走ることについて。11

倦まず弛まず続けること

何かのコンセプトを理解することと、それを学びとして自分の行動を変えていくことの間には大きな隔たりがある。

人間は、何かを頭で理解しただけで自分の行動を変えるような生き物では決してない。もしそうであれば、世界はとっくのとうに理性によって治められる穏やかな場所になっているはずだ。そこでは、誰もが正しいと皆が頭で理解することをして生きようとするだろう。

自分の行動すらを改めるほどの何かに対する理解を得るためには、それが「身につまされる」ものである必要がある。すなわち、体験をベースにした学びが無くしては、人は自分の行動を変えることはできない。

僕にとって走ることは、その学びを汲み取るための学校でもある。僕は走ることを通じて、数えきれないことを学んできた。今回のように長い期間をかけて走っているのは初めてのことで、だからこそ、そこにはまた新しい学びがある。

中間地点である13日間走りながら学んだことは、倦まず弛まず続けることの大切さだった。

長い距離を走りぬくには、まず目標を立てたあとにどうやってそこに行くのかを決めないといけない。それが戦略。その後、道程を細かくブレークダウンして、どの道をどう走るのか、どこで泊まるのか、補給をどうするのか、荷物をどうするかなど細かいことを決めないといけない。それが戦術。

でも、戦略や戦術の重要性は相対的には低い。仕事でもそうで、何をやるべきか、というのは、本人がそういった訓練をある程度受けているか、そういった訓練を受けた人を味方にするかすれば、だいたい外すことはない。

一番大切なのは、やり切る能力。やるべきことを、コツコツと、休みなく行うこと。

この第二ステージまでを終えたタイミングで、僕は、誰もが知っているウサギとカメの競争の物語が意味することを身に沁みて感じるようになった。厳しい体調の中で長い距離を長い期間走りぬくためには、可能な限り走ること以外に費やされる時間を減らすのがいかに大切であるかに気づいたからだ。

具体的にはこういうことだ。朝起きたらダラダラせずに手早く準備を進める必要がある(ミイラ男みたいにテーピングをするので時間が結構かかる)。道中でストレッチなどの体操をすることは必要だけど、そのついでに休むのはだめで、とにかく時間を区切ってパパっと休んだあとは前に進むことが大切。ご飯も可能な限り歩きながら食べる。宿に着いてからも服の洗濯、濡れたレインウェアやバックパックの乾燥など、やるべきことをサッとやって眠る時間を確保する、など。

アキレス腱を痛めてからの僕の時速はだいたい6.0km前後で、1分が100mに相当する。10分サボると1km、30分サボると3kmが機会コストになる。この積み重ねは本当に大きい。今は、休憩も含めて平均時速が6.0kmになれば及第点といったところ。そんな感じで毎日12時間くらい走る。

そして、この「やるべきことを、倦まず弛まずやり続ける」というのは、走ることだけでなくて、何をやる際にも大きな違いを生み出すものだと僕は信じている。毎日毎日、筋肉の炎症で熱が38度近くあり、身体の色んな箇所が痛む状態で、でもきちんとやるべきことを毎日コツコツとやることは、たぶん、生きていて何かをやろうとするかぎり必要なことなのだと思う。

また、こういう継続作業は、どんな状況においても心乱されない訓練にもなる。天気とか体調といった、自分でコントロール出来ないものには心乱されず(残念ながらその状態には完全に至っていないが)、今自分にできることを無心に行うこと。長い長い距離を走りながら学んだことは、僕の力になってくれている。


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