アフロディテとプロメテウス

天界から下界の人間たちを眺めながら、アフロディテとプロメテウスが話をしていました。美しいものが大好きなアフロディテが、貧しい国にいる人たちを眺めながら話します。

「ほら、彼らのあの眼を見てご覧なさいよ。あんなにキラキラしていて、何もなくても皆が折り目正しく日々を健やかに生きている。この笑顔の美しさといったら天界でもあまり見られないくらいだわ。
 それに較べて、豊かな国に暮らしている人たちの落ちぶれていること。きれいなのは服と飾り物だけで、人の顔はどんなに探しても純粋さとはほど遠いわ。そのうち、見てくれの美しい身体もつくりんだすんでしょうけれども、それが美とは程遠いってことも知らないのね。
 私だって人間の幸せを願っているけどさ、どっちがいいことなんだろうね。豊かになることでこういった美しさが失われるとしたら、それって本当に豊かなことなのかなと考えてしまうわ。私たちがこの貧しい国の人たちに豊かさとか、豊かになる願望をもたらすことで、いろんなものが損なわれてしまう気がするのよ。」

「いや、アフロ、それは違うんじゃないかな」とプロメテウスはいいました。

「確かに貧しい国の彼女たちの目は輝いているし、慎ましい暮らしに美しさがないといったら嘘になるとは思うよ。だけど、ほら見てごらんよ。あそこのお母さんは今にも死んでしまいそうだ。薬をちょっと飲むだけで治る病気なのに、この村では不治の病だからだ。伝染病で墓が汚れるからという理由で、お墓にも入れてもらえないで、誰も来ない山の奥で焼き捨てられるんだ。
 亡骸を山に運ばれていくのを見ながら泣き叫んでいるあの小さい子ども。そんな世の中が美しいといえるのかな。貧しい国の美しさを強調しすぎるのは、その貧しさゆえの悲劇を直視していないからじゃないかなと、私はいつも疑っているんだ。
 全ての人には豊かになることを願う資格があるし、そういう願いを持つことができる世界をつくるのが私たちの役割なんじゃないかな。」

「メテウスはそう言うけど、この人たちは自分たちが貧しいってことも知らないじゃない。だから幸せなんだと思うわ。
 不思議なんだけど、人間ていう生物は周りとの比較で幸不幸を決めるのね。自分の物差しがないから、自分の背丈を誰かと較べるしかないんだわ。何も知らないままでいたら、悲しむこともないし、それでいいんじゃないかな。
 さっきの伝染病の話も、それを悲劇だと思うのはあなたが天界に住んでいるからじゃないかしら。あなた自分が独りよがりかもしれないのを疑いもしないのね。」

プロメテウスはゆずりません。「いや、彼らにも知る権利があるよ。人間の辿り着いている豊かさなんてたかが知れているけどさ、物質的にずっと恵まれた町があることを知ったら彼らは確かに落ち込むかもしれない。でも、そうやって悲しんだあとに何を選び取るかは彼らが決めることだと思うんだ。
 それに、いずれにしても、世界中の人々が全然違う暮らしをしていることにそのうちみんな気付くんだよ。それが止められないのなら、僕たちには彼らに希望を抱く機会を提供するべきなんじゃないかな。」

「相変わらずの頑固者だね。メテウスは。
 じゃあこうしない?
 私たち二人が納得する人間を一人、この貧しい国から選ぶ。その人にこの貧しい国で一生を過ごしてもらう。死んだら、その記憶を私たちで保存しておいて、彼をレーテー川につけて、記憶をまっさらにする。
 そしてクロノスさんにお願いして時間を遡らせて、今度は彼を豊かな国に連れていく。そして、彼が成功したり絶望したりしながら、豊かさの階段を登り続ける人生を歩かせる。
 そっちの人生も終わったら彼を天界につれてきて、旧いほうの記憶も返してあげる。そして、どっちが良かったかを聞く。貧しい国のままが幸せだったなと思ったら私の勝ちね。」

プロメテウスもこれに合意して、アフロディテとともに向上心がありながらも内的な世界が豊かな人間を一人選びました。そして、約束した通りの人生を2回経験させ、天界につれてきました。

最初は二つの人生の記憶があることに混乱していましたが、プロメテウスとアフロディテからの説明を受け、数時間経つうちに落ち着いていった彼は、二人を睨んでこう言いました。

 

「あなたたちは一体何様なんだ。私はあなた達のオモチャじゃない。僕じゃなく自分たちで試して決めたらいいじゃないか。みんなが同じ答えを出すことなんてないと思うよ。
 おしゃべりしてる暇があったら、伝染病で亡くなったお母さんを治してくれたらよかったのに。汚れるからって誰もいない山に埋められてしまったあの人を。私にとっては、お母さんが生きている人生が一番だった。」

 

 

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