見出し画像

記憶

まさか自分にこんなことが振りかかるとは思っていなかったのだけど、ちょっとした抗争に巻き込まれたようで、腕に怪我をした。流れ弾が当たってしまったからだ。

銃を持った男のターゲットは50代くらいの品のいい紳士で、数発の銃弾を打ち込まれ、その場に倒れていた。後からパトカーや救急車がやってきて、お医者さんと思しき人が生存確認をしている。自分の腕も痛いが、それでもその光景を見ながら「そんな面倒なことをしなくても、もうどこからどう見ても亡くなっているのにな」と思うくらいの精神的な余裕があった。

被害者の死亡確認が済んでから、警察の人たちがこっちにやってきた。

「犯人をその目で見られましたか?後で詳しく聞きますが、特徴を教えて頂けないでしょうか」

その人の特徴を伝える。背丈とか、顔の形とか、服装とか、銃の形とか。囲碁の影響で、僕の記憶は時々異常に精緻で、こういう時はやっぱりその状況を綺麗に覚えていた。その人が若干の抵抗を受けたために、目の当たりに切り傷が入ったことなども含めて。

あらたかの確認が済んだ後に、警察と一緒にいた救急隊の人たちは、気付いたかのようにこう言う。

「ああ、その傷も見ないとだめですね。銃弾に何らかの毒が塗りこまれている可能性もありますし、まずは一緒に病院にいって、必要であれば手術もしましょう。」

痛いけど銃弾が貫通している訳でもなく、まあ1ヶ月も経てば傷跡が残るくらいで大したことないと思っていたのだけど、そう言われると確かに心配なので、救急車に乗る。人生二度目の救急車。一度目は、車に轢かれそうになったときで、その時のかすり傷はまだ背中に残っている。

連れて行かれた病院で、手術室の前にある椅子で待つ。夜中なので、医者がやってくるまで待つ必要があるという。手術が必要なのは、一回麻酔をかけて色々な検査をする必要があるかただという。

無機質な蛍光灯と白い壁。手術室以外の場所は電灯がついていないので随分と暗い。早く手術を終わらせて溜まった仕事を片付けたい。

椅子に座ってぼんやりと待っていると、病院の職員らしき人が話しかけてきた。

「今すぐここから逃げたほうがいい」

「なぜですか」

「お前は、このままだと犯罪者にされて一生刑務所行きだ」

意味が分からない。なぜ手術を受けたら犯罪者になるのだろうか。

「意味がわからないのですが。そもそもあなたは誰なのでしょう」

「素性を言ったってお前は信じてくれないだろう。だけど、本当の事だけを俺は話す。お前は見てはいけないものを見た。あいつらは、お前に全ての罪をかぶせて事件を処理するつもりだ。
 簡単に言うと、お前は国家にとって邪魔な人間を消す現場に居合わせてしまった。お前の記憶力が悪くて、警察からの質問にもう少しぼんやりと話していたら良かったのに。
 政府は最近人間の記憶を操作する方法を極秘に開発したらしい。それを用いて、手術中にお前の脳に事実とは異なる偽の記憶をインプットする。お前が目を覚ましたときには、お前は自分が彼を殺した犯罪者で、たまたま受けた反撃のために気を失い病院に搬送された、と記憶している。手術によって生じた頭の傷も、被害者からの反撃によるものと記憶していることだろう。
 裁判で最も有力なのは今も本人の証言だ。お前が自分がやったと証言する限り、どのような判決が下るかは明らかだろう。政府による完全犯罪というわけだ。」

攻殻機動隊の世界ではあるまいし、という思いが頭をよぎる。あの世界でも、脳を電脳化させないかぎりはそういう被害には遭わない。でも、彼の言うことにやけにリアリティを感じるのはなぜだろう。人殺しの現場に居合わせたが故のショックが正常な判断を鈍らせているのだろうか。

「信じるも信じないもお前の自由だ。政府の息がかかっていない病院を紹介してやるよ。着いてきたいのならついてこい。時間はないぞ。お前に偽の記憶をインプットする技術者はあと10分でやってくるはずだ。」


という夢を見た。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?