生命保険入門

生命保険入門(新版)、出口治明

今年4冊目。僕にとっては、新書よりもこちらのほうが遥かに望んでいた内容だった。多国との比較、歴史的背景を交えながら、現在と将来の日本の生命保険の仕組みや組織構造が書かれている。歴史的背景に触れながら展開される重厚な論考は著者ならでは。僕が現在途上国で働きながら何をするべきか・考えるべきかについて明確な指針を与えてくれた。

数理的な話を抜きにして、ビジネスとしての生命保険を知るためには、この本を一冊読めばだいぶ感覚がつかめるのではないか。出口さんが「遺書として書いた」というのも頷ける。一つ事に取り組んできた人間がその専門分野について書いた本には、何度も繰り返し読む価値がある。

以下メモ書き。

1.なぜ日本は生保大国になったのか
伸び悩んでいるとはいえ、日本は世界有数の生命保険大国だ。2012年時点において、日本の世界経済におけるGDPシェアは4%強であるのに対し、世界全体で支払われている生命保険料の2割は日本人によるものだ。戦時、軍事設備投資の資金源となっていたために、GHQ下で完全に一度無くなった生命保険が、どうしてこの半世紀で成長してきたのかについて、著者は7つの理由を挙げている:

1)マクロレベルの話:①高度経済成長、②人口増加と平均寿命の伸びにより、保険業界が予定していたよりも支払い保険金が下がった(専門用語でいえば死差益が生じた)、③保険料支払額が税控除・保険金が相続税控除になるという税優遇措置

2)日本固有の社会的要因:①女性の社会進出が非常に遅かったため、「大黒柱である父の死亡リスク」が高く、生命保険へのニーズが高かった、②国民の高い貯蓄性向と、それにあった保険商品の存在(保険金と満期受け取り金が同じになる養老保険など)

3)生命保険会社固有の要因:①一社専属の強力なセールスチャネルの存在(いわゆる生保レディ)、②公的生保会社であるかんぽとの競争(それによって、顧客によりよいサービスが提供)

すなわち、マクロレベル的にも、国民性(それが良いかどうかはさておき)的にも、業界の状況的にも生保に追い風が吹き続けたわけだ。ただ、上記要因だけであれば業界は低成長期に入っただけになるはずなのに、低迷期(著者曰く)になっている要因は、バブル期に強力な販売チャネルを通じて過剰に販売し続けてきた生命保険が調整されてきていることにあると著者は喝破する。生命保険ストックの調整は、不動産や株・融資とは違いゆっくりやってくるものなのか。

そのバブル期の過剰販売となったのは生保の営業体制。改めて本書を読んで驚いた。営業職員の数は内勤職員の3倍、99%が女性、平均年齢45歳。そういえば、子どものとき「ニッセイレディー、友子さん」て歌がよくCMで流れてたな。回転率が非常に高く、3年もあれば営業職員がほぼ入れ替わる。そういう短期で人が働くことの問題点は、お客さんの長期的な利益にたって商品を販売するインセンティブを与えるのが難しいこと(これは多くの途上国金融機関が直面している問題でもある。途上国ではそもそもターンオーバーが高いため)。生命保険は早期解約されるとなかなか儲からない仕組みなのだが、無理な販売をすると早期解約が頻出する。

また、上記の要因が正しいとすると、全ての途上国において生命保険が爆発的に伸びるとは言えないのかもしれない。途上国の経済成長は人口微増(経済成長とともに出生率が下がる)とともに訪れることも多いだろうし、途上国で日本と同じような社会的・業界的状況が訪れるかも不明だからだ。とはいえ、いくつかの商品のニーズ(特に養老保険)は明確にあると個人的には感じたので、それは追いかけていきたいと思った。


2.相互会社という組織形態
日本の生命保険会社は、契約料シェアでは60%が相互会社。純資産は保険の基金拠出者からのお金になっている。意思決定は株主ではなく基金拠出者らの総代会。

この組織構造の問題点は、(1)相互会社はエクイティでの追加調達がやりにくいことに加え(SPCをかませて実施することは可能)、(2)ガバナンスが機能しにくいという点にある。著者によると(2)が決定的な問題点であり、もはや数百万人単位で存在している保険加入者の総意を反映した意思決定は難しく、総代会への参加者である総代たちは経営陣が選出可能であるためお手盛りのガバナンスになりやすい。解決策としては、委員会設置会社になること、株式会社への移行などがある。

なお、相互会社が多い理由が興味深かった。戦前の日本の生命保険は、ほとんどが株式会社形態をとっており、戦争への長期資金提供者としての役割を果たした。それが取り潰しになり、また再出発させようと考えた経営陣が「GHQには民主主義的な匂いがする相互会社のほうが受けるだろう」と考えたことが理由らしい。

本当だとすると笑ってしまうような話だが、一方で、この創業者たちは自分たちのキャピタルゲインなどを全く気にせず、ただただ保険を作りたいと思っていたんだなあと思うと、敬意を抱く。


3.機関投資家としての生保
生命保険会社は長期にわたって顧客から保険料をもらい続け、それを運用してお客さんに保険金や満期金を払うことになる。生保資金の8割は積立された保険料。結果として、巨大な金額の長期運用をする機関投資家になる。

そのため、一時期までは生保は長期貸付中心の運用を行ってきた(今は低金利なので減っていいるが、国債金利10%の途上国ならまだこの運用方針を基本とできそうな気がする)。途中からは、インフレヘッジのために株や不動産への投資をはじめるとともに、企業年金顧客のニーズにあわせるために投資顧問会社を設立するようにもなっていった。

生命保険会社が直面している運用上の大問題は、低金利下でも予定利回り(引き下げられてはきているものの、かんぽとの競争があり高く設定されてきた)通りの運用成績をあげるためには、ある程度リスクをとって運用をしなければいけない一方で、純資産のバッファが小さいために大きなリスクをとれないというジレンマにあることと著者は指摘する。株式会社化→上場して資金調達、というニーズは大いにありそうに思える。


4.生命保険と政府の役割
政府によるセーフティネットが極端に弱い途上国でこそ、生命保険のニーズがあると僕は思う。僕が仕事をしている国でどうやって生命保険を大きくしていくかという視点から本書を読んでいると、当然のように政府が法・制度整備をしなければいけないという問題が浮き彫りになってくる。

まずは法体系。生命保険契約法、保険業法、その他消費者保護の法律など、悪徳業者が出てこないためにも基本的な法整備がされていないといけない。更に、先にも述べたような税優遇による生保拡大インセンティブをもたらすためには、そもそも税制がきちんと存在していないといけない(途上国では、法人税のほとんどは一部企業、所得税のほとんどを一部の富裕層が支払っていることが多い)。

次に生命保険会社破綻時の政府による一部救済。今は金融機関にさえ救済介入ができないことがほとんどなので、これは相当に遠い将来になる気がする。なお、日本でさえも、政府救済は責任準備金の90%までとなっており、債務超過額が例えば責任準備金の2倍だった場合には、その債務超過総額の半分以上は保険加入者が負担することになっている。(これは厳しすぎるのではないかと著者は指摘している)


その他、いくつかなるほどと思ったことをメモ。

・生命保険は原理的にはシンプルなもの。死亡保障(生命保険)、老後保障(年金)、医療保障(医療保険)が基本。シンプルな単体商品を作って、顧客が自分のニーズに合わせて保険を組み合わせられるのがベストとのこと。一方で、僕の仕事している国での顧客リテラシーはそんなに高くないので、一本化された単純な商品が良い気がする。

・理屈では年齢に応じて保険料は高くなりがち。そうすると、高齢者が保険に入らなくなってしまうため、平準保険料という仕組みを作った。

・生命保険の損益の構成は、死差(期待死亡率と実際値との差から生じる)、利差(予定利回りと実際の利回りの差)、費差(予定営業費用と実際費用の差)から生じる。言い換えれば、人口動態、長期的な運用環境と運用努力、そして営業コスト削減上の努力の3つでパフォーマンスが決まるということ。


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