走ることについて。7

川の道フットレース その3

物事がうまくいっているときに立派な素振りをするのは誰でもできる。誰だって王者の間は王者のように振る舞うことができるのと同じだ。

見るべきは、台座から転げ落ちたときにその人がどう振る舞うのか。その時にも変わらず振る舞い続けられるのか、そうでないのか。ナポレオンは流刑地に送られた時でさえ王者の誇りを失わなかったというけれど、常人にそうすることがいかに難しいことか。

川の道フットレースでリタイアした時、自分が常人だということを痛感した。ついつい、批判がましくなったり、何かに八つ当たりしたくなってしまうのだ。そのことについて書いておきたい。

川の道フットレースリタイアした次の日に一番強く感じたことは、本当に苦しい状況にある人に対して、どういう言葉をかけるべきなのか、という点についてだった。

このときに一番力が出る言葉は、「信じているよ」、「きっとできるよ」、という類のものなのだと僕は結論づけた。185km地点、標高1740mの山道を登り始めて15kmが経った頃のこと。熱のせいか走り疲れのせいか、体中が痛いし、とにかく寒い(氷点下近く)中で、本当に苦しかった。ここから飛び降りたら楽だろうなあ、と遠く下にある崖の下を見ながら思いもした。

そんなとき、大会主催者の方々が、山道を車で通りすぎていった。一旦車をとめて、ある人がこう言った。

「バッチリだね。じゃ、先行ってるよ。小諸(75km先)で待ってるからね」

この信頼の込められた言葉から、僕はどんなに元気をもらうことが出来ただろう。人が限界を乗り越えていくためには精神と心の力が必要で、周囲の人がそれに力を与えるためにできることは、信頼を示すことなのではないだろうか。

疲労困憊してボロボロになりながらも挑戦を続けようとしている人に対して、「大丈夫、まだやれる」と言うのは、簡単でない。同じようなレベルの苦境を経験したことがあり、かつその上で、自分の発言に伴うリスク(本当に無理をしてその人が死んでしまうことも含め)を引き受けられる人のみが、こういう言葉を放つことができる。

「修羅の門」という漫画に印象的なシーンがある。格闘家である主人公が強いボクサーと戦っていて死にそうになるくらいに追い込まれる。周囲が止めたがるなか、ヒロインの女の子だけが泣きながら「誰が止めても私は止めない」と言う。それを見て、彼女の母親が「あんた、修羅の花嫁になれるわ」と話す。良し悪しはあるけど、作者が取材を重ねた上で描いたこのシーンの意味を、僕はより深く理解できた気がした。

また、今回のレース直後、Twitterを見たのか僕に電話をして「あんた、人様に迷惑かけてんじゃないわよ」と言ってくれたのは僕の母。もともと中村日出夫という伝説の空手家の愛弟子であり、数多くの修羅場をくぐってきて、人間の身体の限界が分かっている母だからこそ言える台詞だと思う。

でも、このようなことをブログに書いたことで、僕は多くの人を悲しませてしまった。

それはそのはず、僕が走っている間、「ムリしないで」、「くれぐれも健康で」と言ってくれた人たちはとても多かったからだ。その人たちにとっては、僕の発言は、間接的に「あなたの応援からはあまり元気を頂けませんでした」と言っていることと同じだったわけだ。

なんでこんなことになったのか。当時の自分の精神状態を白状しよう。心の中では、こんな独白が続いていた。

「なんで、そんなことしか言ってくれないのか。本当にきつい時に、「無理しないで」とか言われると、力が抜けてしまう。そもそも、僕みたいにもともとウルトラマラソンに向いていない体格の人間が走り切ろうとしたら無理するしかないじゃないか。なんで、そこで「無理しないで」じゃなくて、「あなたならきっとできる」と言ってくれないのだろう。「無理しないで」と言われ続けたら心にブレーキがかかってしまう。ブレーキをかけたら僕は走りきれなくなるかもしれない。

完走をしてほしくないのか。完走よりも僕の無事が大切なのか。確かに命あっての物種だろう。さらに、走ることは僕の本業ではないし、そんなところで死んだり身体をずっと悪くしてしまったりしたら元も子もないということもあるだろう。だけど、僕にとっては一度決めたことを途中で諦めるというのは、死んでもやりたくないことだということを理解してくれないのか。走ることは僕の心にとっては本当に大切なことだし、決してお遊びでやっているわけではないのに。頼むから、無理するなと言わないでほしい」

こんなことを考えていたから、半ば「ムリしないで」と言ってくれた人びとへの当てつけとして、「信じているよ」と応援してくれることの有難さを僕は公開の場で書いてしまった。

それでも敢えて誤解を恐れずにいうと、応援に関しては、自分の言葉の持つリスクも全て背負った上で寄り添おうとする応援に勝るものは無いと僕は思っている。そういう応援を出来る人は多くはないだろうけれど。

しかし、「無理しないで」であっても何はともあれ応援をしてくれている人がいることに対する感謝の気持は、一体どこに行ったのだろう。その人達に対して批判がましくする権利なんて、僕には一切ないはずだった。

さらに、そもそも論に戻ると、走っている途中に相手をハラハラさせている時点で、挑戦者失格なのだ。もし心配させたくなかったら、Twitterで体調がきついとかわざわざ中継せずに、倒れこむ直前まで平気のふりをしていればいいだけのことだ。周りの人びとの発していたメッセージは、基本的には僕が吐いていた弱音の鏡だった。

そう、今回のようなケースに直面した原因は、全面的に僕の弱さにある。それを見つめるところから始めないといけない。

仲の良い友人は皆知っているけれど、僕の負けず嫌いは常軌を逸しているレベルだ。ウルトラマラソンに関していえば、他人と比べてどうというわけではなく、自分に対して負けたという悔しさを乗り越えるのに随分と時間がかかった。

レース後の一週間は毎日走っている夢をみた。際限なく走り続けているのにゴールに辿りつけない夢。1週間を過ぎても、3日に2日は同じ夢を見る。それが2日に1日となり、3日に1日となり、1ヶ月を過ぎた頃にようやく夢を見なくなった。

夢を見続けることは、僕に今回のレースの振り返りをきちんとする動機を与えてくれた。うまくいかなかった理由を言語化できなかったら、多分このリタイアの無念はうまく昇華してくれそうになかったからだ。うまくいかなかった理由を、自分なりに考え続けた。

物事がうまくいかない理由はだいたい準備不足、戦略上の誤り、戦術上の誤りといったものに分けられる。


レース前のコンディショニング

・ 月間走行距離の測定をしていなかった。タイムと距離とダルさ度合いから調子の波も分かるので、測定をするべき。仕事と同じで、KPI管理は基本というのが分かっているくせに、プライベートになるとできていない。仕事とプライベートに二面性があるのは個人的には良くないことだと思っている(そこに二面性があるということは、どこかに首尾一貫していないことがあるとうこと)ので直したい

・ 起床時間を早めに設定しておいたのは正しい判断。走っている時に一番気持ちが前向きになるのは明け方で、夕方から夜にかけて一番気持ちは落ち込んでいく。だから、走る時間を4時~22時と予定していたのは正しかったと思う

・ 520kmという距離に対する不安を拭うような練習をしていなかった。520kmとはいえ、毎日85km強を6日に分けて走るレースなのだから、連続でそれくらいの距離を走ってみるなどの練習を一度はしてみて、距離感を身体に覚えさせておくべきだった。お盆には栃木の親戚の家まで走って行って、帰りも走って帰ろうと思う

・ 疲労を完全に取れなかった。鍼師さんにもそんな感じのことを言われていた。大会の4週間前には普段以上のトレーニングは止めるべき。あと、寝不足の中のレースになるので、7時間半睡眠を死守したかった

・ 基本的な走力の不足。体調不良やコンディションなども基本的な走力がさらに高ければはねのけられたはず。練習時間の工面の仕方をうまく考えて、走力をよりつけるための練習をしていきたい。特にフォーム改善は必須

・ 体幹の筋肉と柔軟性の不足。最近ようやく体幹の筋トレを始めたものの、後半では腹筋と背筋の両方も痛くなっていた。レースを通して走りきれるくらいの体幹筋トレをするとともに、故障しにくい柔軟性を高めていきたい


戦略としてはタイムマネジメントが最大の失敗。コースの情報収集にも課題

・ スケジュール上のバッファーが3時間では足りなかった。経験していないレースでは不測の事態がかなり生じるのだから、もっと余裕を持たせた(締切から6時間くらい前)タイム設計をしておけば、吐き気や下痢が起こったときも焦らずに済んだ。時間をギリギリに設定するのはいつもの悪い癖

・ 全体的に休み時間が長すぎで、30分に1度行なっていたストレッチは1時間に一度でよいと思う。あと、歩きは10分に1分くらいは混ぜておいてよかった。歩きと走りでは使う筋肉が違うので、交互にうまく組み合わせることで、疲労を軽減できるし、止まらないので、意外とタイムに悪影響を与えない

・ タイムマネジメントが遠因で色々な細かい判断ミスが生じた。例えば、嘔吐が始まったとき、早めに休息を始めていたらダメージは少なかったが、自分が後方にいるという自覚があったのでそうできなかった。また、最後に肉離れが発生した区間を含む一部の区間でペースを上げすぎたのも、二日目から一人最後尾を走り続けていたことが遠因。急ぎすぎる必要はないが、集団の真ん中くらいにはつけておいた方が良いのだと思う

・ コースの勉強をもう少ししておくべきだった。想像のつかない道を走り続けるのは予想以上に疲れる。Google Earthで道を見るだけでも状況は違っていたと思う


経験不足もあり、戦術上のミスが目立った

・ 着たことのない服を本番で着ない。あのゴムのキツい短パンは本当に失敗だった。短パンだからと高をくくっていたのが間違い。今後は徹底する

・ 今までずっとゲルカヤノを履いてきたのだけど、後半で足が腫れてくると普段はゆるいこの靴でもパンパンになる。ブカブカで違和感すら感じたアシックスのサロマレーサー(ウルトラマラソン用のシューズ)を一度履いてみる

・ 足首とアキレス腱のテーピングははじめから徹底的に。ただしテーピングはキネシオで。固定のテーピングは足の可動範囲を狭めてフォームに違和感が出るので他の場所に悪影響。最終日はキネシオのみでガチガチにしてみたのだけれど、悪くなかった

・ アイシングではメンソール系のスプレーは使わないこと。これを使っていると、身体に染みこんでいって、後半には少し休んだだけでスプレーを噴きかけた場所が冷えて固まってしまい、寒い道を走るときには特に難儀した

・ 防寒対策を完璧に。三国峠は予想以上に寒かった。上着だけでなく、ウィンドブレーカーを下にも準備しておく必要があった。お腹が冷えてさらに下痢になったので、ホッカイロ系も持っておくと良かったと思う。

・ かなり活躍してくれたと思うのはアミノ酸の飲み物。これのお陰で筋肉の崩壊が防げていたと思う。あと、下痢止め、痛み止め、胃腸薬は必需品ということを再確認

反省を踏まえて、普段のランニングの記録をiPhoneアプリでつけるようになった。Runtasticというアプリで、走った距離、ペース、高低差なども全て記録してくれるアプリだ。それとともに、体幹トレーニングに今まで以上に時間を割くようになった。いつか、必ず借りは返そう。

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