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変わり続ける

今年7冊目。「変わり続ける ― 人生のリポジショニング戦略

予め言っておくと、出井さんは五常の取締役会議長だ。だけど、僕は常にそういったことから離れたところで物書きをしたいと思っているし、そういった人間関係によって言うべきことを言わないのはむしろ失礼なことだとも思っている。もちろん、礼節はいつも大切にするけれども。

出井さんを批判する人は今も多い。「ソニーをダメにしたのは出井である」とメディアはよく書き立てる。確かにCEOには結果責任がある。けれども、こういったネガキャンをするのは得てして出世で追いぬかれて嫉妬している元同僚たちだったりする(その痰壺となっているのがFACTAや選択などの雑誌。もちろん素晴らしい記事も多いけど)。

だから、僕は周囲の人がその人についてどう言うのかではなくて、その人がどういうことを言ってきたのか・やってきたのかや、その人に会ってみた時の自分の直感を大切にしている。僕のポジティブ直感は外れたことがないので、僕はそれを信じている。出井さんのみならず、僕は自分が親しくしている人について、何も知らない他人が知った口を叩いたら、まずは噛みつくことにしている。

さて、本の内容だけど、全ての会社員に読むことを強くおすすめしたい。定評のあるブックライターである上阪徹さんが書いているため、本書を読んでいると、著者が日頃から話しているものがそのまま本になっているという感覚を受ける(例えば、「うちのカミさんはCEO、超偉い奥さんの略」と確かに普段から言っている)。

しかしながら、この本を読んでの第一感想は、「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設を設立趣意書に掲げるソニーとはいえ、よくこの人が社長になったな」、というものだ。下記を見れば、著者が社長になったのは本当に驚くべきことと言えるだろう。良くも悪くもめちゃくちゃだ。
・入社直後から、1年仕事したら留学に行かせてほしいと話していた
・海外勤務は花形のアメリカではなくヨーロッパの中でも特に規模の小さいフランス(言語も英語よりフランス語が得意)
・上司と問題を起こしたためか、本社の企画スタッフから物流センターに異動(実際は左遷されている)
・会社からの辞令も普通に断る
・自分から不振部門であるオーディオ部門の事業部長を買って出る

ものすごい逆張りをしつつ、不遇の環境も経験している。しかし、著者はどのような状況の中でも常に自分に何ができるか、どこで一番学び成長できるかを考え、それが出来る場所で虚心坦懐に学び、最高の仕事をしようと努めてきた。運もあるのだろうけれど、本書を読んでいると、著者がどのようにして自分を成長させてきたのかがよく分かる。

また、著者を成長させた要因の一つは、会社に飼いならされているという意識が全く無かったことにあったように思う。著者は「自分の運命を会社に委ねず、自分の会社の社長になる意識が重要である」と話す。この、会社に雇用されながらも会社の奴隷にならないというのは僕も本当に大切にしてきたことだ。モルガン・スタンレー在籍時代、リーマンショックの時にGoogle Financeを眺めながら「うちの会社も潰れるかもなあ」と不安になっている自分に気づいて愕然として以来、ずっと大切にしている。危機感をもたず飼い犬意識で働いている限り、人は経営人材としては決して成長しない。

本書には他にもサラリーマン金太郎的なエピソードがいっぱいあり、著者のような振る舞いをして大企業の社長になれるかといえば、それは保証されないだろう。場合によっては左遷されたまま、戻ってこれないこともあるかもしれない。それでも今のような時代で会社勤めをする人には、著者くらいの緊張感を持って日々の仕事にあたるべきではないかと個人的には思う。

著者はこの歳になっても好奇心の塊で、ベンチャーのガーディアンになっている。本書によると、それには井深大さんの影響が大きいようだ。すでに当時から、井深さんは「月の裏を見たい。月の裏に、いろんなものを運ぶんだ。それをいち早くやろう」と言っていたらしい。今も、世界中の人々に老若男女問わず会い、新しいことに関わり続けている。

大企業の経営者経験者の多くが口では「ベンチャーや若者を支援したい」と話すものの、自分の名声リスクを負って失敗がつきもののベンチャーをサポートしたりする人は本当に少ない。大企業の社外取締役やアドバイザーをやっていれば、ちょっとした労力でお金がきちんと入ってきて、名前が傷つく恐れも少ないからだ。

しかし著者は若者のためにリスクをとる。マネックスやフリービット、更にヒューマン・ライツ・ウォッチやISAKまで、著者にお世話になって大きくなっていった事業は少なくない。これには、著者自身がソニー退社後に自身で起業したこともあるために、なおさらスタートアップの苦しみを理解していることも関連しているのかもしれない。

タイプは違うけれど、僕が著者の歳になったら、彼のようにいつまでも好奇心旺盛で、若者たちと付き合っている大人になっていたいと思う。こういうカッコいい大人がいっぱいいる社会は素敵なものになるのだろう。


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