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短編小説 夏の香りに少女は狂う その5

このシリーズは、こちらのマガジンにまとめてあります。

***

その日の、夜。

バーベキューを終え、3人は明美の家へと戻った。
時計の針は、午後10時を指している。

「俺、ちょっと飲みすぎたかも」

義之はそう言って、早々にシャワーを浴び、奥の部屋へと引き上げていった。
結婚前に使っていた部屋らしい。

リンと明美も、交互にシャワーを浴び、2階にある明美の部屋へと移動した。

「疲れたー!でも、おもろかったな」

オレンジ色のルームウェアを着た明美が、ベッドに飛び込む。

リンは、ベッドの隣に客用の布団を敷いてもらい、そこで寝る予定だ。

「ヨシくん、だいぶ酔ってたみたいやな。大丈夫やろか?」

髪を拭きながら、リンは心配していた。

『キス、をしたのも、おそらく酔っていたからだろう』

そう思っている。
でないと、説明がつかない。
何しろ相手は、既婚者なのだから。

「お兄ちゃんは大丈夫やろ。それよりリン、髪乾かしたほうがええんちゃうん?朝寝ぐせつくで」

ベッドの上で、明美はゴロゴロしている。

「ドライヤー、暑いやん。まぁ適当に拭いといたら、そんなにハネへんよ」

リンは鏡を見ながら、タオルドライした髪をコームで整え、『よし』とつぶやいた。

つやのある黒髪は、肩下の長さをキープしている。
普段、特にオシャレを意識しないリンにとって、これが一番楽な長さなのだ。

「リン、そろそろ電気、消す?もうちょっと起きとくんやったら、まだ点けとくけど」

時刻は、午後11時半。
10代が寝るには、まだ早い時間である。

しかしリンは、体を休ませたかった。
義之との再会、そして初めてのキス。
午後から緊張したりドキドキしたりで、少し疲れていたのだ。

「んー、ちょっと早いかもやけど、寝よっか」

「そやな。電気、消すで」

明美がリモコンで、部屋の照明を落とした。
真っ暗にはせず、常夜灯はONにしてある。

寝つきのいいらしい明美は、すぐに寝息を立て始めた。

リンも、今日のことについて考えようとしたが…
やはり疲れていたのだろう。
ほどなくして、眠りに落ちた。

どれくらい眠っただろうか。
喉の渇きを覚えて、リンは目を覚ました。

枕もとに置いてあったスマホを見ると、時刻は午前1時を少し回ったところだった。

『何か飲みに行こう』

リンは布団から出て、明美の部屋を後にした。

子供の頃から遊びに来ているので、この家の勝手はわかっている。
階段を下りて、台所に向かう。

『あれ?』

台所には、すでに照明が点いていた。
消し忘れたのかな、と思いながらドアを開ける。

「あ、リンちゃん」

そこにあったのは、義之の姿だった。

「どうしたん。喉乾いたん?」

白のタンクトップに、黒いハーフパンツ姿の義之が、リンを見る。

「うん、なんか目ぇ覚めてしもて」

まさか義之が台所にいると思わなかったので、少しどぎまぎした。

「お茶でいい?入れたげるわ。俺も喉乾いたし、まぁ座っといてよ」

義之がそう言うので、リンは続き間になっているリビングに移動し、ソファに腰を下ろす。

「お待ちどうさん」

両手にグラスを持ち、義之がリビングに現れた。
グラスの中で、カラン、と氷が音を立てる。

入れてもらった麦茶を、リンは一気に飲み干した。

「よっぽど喉乾いてたんやな。お代わり、いる?」

リンがうなずくと、義之はすぐにお代わりを入れてきてくれた。

リンの前にコップを置き、義之も隣に腰を下ろした。

「なかなか寝れやんのか?」

心配そうにリンの顔をのぞきこむ義之は、「お兄ちゃん」の顔だった。

「ううん、そんなことないけど。ちょっと喉、乾いただけ」

「そか、それやったら安心やな。夜、俺がいらんことしたから、気にしてるんかと思った」

あくまでも「お兄ちゃん」の顔で、義之は柔らかい笑みを浮かべる。

「いらんこと、って…。ちょっとびっくりしただけ」

あのキスを思い出し、リンは顔が熱くなるのを感じていた。

「でもリンちゃん、ほんまにキレイになった。思わずキスしてしもたけど、ちょっとヤバかった」

「ヤバかった…?」

小首をかしげて、義之の端正な顔を見上げる。

「アカンアカン、そんな顔しぃな。俺またヤバくなってまうやん」

義之は、頭を掻いた。
男性にしてはサラサラした前髪が、揺れる。

「ヤバくなっても、私はいいよ」

思わず、そんな言葉がリンの口からこぼれていた。
それがどういうことを意味するのか、わかっているつもりだった。

義之の整った顔に…
タンクトップからのぞく、意外と筋肉質な肩に…
ちらりと見える、男らしい胸元に…

リンは、魅了されていた。

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