教育格差

Twitterでも宣伝したけど、これは素晴らしい本なので、いわゆる格差問題に関心のある人達はぜひ一読してほしい。Amazon在庫切れなのでKindleがおすすめ。

松岡亮二、教育格差(ちくま新書)

「素晴らしい本」とは書いたけど、それは本書の事実描写が素晴らしいわけであって、実際としてはかなり暗澹たる気持ちにさせられる本だ。本書は様々なデータをもとに、日本および世界に明確な教育格差が存在することを示している。すなわち、生まれがよい家に育った人はよい教育環境の中で高い学力・学歴を獲得し、逆は逆という厳然たる事実を本書はこれでもかと提示する。

社会的養護に関わっているので、僕は生まれが学力に明確に結びついていることは直感的にもデータに基づいても理解していたつもりなのだけど、僕が今までやってきたことは親の経済状態と子どもの学力との関連付けだった。確かにそれも関連があるのだけど、本書はより子どもの学力の説明力が高い指標として、親の社会経済的地位を用いている。社会経済的地位の主な指標は親の学歴だ。子どもの学力についてもっとも説明力が高いのは家の物質的な豊かさよりも、親の最終学歴だというわけだ。

親の学歴が高いと、子どもは学ぶことが当たり前の環境で育ちやすい。家には沢山の本があるし、親は眠るときに本を読み聞かせしてくれることが多いし、習い事をさせてもらえることも多い。そういった幼児期の環境ですでに明確な格差が生じ、それは小学校・中学校・高校と子どもが歳を取るごとに大きくなっていく。そして緩やかな教育格差が生じる。親の社会経済的地位と関係なく高い学歴を獲得する人は当然にいるが、問題は確率であり比率だ。例外はいつも例外でしかない。

この緩やかな格差の固定はどこの国にも存在している。人口の大きさに比べると日本の子どもの世界的な学力の高さは瞠目すべきだが、格差水準は世界平均と同じくらいだ。格差が小さいとされる北欧でも、格差は小さいだけで厳然と存在している。日本においては格差は戦後から今までずっと同じように存在してきたが、教育意識の格差は少しずつ拡大傾向にある。

本書には強烈な自省を強いられた。僕の家でも両親ともに大学卒で、朝鮮学校ゆえに薄給とはいえ教師だった。だから、親戚から何とかファイナンスをしてでも僕の学習には多大な費用を払っていた(囲碁の学校は母が伯母からファイナンスをつけたお陰で行けた)。家には沢山の本があったし、勉強することは当たり前だった。唯一無かった側面は芸術くらいだ(それは勝手に高校後期から自分で探し始めた)。そこに僕は救われていたわけで、僕は単にラッキーだったのだということを改めて思い知らされた。

ではどうすれば格差は埋まっていくのか。それが本書でもテーマとなっていることだ。それは大きく3つだ(パラフレーズしているので著者の意図とは違うかもしれない)。
・データの継続的な収集と見える化。そして、格差を厳然たる事実として社会に突きつけること。本書の執筆もその目的に沿っている。(ただし、格差の見える化はさらなる格差の助長につながる可能性もあると著者は指摘する。例えば、A区の教育水準が全体的に低いというデータが揃うと、社会経済的地位の高い人はその地域から出ていってしまうかもしれない)
・その事実に基づいて教育格差是正のための政策を政治レベルで打つこと。政策をなんとなくの勘ではなく事実を元に作成すること。
・教員免許取得者については教育格差を必修科目とすること。

どちらかというと福祉方面から物事を考える僕はどちらかというとやはり再分配とかの方に考えが向いていってしまうのだけど、教育研究者ならではの視点でとても学びが多かった。僕は学者や専門家が自分の専門領域について必死に考えて調べて書いた本がいつも好きだ。人生をかけて取り組んでいる人の言葉には熱量と説得力がある。

 

この素晴らしい本に一言だけコメントをするのなら、僕は著者の経歴を少し知りたかった。ハワイ大学でPh.Dを取っているのだけど、僕の知る多くの研究者は学士・修士について書いている(海外の研究者も普通は学士から書いている)。僕は教育学は詳しくないけど、それでも著者の経歴がちょっと変わっているのではないかと想像する。だとすれば、元々著者がどういった経歴をたどって本書を書くまでに至ったのかを書いてくれたら、僕としては著者の動機がよりよく理解できたように思う。もちろん学術書は内容がすべてで著者の経歴などは関係ないのだけど、これは新書なのでそれを少し知りたかったというのが正直なところだ。

著者は格差は当然に無くなるべきものとして本書の主張を展開している。それは強烈な信条のように僕には読み取れた。しかし、世の中の多くの「生まれ」のいい人々はそんなに強い情熱を抱かない。何が著者にあったのかは、少し知りたい気がした。

いずれにせよ、いい本なのでぜひ手にとって欲しい。あ、あと、もしよければ同じちくま新書から出ている拙著「ルポ・児童相談所」も。


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