信州に上医あり

南木佳士、信州に上医あり

今年14冊目。

今の仕事の将来を考えると、プライマリ・ヘルス・ケアは切り取って考えられなず、色々と勉強しているわけなのだが、件の「村で病気とたたかう」があまりにも素晴らしかったので若月俊一という人についてもっと知りたくて読んだ。作家であり、若月先生がつくった佐久総合病院で勤務医をしている著者の若月俊一評とでもいえる一冊。

裕福な家庭からの転落、当時は死の病であった結核罹患、共産主義への傾倒と生きるために行った転向など、東大医学部に入ったエリートでありながらも諸々と屈折した感情を抱きながら成長していった若月俊一像がうまく描かれているように思えた。しかも、著者は若月俊一とともに働いている身なので、20年ほどをかけて若月に事ある毎に行ってきた突っ込んだ質問とそれに対する若月の応答といったやりとりからも、若月俊一という人物の多面性が浮かび上がってくる。

魅力的な人物というのは、相反する二つの性質を矛盾なく同居させているように思う。善に対する愛と冷徹な計算、専門的な知見の鋭さと全体感を失わない視座といった具合に。若月俊一は「農民のために」ではなく「農民とともに」という言葉を掲げ(正確には後にそのようにスローガンを改変し)農村医療を発展させてきた人物で、そこには徹底した人間愛があり、場合によっては権力に対して闘うことも辞さなかった。一方で、若いころの彼は共産党の連絡員とやりとりをして官憲に目をつけられるのを恐れその場から逃げたような男であり、戦地で撃たれるのが恐くて塹壕から顔を出さずに機関銃を撃つような男でもあった。自分自身を「このずるさ。これが私なんだよ」と自嘲する男は、聖人君子でもない一方で冷酷な現実主義者の俗人でもなかった。こういった多層性は、若月の人格に深みを与えているように思う。

より一層佐久総合病院に行きたくなった。運よく、佐久総合病院で働いているお医者さんにコンタクトが取れたので、今度日本のプライマリ・ヘルス・ケアの現場を見てこようと思っている。途上国にそのまま生かせるものではないとはいえ、その精神を学ぶことには意味があると思うから。

その他、へえ、と思った点についていくつかメモ(真偽のほどは知らない)。
・途上国の貧困地域や難民で溢れている現場ですぐに役に立つのは内科よりも外科の場合が多い
・医者は医者になってから2年の間に学んだことが、その人の8割を決める
・農村医療においては、医者は専門性を高く持ち合わせながらも、ジェネラリストでないといけない。この辺りのバランスがとても難しいが、うまく両立させていく必要がある


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