変質者シヴァの取り調べ

1900年代にパーティに出ていた燕尾服の紳士が2010年のパーティにやってきても大して違和感がないように、技術がいくら進歩しても変わらないものというのはあるらしい。2030年も過ぎた今日には全ての言語の同時通訳が全く問題なくなっていたし、人類の言語に飽き足らず動物言語(例えばカラスの鳴き声)までも完全に通訳できるような時代になっていたけれども、人間の住まう建物というのは変化がないままだ。

この山の手通り沿いにある警察署も、2010年代と全く変化していなかった。窓口から人間が消え失せて、やってきた人の案内をコンピューターが無機質に行うようになったといった違いはあるものの、今も警察署内の取り調べ室にはなんの変化も訪れていない。くたびれた服装をした捜査官が1980年代のドラマと同じような調子で取り調べを進めている。こんな恣意性の固まりのような取り調べ作業こそ機械にさせたらいいじゃないか、という論調も一時はあったのだが、僕たちはいつまで経ってもそういったタッチーな問題は生身の存在に任せたいらしい。誤謬リスクだらけの陪審員制度も変わらずに存在し続けている。

「シヴァ・ケーン、じゃあお前は容疑を全て認めるということだな?」

「認めるも何も全て事実なんですからね。反論の余地もありませんよ。ただ、私は自分がなんで捕まっているのか、皆目見当もつかないんですけどね」

「お前なあ」捜査官は呆れたようにシヴァを睨みつけた。「どう見ても強制わいせつ・迷惑防止条例違反じゃないか。被害者女性によると、お前は被害者女性のトイレをずっとついて回り、彼女が用を足したあとのトイレの匂いをずっと嗅いだあとに、そこに自分の排泄物を重ねるということをずっとやってきたそうだな。それは本当に正しいのか」

「そうですな。その事実認識にはなんの誤りもありません。だけど、繰り返しになって申し訳ないが、私は捕まるようなことをしたんですかね。私は彼女が好きだ。そして、表向きにもそれを隠すことは全くせず、彼女に会う度にプロポーズをしてきた。若干直裁的な物言いになっていることは認めますよ。いまどき『僕の子どもを産んで欲しいので、性交をさせてくれないか』なんて言うやつがあまりいないのは知っています。だけど、みんな口ではそう言わないだけで思っていることもやっていることは一緒じゃないですか。
 彼女は受け入れてくれないわけだけど、僕の好意はなくならない。だから、彼女がお店でトイレに入って用を足し終わったらすぐに僕もそこにいく。そしてその香りを楽しんでから自分も用を足す。別になんてことないじゃないですか。」

普通だったら少しは悪びれるものなのだが、どうやらこいつには罪の意識が全くないらしい。そして、俺の頭もちょっとおかしくなってしまっているのか、言っていることがどうも筋が通っているように聞こえなくもない。詭弁のようにも聞こえるのだけど、いますぐに論破する必要もないかな。いざとなれば、刑務所に入れるってくらいわけがないんだから。

捜査官の心の動きを感じ取っているのか、シヴァはさらに元気を増しているように見える。ここ数年で一番の論戦に勝利したかのような優越感たっぷりの笑みを浮かべながら続ける。

「それと、神に誓ってもいいが、私と同じように、好きになった女性のトイレをひたすらに追いかけ回すやつらはいっぱいいますよ。そいつらがそれを悪いと思っているんですかね。
 そもそも、ですが、変質者と正常者の区別ってどうやってつけるんですかね。私の知り合いには、3回連続でフラれながら、半ば世間的にはストーカーであるかのようにその女性をつけて回り、最後には女性が根負けして結婚したってのがいますよ。その当時は、女性のほうも彼をストーカー被害か何かで訴えようとしていたみたいですけど、結婚した今となってはそんなの笑い話だ。彼女が仕事でものすごく参っているとき、真心で彼女の手助けをしたあいつにコロッといってしまったらしい。
 そして、結婚したらやることはきちんとやって、大勢の子どもに囲まれて本当に幸せそうに暮らしていますよ。そいつと私になんの違いがあるっていうんですかね。私とあいつの間には、それこそサッカーのセンターラインくらいの境界線しかなくて、誰でもその間を行き来するんじゃないですかね。勝てば官軍じゃないけど、彼女がいつか私のことを好きになってくれたら、それで全ては丸く収まるわけだ。私はその日が来るまでがんばりますよ」

「ケーンさんよ、もう演説はそんなものにしてくれるかな」捜査官はシヴァの言葉を遮った。「セクハラとかそういうのはな、相手がどう思うのかが全てなんだ。相手が気持ち悪いけどまあ許容するくらいなのか、気持ち悪くてもう許せないのか。決めるのはお前じゃないんだ。お前の友人も捕まってもおかしくなかったが、相手が良かったんだな。そして、お前の場合は、俺がこの場で座っていることからも分かるように、相手女性から何度も被害届が出されている。相手の女性はお前が気持ち悪くてしょうがなくて、そして、世の中の制度は彼女の味方ってわけだ。
 お前がいくら自分なりの主張をしても勝手だが、お前が自分にかけられた容疑を認めた以上、もうこれでお前の罪は確定したわけだ。執行猶予くらいがついたらいいがな」

「はあ、てことは有罪ってわけですか」

「まあそういうことになるな。まあこれに懲りて、もうこんなことはやめるんだな」

「だけど捜査官さん」シヴァ・ケーンはもごもごとしながら続けた。

「私に翻訳機なんかつけて捜査までして本当にご苦労様としか言う他ないんですが、人間向けの法律を犬である私に適用してどうするっていうんですかね。そろそろ私は散歩にいきたいんですがね」


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