何百試合こなし、かわいい女の子に振り回され、たくさんの酒に溺れて、目を覆いたくなる過去をいくつも共有した。

「親友」と聞いて、いちばんに思い浮かべるのは彼以外にありえない。


大学を卒業し、ぼくと彼は7年ぶりに離ればなれになった。

互いに社会人になり、今までと大きく環境が変わった。


学生気分の抜けないぼくは、ちょっとしたことで愚痴を吐き、嫌になり、まわりや会社のせいにしてすぐに仕事を辞めた。仕事を転々とした。

彼は新卒で入った外資系の会社で順調に成績をあげ、昇進し、この4月からは管理職になった。


いま、ぼくは彼に嫉妬している。

大学のときには微塵も抱かなかった感情だ。

あのころのぼくは無敵だった。だれにも嫉妬なんかしない。怖いものなんてなかった。


なのになぜ、今この感情が湧いてくるのか。

彼が管理職になったからではない。

いやらしい話、ぼくのほうが年収は上だ。

彼は独身で、ぼくは既婚者。

社会的なステータスなら、判定勝ちくらいにはなるかもしれない。


でも、決定的にちがうのは、ぼくは常に揺れている。芯がない。

すぐに社会や世間の常識という定規をあてて、自分の位置を確認する。

今だってそうだ。

年収や既婚かどうかは、その人の人間性と一切関係がないのに。



その点、彼は、いつも飄々としている。

世間の評価や人の目に流されない。

ニュースも見ない、本も読まない。当然SNSなんて一切やらない。

話をしていも、年を重ねるごとに価値観のズレを感じるし、当然ながら共感できることもどんどん減ってきた。

変わり続けるぼくと、変わらないあいつ。


ぼくはしばらくいろんな話をしたあと、改めて彼に聞いてみた。

「話してて、ぼくは自分にないもの持ってるからおもしろいって思う。ちょっと憧れみたいなものもある。おまえはぼくと話してどう?」

彼は返す。

「ぼくも、いろいろ違うなぁとは思うよ。知らないこといっぱい教えてくれるのはたのしい。考えてることもおもしろい。でもぼくはあんまり誰に対して憧れもないし、とくに誰かに憧れてほしくもない。」


お互いが無敵だったと信じてた学生時代を経て、自分の足で社会に立って、気が付いたのは自分の脆さだけ。

嫉妬してるのは、自分だけ。

ぼくのメッキだけ、はがれてしまった。


諦めたぼくは、次々とネガティブな質問をぶつけてしまう。

自分が恐れる未来について、出来事について。

相談とは違い、少しでも彼の悩む顔や困った顔が見たくて意見を求めた。

彼ならどう考えるだろうか。

なにか自分にもヒントになることはないだろうか。

でも、返ってくる答えはいつだってほとんど同じだった。


「んー、起きたことは仕方ないもんなぁ。そのときに考えて、どうにかするしかないよなぁ」


ぼくは、昔とおなじ目線で話したかった。

「やっぱオレたち同じことで悩むよなー」

なんて言いながら酒を飲みたかった。

傷つけたいわけじゃないし、悲しませたいわけじゃない。

悪意を込めた悪口なんて絶対に言わない。

でも、正直に言う。

彼のメンタルを、少しでいいから折ってみたかった。

弱いところを、ぼくにも見せてほしかった。

「好きな人に意地悪したくなる」なんて、小さいときには意味が分からなかったあの言葉。

まさか、自分が大人になって、しかも同性に抱く想いになろうとは。


帰り際、彼はぼく言う。

「ひさしぶりにしゃべれてよかったわ、また遊ぼう」


最後まで、彼は彼のままだった。

もう、自分ばっかり卑屈になんてなりたくない。

もう意地悪はしたくない。

ぼくは、彼に憧れている。


「うん、もちろん。つぎは下北でも行こう」

また、会いたい。

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