村で病気とたたかう

今年9冊目。「村で病気とたたかう」、若月俊一

途上国で本当にお客さんの生活を良くするための金融サービスを届けようとすると、プライマリー・ヘルスケアを避けることはできない。病気でお客さんが亡くなることは相応の頻度で生じるし、亡くならなくても体調が悪くなってお金を返せなくなったりすること(そして途上国には国民健康保険のようなものはないので、病院にもいけない)はもっと多い。そういった問題意識を抱えながらお話をさせて頂いたお医者さんから推薦された本書は、45年以上前に出版されたにもかかわらず、今も途上国医療に対して重要な洞察を与えてくれる素晴らしい一冊だ。

農村に住む人々の生活は、今以上にずっと貧しかったし、それゆえに農村における平均寿命も都市部に較べて低かった。そんな地域において人々の健康のために尽くしてきた著者のアプローチは、いま途上国でもまさに必要とされていることのように思う(更に言えば、先進国の人々が行っているヘルスケア援助が失敗する理由も、本書は伝えてくれているように思う)。

■常に民衆の中に入っていき、そのために尽くす。著者が院長となった佐久病院の医師らは、休日も返上して過疎地の農村を訪問し、出張診療を行ってきた。予防医療の必要性を痛感していたため、演劇を通じた啓発活動や、地域コミュニティと組んでの体操などの健康法の実施など、農村の実情にあった医療活動を展開してきた。
 著者らが金儲けのためではなく、本当に患者のためを考えて行動していることは、時には誤解されたりしつつも農村の人々に支持された。病院の一部が火事で焼け落ちたときには、地域の人々が自らお金を寄付してあつめその修繕費用として差し出した。著者らは朝鮮戦争時のレッドパージが盛んだった頃に追放されそうになるが、そのときも民衆の署名運動によってのりきった。
 著者は「私たちは農民に密着し、農民の利益のために闘って、その信頼を得てきたであろうか」と問い続けてきた。これは、全ての職業人がいつも自らに問い続けるべきことではないだろうか。

■民衆の中に入っていき問題を直視しながらも、その解決が場当たり的なものにならないよう、常に研究活動を続け、より良い医療を提供するための努力を怠らなかった。海外の研究結果も学び続け、当時まで寝たきり7年で死に至る病だった脊椎カリエスへの治療法も確立させた(当時、この新しい治療法は学会から批判を浴びたらしいが、その治療法がうまくいくことを示した後には皆が受け入れた)。それ以外にも、佐久病院では多くの先進医療を他に先駆けて導入している。
 詳しくは本書を読んでほしいが、著者らのアプローチは一つ一つが理にかなっている。医療サービスの効果検証のために「ABテスト」のような科学的なアプローチが必要であればそれを行う一方で、地元で手に入る薬草を煮て飲めば寄生虫対策になるのであれば高価な薬など使わずそれを提供する。本書を読んでいると、形式からは入らず、徹頭徹尾自分の頭で考えて理屈が通っているのであればそれを実行しようという精神が常に感じられる。

■貧しい人が多い地域で医療サービスを全ての人に提供するためには、経済的・社会的な変革をセットで行う必要がある。そもそも国民健康保険のような制度がなかったり、それがあっても自己負担分を払えるだけの金銭的余裕がなかったりすると、人々は病院に行かない。また、「多少(実際には相当)体調が悪くても農業の繁忙期には休まず働くべきだ」といった規範があったり、病院に対する信頼がなかったりすると、やはり人々は病院にやってこない。
 貧困問題を解決するための行動をとりつつ、正しい医療情報についての啓発活動が行われていかないと、医療問題は解決に向かわない。啓発活動もただ話をするだけでなく、人々の好みに合わせて工夫していく必要がある。
 これは現在の途上国でも同じことがいえる可能性が高く、医療一本足のアプローチでうまくいくわけがないことは(逆経済一本足でもうまくいかない)、著者の経験が示してくれているのではないだろうか。

■上記のような現状に鑑みると、省庁で手に入るデータだけを見て現状が分かっていると判断するのがいかに危険であるかが分かる。そもそも病院にやってくる人にバイアスがかかっているのであれば、患者を母集団としたデータは人々の状態を描き出してくれない。現在の日本であればそういったおそれは相対的に小さいかもしれないが、途上国の医療情報については今もデータを信用することはできないのではないか。
 そんなことだから、著者らは現場で生のデータを集めることに相当な力を割いた。場合によっては自分たちで統計をとって、それをもとに意思決定をしていっている。

■また、著者は技術進歩が安易にこれまでのやり方を否定することに対しても警鐘をならしている。著者があげている一例は、農村において囲炉裏が無くなり、かまどに取って代わっていったことだ。確かに囲炉裏よりもかまどで火を炊いて食事をつくったほうが石炭代は安上がりになる。しかし、佐久のような寒い地方で囲炉裏を無くしてしまうと、それは部屋の気温を大きく下げることにつながり、冷えに基づいた様々な体調不良を誘発する要因になった。
 これは途上国でもよくあることで、例えば東南アジアだと高床式の木組みの家は風通しもよく虫やネズミなども避けることができてとても理に叶っている。これをレンガに置き換えて作ってしまうと、レンガは蓄熱性が高いので、日中に溜め込んだ熱を夜に放出して夜がとても寝苦しくなる。昔ながらのものには多くの場合人々の生活の知恵が含まれていて、それを安易に取り替えると思わぬしっぺ返しがやってくる。


本書が示唆していることを一言でいえば、「専門知識や技術を持った人間が、虚心坦懐に現場の声に耳を傾けた結果得られる洞察が、課題解決の起点になる」という当たり前のことだ。

この本を読み終えたところで、今の仕事を通じてプライマリー・ヘルスケアの分野に関わるためには今の自分じゃどうしようもないなという事を確信するようになった。医療関係者と一緒にやるか、少なくとも途上国の人々の主要な医療問題について深い知識を持っていないと、自己満足な課題解決ごっこにしかならないのだろうな。勉強しよう。


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