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呼ぶ声

 以下の文章は2018年12月に母校である名古屋市立緑高等学校の創立50周年式典のために執筆した群読劇「呼ぶ声」のシナリオです。当日は演劇部の生徒さんたちが演じてくれました。
 群読というものをよく知らなかったので手さぐりで書いたものですが、高評価を得たようなので安堵しました。
 せっかく書いたのでどこかで披露したかったのですが、商業ベースに載せられるものでもないので、ここで公開することにしました。
 もしもこのシナリオを群読に使用したいという方がいらっしゃいましたら、ご自由にお使いいただいて結構です。まあ、そのときは「使わせてね」と一言いただけると僕としても嬉しいんですが。

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『呼ぶ声』

                       太田忠司・作

【登場人物】

 少女
 少年
 審査官
 男1
 男2
 女1
 女2
 友達1
 友達2
 老婆
 母親
 青年
 女性

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男1 「呼ぶ声」
女1 「呼ぶ声」
男2 「呼ぶ声」
女2 「呼ぶ声」
〇 各自がいろいろなトーンで「呼ぶ声」を繰り返す。その声がだんだん早くなり騒音のようになって、突然止む。少し間を置いて、

少女M「呼ぶ、声。それはいつも、わたしに届いていた」

友達1「バイバイ。またね」
友達2「またね」
少女 「うん、またね」
少女M「『またね』という言葉は、残酷だ。また会う約束をして、別れる。それは相手に自分の一部を預けることだ。でも、預けてしまったわたしの一部は、どこに行くのだろう? 帰ってくるのか、それとも、もう二度と、わたしのところには戻ってこないのか」
友達1「ねえ、この後カラオケ行かない?」
友達2「行く行く!」
少女M「もしかしたら、預けたわたしは、とっくに捨てられているのかもしれない」

少女M「友達といると、楽しい。いつも笑っていられる。だから別れると寂しい。でも、ちょっとだけ、ホッとしている。笑い顔の仮面を外すことができるから」
女1 「それは、本当に仮面なの?」
少女 「うん、きっと、そう。本当のわたしじゃない」
女2 「本当のあなたって?」
少女 「それは……もしかしたら、そんなもの、ないのかも」
男1 「じゃあ、君は誰なの? 本当でないなら、君は嘘?」
少女 「わたしは……わたしは誰なんだろう? 歩いているわたし。考えているわたし。わたしは間違いなくここにいて、でも、それがわたしじゃないとしたら。わたしは、誰?」

審査官「教えて差し上げましょう」
少女 「え? ……あなた、誰?」
審査官「驚かせてしまって悪かったですね。私は自己同一性審査官です」
少女 「じこ、どういつせい?」
審査官「自己同一性とは自分が他の誰でもない存在であると実感することです。英語ではアイデンティティと言います。あなたは今、自己同一性に疑問を持っている。そうですね?」
少女 「わたしは……よく、わかりません」
審査官「そうでしょう。だからこそ、私が必要なのです。あなたの自己同一性を確定するために」
少女 「そんなことができるんですか」
審査官「簡単にできます。これを差し上げましょう」
少女 「何これ? 透明なリング?」
審査官「これはアイデンティティ・ジャッジです。あなたの言動があなたに相応しいものかどうかを判定し、教えてくれます。これを手首に付けてください」
少女 「こう? あんまり目立たないのね」
審査官「だからいいんですよ。では、あそこのコンビニに入って何か、そう、チョコレートを盗んできてください」
少女 「え? そんなこと、できません!」
審査官「そうでしょうね。ところでリングはどうなりました?」
少女 「えっと……なんだか、あったかい」
審査官「それでいい。あなたは今、自分に相応しい言動をしたのです。だからリングは温かくなった」
少女 「じゃあ、間違ったことをしたら?」
審査官「冷たく感じられるはずです」
少女 「本当に?」
審査官「私を信じて、とりあえず試してください。では、失礼します」
少女 「あ、待って……行っちゃった。なんだか、変な感じ」
〇スマホの呼び出し音が鳴る。
少女 「もしもし?」
友達1「あのさあ、今カラオケしてるんだけど、すっごいカッコいい男子たちに声かけられちゃったの」
少女 「へえ……」
友達1「でね、これから遊びに行かないかって誘われたんだけど、向こうが三人なんだよねえ。だから、一緒に行かない?」
少女 「え……えっと……」
友達1「楽しいよ。おいでよ」
少女 「そう……じゃあ行こうかなあ……あ」
友達1「どうしたの?」
少女 「冷たい。リングが冷たくなってる」
友達1「リング? 何のこと?」
少女 「ごめん、わたし、これから家でやらなきゃいけないことがあるの。ごめんね」

少女M「それから、わたしはあのリングをいつも付けていた。リングは温かくなったり冷たくなったりして、わたしに相応しいこととそうでないことを教えてくれた。たとえば……」

老婆 「あの、すみません」
少女 「あ、はい」
老婆 「図書館には、どうやっていけばいいんですかね?」
少女 「図書館……えっと、ここからだとちょっと説明しにくい場所で……じゃあ、一緒に行きましょうか」
老婆 「いいんですか、ご迷惑じゃありません?」
少女 「大丈夫です。わたしもそっちの方向行くつもりだったから……(M)本当は反対方向なんだけど」
老婆 「はい?」
少女 「あ、なんでもありません。行きましょう」
老婆 「ありがとうございます。親切なかたですわねえ」
少女 「そんな……あ、温かい」
老婆 「何が温かいんですか」
少女 「あ、あの……今日は暖かいなって」
老婆 「そうですわねえ。でもあなたの気持ちのほうが温かいですわ。親切が身に沁みます」

少女M「こんなことも、あった」

母親 「あら? 今日は学校、早く行くんじゃなかったの?」
少女 「あ、やばい! うっかりしてた! 行ってきます」
母親 「ちょっと待って。髪がぐちゃぐちゃよ。梳いてあげるから」
少女 「いいよ、もう。急いでるし」
母親 「急いでたって身だしなみはちゃんとしなきゃ。前は出かけるときにいつも髪を梳いてあげてたでしょ」
少女 「そんなの昔のことでしょ。もう子供じゃないんだから……あ、冷たい」
母親 「どうしたの?」
少女 「ううん……じゃあ、してもらおうかな」
母親 「あら、ありがとう」
少女 「え? どうしてお母さんがありがとうって言うの?」
母親 「母さんの言うこと、聞いてくれたから。最近扱いにくくなってたものねえ。こんなに素直だと、ちょっとびっくりする。でも嬉しい。だから、ありがとう」

少女M「何かあるたびにリングは温かくなったり冷たくなったりして、わたしにとってそれが相応しい行動なのかどうか教えてくれた。最初は戸惑ったりもしたけど、リングが教えてくれたとおりにするとなんだか気持ちがよかったし、苦しいことも少なくなるような気がした。リングの言うとおりにしていれば、わたしはわたしでいられる。そう思った」

男1 「君は、本当に君なの?」
女1 「あなたは、本当にあなたなの?」
男2 「それが、君なの?」
女2 「それが、あなたなの?」
少女M「そうだよ。これが本当のわたしなの」

友達1「ねえ、最近付き合い悪くない?」
友達2「そうだよ。一緒に遊んだりしなくなったしさあ。彼氏でもできたの?」
少女 「そんなんじゃないって。わたし、ただ……」
友達1「ねえ、わたしたち、友達だよね?」
友達2「だよね?」
少女 「うん、友達……だよ……あ」
友達1「どうしたの?」
少女 「冷たい……リングが……」
友達2「何言ってるの?」
少女 「ごめん、わたし、帰るから」
友達1「あ、待ってよ」

少女M「それから、あの子たちとは距離を取るようになった。一緒にいる楽しさもなくなったけど、一緒にいるときの息苦しさも消えた。これはきっと、わたしに相応しいことなんだ。そう思った」

少年 「ねえ、君」
少女 「え?」
少年 「いつも昼休みになるとここにいるよね。校庭の隅っこ。何を見てるの」
少女 「何って……ただ、ぼんやりしてるだけ」
少年 「そうか、僕と同じか。僕もちょっと離れたところで、いつもボーッとしてる。君より前からね」
少女 「そうなの? 気付かなかった」
少年 「僕は気付いてたよ。君のこと。そのリングもね」
少女 「え?」
少年 「僕もほら、同じものを付けてるんだ」
少女 「じゃあ、あなたも自己同一性審査官とかって人にもらったの?」
少年 「そう。最初は半信半疑だったけど、これを付けてから自分のことがよくわかるようになったんだ。自分に相応しくないことはしないようになって、自分にとって相応しくない友達とは離れて。そしたら、ここでボーッとするようになった」
少女 「それって、あなたに相応しいことなの?」
少年 「どうかな。少なくとも気が楽だよ。ここなら心を乱されることもない。それに、君に会えた」
少女 「わたしに?」
少年 「たぶん僕たち、似た者同士なんだ。だからここで出会った」

少女M「それからわたしは、彼と昼休みになると顔を合せて話をするようになった。彼は穏やかな話し方をする。優しく微笑む。わたしの言うことを絶対に否定しない。一緒にいると心が休らいだ。気が付くと、わたしが学校で話す相手は彼だけになっていた」

少年 「知ってる?。同じリングを付けてるひとが他にもいること」
少女 「あ、それ、考えもしなかった。たしかにあの審査官がわたしたちだけにリングを渡すわけないものね。でも、どこにいるの?」
少年 「行ってみる? すぐ近く」
少女 「うん、会ってみたい」
少年 「じゃあ今日、学校が終わったら一緒に行こう」

少女M「彼が連れて行ってくれたのは、近くの駅前だった」

少女 「ここ、いつも来てるところだけど……どこにいるの?」
少年 「ほら、見て」
少女 「……あ、あの赤い服の女のひと、腕にリングを付けてる。それと、あそこのおじさんも」
少年 「よく見て。リングを付けてるひとたちはみんな、幸せそうな顔をしている」
少女 「そう言われると、そんな感じ」
少年 「リングに自分のアイデンティティを教えてもらって、自分らしく生きているからだよ。そのかわり、リングを付けていないひとたちは、みんななんだか辛そうに見えない?」
少女 「そう……かな」
少年 「そうだよ。僕らも行こう」
少女 「行くって、どこへ?」
少年 「リングを付けてるひとたちが集まるところだよ」
少女 「あ、待って」

男1 「君は、本当に本当に君なの?」
女1 「あなたは、本当にあなたなの?」
男2 「それが、君なの?」
女2 「それが、あなたなの?」

少女 「ここ、協会みたいなお寺みたいな、不思議な感じのところ」
少年 「僕らのために特別に用意された施設だよ」
少女 「僕らって?」
女性1「ここには自己同一性を確立した人間だけが来られるんです」
青年1「つまり、ここは選ばれた人間のための場所なんですよ」
少女 「選ばれた、人間?」
少年 「僕たちのことだよ。リングの導きで自分を見つけ出した人間、愚かさから脱することのできた人間」
審査官「そして、正しい判断のできる人間です」
少女 「あなたは……このリングをくれた、審査官さん?」
審査官「おめでとう。あなたは立派に自己同一性を確立されました」
青年1「おめでとう」
女性1「おめでとう」
少年 「おめでとう」
審査官「我々はあなたを歓迎します。来るべき新しい世界への門を通る資格を得たあなたを」
少女 「新しい世界って?」
審査官「正しい判断をして行動できる人間だけが生きる世界です。そこでは誰も悲しまない。誰も傷つかない。なぜなら、あなたがあなた自身でいられるからです」
少女 「誰も悲しまなくて誰も傷つかないなんて、そんな世界が本当にあるの?」
審査官「ありますよ。あなたはただ一言『はい』と言えばいい」
少年 「僕、言います」
審査官「君にも感心するよ。では、君は今後、その信念に従い、私たちと共に行動するかね?」
少年 「はい」
審査官「よろしい。君は今日から私たちの仲間だ。正式に自己同一性審査官に任命しよう」
少年 「ありがとうございます」
審査官「君の任務はわかっているかね?」
少年 「はい。アイデンティティ・ジャッジをひとりでも多くの人間に装着させ、僕たちの仲間にすることです」
少女 「仲間って、どういうこと?」
少年 「決まってるだろ。正しい判断ができる人間を増やすんだ。そうすれば世界は平和になるんだよ」
青年 「この世界は偽りや嫉妬や欲望に満ちている。みんな自分を見失っているからだ」
女性 「自分に相応しい行動を取れる人間であれば、そんな悪徳に手を染めたりしない。世界を正しい方向に導いていけるの」
審査官「あなたも自分自身をリングの教えに従い、自分を手に入れたのです。そしてこの恩恵を皆に分け与えるのです」
少女 「わたし……」
審査官「尋ねます。あなたは今後、その信念に従い、私たちと共に行動しますか」
少女 「わたし……わたしは……」
少年 「さあ、『はい』と言って。そして僕と一緒に来て」
少女 「わたしは……」

男2 「それが、君なの?」
女2 「それが、あなたなの?」

少女M「そのとき、声が聞こえた」

男1 「君は、誰?」
女1 「あなたは、誰?」

少女M「それは、ずっとわたしの中で聞こえていた声。わたしに問いかけ、わたしに気付かせようとしていた。その声は……」

少女 「その声は、いつも、わたしに届いていた」
審査官「はあ? 何の話ですか」
少女 「わたし、わかってたの。自分の中にある、自分を呼ぶ声。その声は、わたしを従わせようとはしない。正しい道なんて教えない。ただ、わたしに気付かせようとしていた。わたしが誰なのかを。そして今、わかった。わたしはあなたたちと一緒にはならない」
審査官「何を言っているんですか。あなたに相応しいのは私たちと共にあることなのですよ」
少年 「そうだよ。僕たち、ずっと一緒にいようよ。そうすれば、絶対に楽しいよ」
少女 「そう。楽しいかもしれないわね。自分自身と信じさせられた何者かになって生きていくのも。でも、わたしはそういうの、イヤなの」
審査官「そんなことを言って、いいんですか。ほら、あなたの手首のリング、どんどん冷たくなっていませんか。あなたが自分に背いているからですよ。私たちと一緒に来れば、リングは温かくなる。あなたらしく生きられるのです」
少女 「違う。わたしはこんなリングの言うとおりになんかならない。こんなもの!」
審査官「あ、何をする!」
〇ガラスが割れるような音。

少女 「……消えた? みんな、消えちゃった」
審査官「惜しいことをしましたね。あなたは永遠の平和を得られるはずだったのに」
少女 「あなたは、誰なの?」
審査官「私はただ、みんなに安心を与えたかった。同じように考え、同じように行動すれば誰も傷つけ合わない世界ができると信じて」
少女 「でもそれは、誰もが誰でもない世の中になるってことじゃない?」
審査官「それがどうしていけないのですか。個性なんて、アイデンティティなんて、ないほうが人間は幸せになれるんだ。人間なんて、人間なんて……」

少女 「いなくなった。誰もいない。ここには、わたしひとり。それでよかったの? これがいいことなの?」
男1 「いいことか悪いことかは、自分で決める」
女1 「いいことも悪いことも、自分で決められる」
少女 「わたしが、決める」
男2 「そして生きていく」
女2 「そして生きていく」
少女 「そして……生きていく」
〇スマホの呼び出し音が鳴る。
少女 「うん、はい……わかった。これから行くから」

              〈終わり〉

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