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ダリウス・ベイズリーはアメリカバスケ界のディスラプターになれるか?

※本記事は、楽天NBAニュースサイト内の「特集ページ」にて執筆している記事をそのまま掲載しています。(楽天NBAニュースサイトでの記事はこちらを参照)

トップスター高校バスケ選手による前代未聞の決断

「ダリウス・ベイズリー」という選手を知っている人は日本ではほとんどいないと思うが、ここアメリカでは数ヶ月前に度肝を抜く発表をして一気に注目を集め始めた選手。
もともとそのサイズ(206センチでスモールフォワード)と手足の長さ、運動能力の高さで高校時代に活躍した5スターリクルート(スカウトは高校トップリクルート選手たちを5つ星で評価する)で、元々はシラキュース大学へ進学予定だったが取り消してGリーグ入団へ方針転換。と思いきや、このGリーグ行きも取り止めて、これまで前例のない「ニューバランスと100万USドル(約1億1千万円)で契約」、しかもインターン生としてニューバランスで働きながらトレーニングを積み来年のNBAドラフトを待つ、という発表を行いバスケットボール関係・業界に衝撃を与える。

NBAのドラフト規制(ドラフト年に19歳に到達してるか、アメリカの高校を卒業した場合は卒業後1年経ていないとドラフト指名の資格を有さない)により、多くのエリート高校選手は「ワン・アンド・ダーン(高校卒業後NCAAで1年だけプレーしてプロ転向)」を経てNBAに行くのがほとんどだ。中には海外リーグ、Gリーグで1年間プレーしてNBAドラフトを待つケースもあるが、このベイズリーの発表はこれまでの前例を覆えすキャリアパス。業界関係者の間では驚きや批判、疑問等様々な反応を見せたニュースだが、これが何故アメリカで衝撃を与えているのかを説明したい。

アマチュアリズムへのアンチテーゼ?

NCAAの2017年の収入は1000億円を優に超えている(約11億USドル)が、無論学生アマチュアスポーツ団体のためプレーする大学選手への金銭的還元は一切ない。日本でも、高野連が「甲子園の高校球児たちを酷使・利用して金儲けしている」というような批判がしばしば起こるが、ここアメリカでもNCAAに対して同じような批判があり、その風当たりも強い。2010年にNCAAはCBSテレビとTurner(米大手ケーブル会社)と破格の放映権契約(約1.1兆円/14年)を結び、そのお陰で2017年は史上最高の収入を確保した結果、「金満主義」とか「選手へも還元すべきではないか?」という声はますます強まっている。

その後、NCAAの強豪大学が高校選手をリクルーティングする際に裏金が横行している事が明るみになり、FBIの捜査メスも入る一大スキャンダルが露呈。その内容とは、アディダス社のエグゼクティブとエージェントが主導して、有望エリート高校選手をリクルートする際にその親族たちに金銭的供与を行い、アディダス社が協賛する強豪大学への入学を約束させ、また将来プロになった際にアディダス社と契約するよう便宜を図るという不正行為だった。しかもこの件で、ロサンジェルス・レイカーズのロンゾ・ボールが「誰しもがみんな(カレッジ選手たち)が何らかのお金をもらっている事を知っているよ」と火に油を注ぐような発言をしてしまい、これがいかにNCAA内で蔓延し、根深い問題であるかを皮肉にも印象付けてしまった。

こうした背景がある中で今年10月に発表されたダリウス・ベイズリーによるニューバランスとの契約。しかもその契約の具体的な内容が、今後NBAでプレーしようがしまいが、ベース給与で100万USドル(約1億1千万円)が保証され、更にNBAでプレーした際には最高1400万ドル(約15億4千万円)まで跳ね上がるインセンティブスキーム。ベース給与けでNBAドラフト1巡目指名選手と同等レベルであり、高校卒業直後からこの大金を、合法的に手にするのだ。

一連のスキャンダルにより蔓延していた裏金・マネーロンダリング等の不正行為は終わりを告げ、今後ベイズリーのように高校卒業直後からシューズやアパレル企業と契約して大金を手にし、NBAのドラフトを待つエリート高校バスケ選手が増えていく可能性は高い。(取り分けそのような選手に限って裕福な家庭で育っていないケースも多いため)

1年間実践ゲームから遠ざかる事に対する批判はあるが、この契約を主導したベイズリーの代理人であるリッチ・ポール(レブロン・ジェームズの代理人でもある)は、「どうせNCAAで1年プレーしてもNBAの準備ができていない選手が大半」「その間個人的な技量磨きやトレーニングを積んで準備しても同じ」とそんな批判には何処吹く風。

これまで、金銭的な対価を得ずにNCAAか、薄給の海外リーグ(数は少ないがGリーグ)で1年間を過ごすかの実質2択しかなかったエリート高校バスケ選手に新たなNBAへのパス・キャリアの選択肢を作った事。またアマチュア精神を利用して巨額の放映権やスポンサー・チケット収入を得る一方で、選手に一切金銭的な還元がなかったNCAAや、NCAAを選択しない有望高校選手の受け皿としてGリーグの活用を推進するNBAにも一石を投じる、画期的なニュースと言えるのだ。

新たなシューズカンパニーの出現による群雄割拠なバッシュ業界

そしてもう一つの衝撃は、これがナイキやアディダスではなく「ニューバランス」というニュープレーヤーが主導したという事実。

「バスケットボールにニューバランス・・・?」と疑問に思う人が大半だと思うが、シューズメーカーにとってバスケットボールという市場は、2つの意味で非常に魅力的だ。1つはバスケットボールシューズは既に世界的に「ライフスタイルシューズ」というポジションを築いており、バスケコートよりも普段使いのシューズとして消費されるケースの方が圧倒的に多い。2つめにNIKEが売り出すミリオンセラーシューズ(ジョーダンやレブロンシリーズ)のお陰で、「バスケットボールシューズ(以下、略「バッシュ」)カテゴリー」は大衆ブランドとして認知・確立されており、他のシューズメーカーはこのカテゴリーで新たにシューズを売り出すことにより、ナイキの人気シューズに便乗する事で流れ顧客を捕まえやすいという効果もある。

最近のバッシュ市場で、2大巨頭のナイキ・アディダスに立ち向かう新興勢力を見ればそれは明らか。ステフィン・カリーとの契約に成功し、数年前からバッシュ市場で存在感を放つアンダーアーマー。クレイ・トンプソンやゴードン・ヘイワードとの契約に成功してアメリカに乗り込んできた中国メーカーのアンタ。今年バッシュラインを再強化すると宣言し、あのジェイ・Zをエグゼクティブ(タイトルはクリエーティブディレクター)として迎え入れ有望NBA若手選手(ジョエル・エンビードやディアンドレ・エイトン)と次々と契約を発表したプーマ。そしてこのベイズリーとの契約でバスケ界に乗り込んできたニューバランス。

実はニューバランスのバッシュ参入は初めてではなく、古くは1980年代にレイカーズで活躍したジェームズ・ウォージーが履いていてたが、めぼしい選手はその程度。最近ではサンアントニオ・スパーズのマット・ボナーが履いていたが、これは金銭的な契約はなく、実質ウォージー以来しばらくバスケ界から姿を消していた。しかしこのベイズリーとの契約発表後、11月にはあのスーパースター、カワイ・レナード(トロント・ラプターズ)との契約も発表。ニューバランスは、レナードに対してナイキが提示した「2200万USドル(約24億円)/複数年」のオファーを上回る内容を提示したと言われており、ニューバランスのバスケットボール市場参入に対する本気度が伺える。

このようにライフスタイルブランドを売り出す市場としてのバスケットボールの魅力により、ナイキ・アディダスだけではない新しいシューズプレーヤーが次々と出現してきた。またベイズリーのようなエリート高校選手の合法的青田買い契約によって、こういった新興プレーヤーでも将来有望選手を抱える事ができ、これまでほぼ市場を独占していたナイキ・アディダスの巨人たちに対抗できる道も作り出した。このベイズリーの動きはバスケットボールシューズ市場においても衝撃の波を起こしていると言っていい。

アマチュアスポーツ界とバスケットボールシューズ業界に衝撃を与えたベイズリー。来年のNBAドラフトで指名されるかはまだ分からないが、バスケットボール業界のディスラプター(市場の破壊者)的存在となったのは確か。皆さんも、是非このベイズリーという選手に注目してNBAのニュースを追ってみてほしい。

※文章内のUSドルは全てUS1ドル=110円で換算。

金大鐘(Twitterはこちら

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