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1時間で30万円稼いだ話。

教員の仕事を辞めて、それなりの時間が経とうとしている。

安定の代名詞に使われるような「公務員」の看板を自分から降ろすことはそれなりに不安があった。

だが、同時に「教員としてならいつでも社会に戻れる」という自信もある。これは教員の世界が嫌で嫌で逃げるようにして辞めたわけではなく、

「教員も嫌じゃないけど、ちょっと1回辞めてみよう。そして他の仕事をしながら、東京で時間をつかってあそんでみよう」

「これからの時代、ひとつの企業に定年まで働き続ける人がどれだけいるのか。子どもを社会に送り出す側の人間が、その価値観を知ろうとせず、ずっと教員だけしてていいのか」

なんてことを考えたからだ。

とりあえず、教員の職を離れたあとは、ゆっくりと文章が書きたかった。


スマホもなく、まだ部屋のテレビがブラウン管だった大学生のときに「ブロガー」ということばがあれば、ぼくは紛れもなくブロガーだった。「YouTuber」ということばがあれば、わりとそれに近かった。

自分で企画を立てて、ときには取材のようなことをして文字にした。
映像や動画を撮影して、それをひたすら投稿した。

デジカメで撮った写真を、家のLANケーブルでつないだノートPCを使って編集した。毎日のように書いた結果、都道府県別のブログランキングでは10位以内をキープした。

大学4年間はほとんどブログを書いて過ごしていたし、ブログに書くためにいろんなことをやっていた。

今読み返すと若さゆえの自己顕示欲や自己承認欲求で埋もれたこっぱずかしい文章なのだが、とにかく書いててたのしかった。

社会人になり、自分自身が忙しくなったことに加え、大学時代の悪友とも離ればなれになると途端にブログを書かなくなった。

あんなに書いてたブログも、辞めてしまえば案外なんてことなくて、書かないまま数年があっという間に過ぎ去った。

しばらくして、すごい速さでスマホと同時にSNSも普及し、noteのような長文を基本としたツールも生まれはじめ、それを仕事として暮らしている人が大勢いることを知った。


「好きなことで飯を食う」

簡単に語られることばが、正直あまり好きじゃない。

ネガテイブなぼくは、「やりたくない仕事で飯を食ってるなんて不幸せだ」とそこから勝手なメッセージを受け取ってしまう。

職業に貴賎はないし、生き方に正解はない。

ただ、

「文章を書いて飯が食えるならどうだ?」

と自分に問うたとき「たのしそう、やってみたい!」と心の中のリトル仙豆が言った声がはっきりと聞こえた。

こんなことを書くと、ライターやプロブロガーなるものを目指しているように思われるかもしれないが、今はまだそんな段階ではない。

とりあえず、教員以外の仕事で評価されたい。稼いでみたい。今できそうなのは文字を書くことだけ。このくらいの意気込みだ。


そして、手始めにリハビリの意味を込めて公募エッセイに応募した。


数年ぶりにだれかに読んでもらおうと書いた時間は、とにかくたのしかった。
純粋に文字を書く作業がたのしかった。


知らない番号からかかってきた電話で、自分のエッセイが全国最優秀賞に選ばれたことを知る。

約1時間で書いたエッセイの賞金は30万円。
大きなメディアで紹介され、数十万人の目に触れた。

教員として働きながら数十時間かけて稼いでいた金額を、

好きなことなら1時間で稼げた。

時給30万円。


教員を続けていたら、絶対に味わうことのできなかった感覚と興奮を得ることができた。
この事実だけでも、辞めてよかったと今は言える。


かといって、そんなに都合よく好きなことで飯が食えるようになるとは思わない。

文字だけを書いて飯が食えるなんてうぬぼれてはいない。

でも、こうやって頭の中を文字にして、だれかが読んでくれることはすごく嬉しいし、なにより書いててたのしい。

そして、だれかが評価してくれる文章が書けたことにも安堵した。


これからの将来、東京で暮らし続けることはきっとないだろうし、ぼくにも妻にも想像できないたくさんの変化があると思う。歓迎できないハプニングや、つらいこともたくさんあるだろう。


そんなときに、文字を書き、自分を肯定してあげたい。今はそう思う。


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