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Dancer - Sergei Polunin

ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣(映画)

間違いなく今年観た映画の中で最も記憶に残る一作となった。僕はそもそもこういうドキュメンタリー映画が好きということもあるのだけど、それでも本作は素晴らしい。映画館に行けないかもしれない人はこの動画だけでも見てほしい。


映画のテーマはこの時代で最高のバレエダンサーとされるセルゲイ・ポルーニンのこれまでの生涯(といっても彼はまだ27歳)。彼のダンスが図抜けていることは青年時代の練習風景を見るだけで分かる。ポルーニンの美しい肉体と踊りを見ているだけで、時間が過ぎるのを忘れてしまう。

ウクライナ南部の町で生まれた彼に最高のバレエ教育を施すために、彼の家族はそれぞれ離れ離れに出稼ぎをして学費を捻出する。その思いを背負ったポルーニンは、バレエで身を立てて家族を一つにすることを望んでいた。それなのに、理想を実現する前に両親は離婚し家族はバラバラになってしまう。

若い時に心のどこかで一度心の痛手を負った人、どうしようもない不条理を経験した人には、精神的な自傷癖と狂気が棲みつくことがある。彼にはそれがあるんだと思う。全ての人が望むようなものを手に入れても、彼は自分の心の空白を埋めることができない。手に入れた地位や周囲の賞賛には安住できず、さまよい、自分を傷つけながらもがき続け、自らが作り出した汚濁と苦痛の中で、光を追い求め続ける。人によって好みが別れるかもしれないけれど、悪魔と天使の依り代である人間の一つの美しさは、暗闇を心に抱く人が夢見る光にあるのだと思う。この苦悩の中で必死に生き続けることで、いつか彼は安住の場所を見出すことができるようになるのだろうか。

壊れてしまった美しい人の狂気を、この映画はこれでもかと見せつける。これだけのカリスマ性のある人物の狂気の迫力は言葉だけでは形容しがたい。壊れた心をだましだまし封印して、安定して満ち足りた生活を送っている人が、この映画を見ることによってまた目覚めてしまうかもしれない。そういう意味で、これはとても危険な映画なんだと思う。


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