走ることについて。6

川の道フットレース その2

川の道フットレースの集合地点は新木場駅。レースがレースだけに、歴戦のランナーたちが集まっている集合場所には不思議な空気が流れていた。

9時に出走開始。夢の島を抜けて、荒川に行き、そこからはひたすらに荒川沿いを川上に走り続ける。

なだらかな荒川沿いのサイクリングロードをまっすぐ進む。休み時間を取り過ぎたか、平均時速7kmで第1チェックポイントである埼玉県戸田市彩湖畔(35.7㎞地点)まで到着。ここまでは(誰だってそうだが)一番順調な区間といえる。LIPのメンバーも今回は付き添いで応援をしてくれていた。

そこから第2チェックポイントであるさいたま市の新上江橋東側(49.6㎞地点)まで走る。なお、このチェックポイント全てがエイドステーションという訳ではない。時には誰もいない、目印すらない場所にチェックポイントがあって、ランナー達はそこに着いた時点で自分のチェックポイント通過タイムを記録する。タイムは、最終タイム以外は全て自己申告制ということになる。

走っていても、やけに気持ちが悪い。第1チェックポイントで食べたものがなかなか消化されていない。何かおかしいなあと思いながら、それでもエネルギー切れにならないように食べ続ける。

食べ物が消化されない理由については、単に胃腸の調子が悪い程度に考えていたのだけれど、後になってその理由が分かってきた。それは、新しく買ったばかりの短パンのゴムがとてもきつかったことと、ナップザックを腹の辺りできつく締めていたこと。お腹周りをキツく締められていたので、消化したものが腸に流れていくのを押さえていたようだ。それなら合点がいく。

食べものが消化されないために腹が重い。食べたものがそのまま胃に留まり続けている感じのために、フォームが崩れてきて、腹筋と背筋にかなり負担がいく。排気ガスのせいか、喉も痛くなってきた。

この期間、本業では結構重たい銀行交渉をずっと行なっていた。当然僕が走っていることは銀行の交渉相手の方々には伝えていない。皆がGW返上で仕事をしているのに、一人だけ好きで川を走っていますなんて、怖くて言えなかった。だから、走っている僕の携帯には何度も交渉相手である銀行の担当者さんから、提出した資料の内容確認だったり、借入のスキームの質問だったり、条件についての意見だったりについての電話がくる。遅いペースとはいえ、走りながら電話で話しているので、僕が変質者のようにハアハア言っている声が相手に聞こえていなかったらいいが。

第3チェックポイントである埼玉県吉見町桜堤公園入口(65.6km地点)に着く頃には、かなり体調が悪くなってきた。

ここで耐え切れなくなり、食べたものを吐いた。そうしたら随分と楽にはなったものの、飲んだものすら腸まで流れていかない感覚は変わらない。何を飲んでも脱水症状っぽくなり、走るペースがどんどん悪くなる。水分不足のせいか、喉もいたい。

第4チェックポイントの埼玉県鴻巣市大芦橋南西側(74.5㎞)に着いた頃には日が沈んでいた。ついに気持ち悪さが耐え切れないレベルになっていた。飲んでも吐いてしまうので、水分が補給できなくてきつい。フォームの崩れと、生来の足首の弱さから足が早速に痛くなってきた。まだ7分の1しか走っていないので、こんなので大丈夫なのか、不安になる。

ここはいったん休もうと決め、足をアイシングし、胃薬を飲み、応援来てくれていたLIPメンバーの車で60分間眠らせてもらう。目が覚めたら暖かいミロを飲み、少しボーっとする。

この休憩のお蔭か、体調がとても良くなった。ご飯を食べてもきちんと消化してくれるし、飲み物も吸収できる。始まって以来、一番快調に走ることができ、第5チェックポイントである埼玉県熊谷市警察署前交差点(86.7㎞地点)に到着する。

ここで仮眠を取ることにする。すぐそこにあったCocosに入り、ステーキ300gを食べる。毎週連載している日経BPオンラインの原稿が終わっていなかったので、それをちょこちょこと書く。仕事のメールのうち、特に重要そうなものだけを見る。レストランを2時に出て、2時20分には就寝した。寝る場所は、LIPメンバーの車のトランクの中。

翌日は4時半に起床。起床理由は猛烈に腹が痛くなったことで、トイレに駆け込む。ステーキという消化に悪いものを食べたせいか、その前の嘔吐連続のせいか、ものすごい下痢だった。慢性的に脱水症状があるせいか喉もいたく熱っぽい。

ただ、明け方なので気分は前向き。テーピングをして最後尾から出発する。

走るペースそのものは悪くなく、淡々と走ることができたものの、下痢のせいですぐにトイレに駆け込むために時速に換算すると5.5km/時くらいになってしまう。水分補給もしにくく、カロリーの高い食べものも喉を通らないので、全体的にエネルギー不足の感じが否めないまま、第6チェックポイントである埼玉県寄居町の波久礼駅前(108.5㎞ 地点)まで到着する。ここから、秩父に入る坂道が続く。

時間が無いことに少し焦りはじめ、下り坂で飛ばしてしまう。これによって、やっと他の人に追いつくことができたが、足が随分と重いダメージが残った。これくらいの頃には、30分毎にストレッチしても足に確実に痛みが残るようになってしまったところで、第7チェックポイントである埼玉県秩父市上野町交差点(129.8㎞)に到着する。

ここから、長野県に入るまでは基本的にずっと上り坂になる。延々と続く坂道はなかなか疲れた。また、これくらいのタイミングから登り坂では腹筋が痛くなる。重力に逆らって身体を真っ直ぐに立てているから体幹の筋肉が痛くなるのは理解しやすいが、不思議なのは上り坂で腹筋が痛くなること。普通痛くなるのは背筋なのに。下痢のせいか、昨日の腹痛のせいか。とにかく、体調が全体としておかしい。そうするうちに、第8チェックポイントである埼玉県秩父市中津川方面分岐点(159.0㎞)に到着する。何もない、川沿いの分岐路。あたりはもう暗くなりはじめていた。

今回のレースでは、色んなことが思うようにいかない。最初の消化不良から始まって、その処置を間違えたために他の場所も複合的に悪くなるという状況が続いている。

足首はもう本当に痛い。いつもこんなに足が痛くなるということは、そもそも足首が強くないのだろうか。僕はプールで泳いでいても、3kmくらい泳ぐと足首がいたくなってくる。それに、僕の体型はどう考えてもマラソン仕様になっていない。どちらかというと格闘技向きの身体つきをしているので、走ることによる足への負担はとても大きいのだろう。でも自分の身体だからしょうがない。どんな状況においても、持っているカードでどこまで行けるか考えるしかない。

どうやったら立て直せるのかを必死に考える。

何にせよ、時間が足りないことは事実だとしても、自暴自棄になってはいけない。次の日以降も走り続けられることを目的にして、足に残るダメージが最小になるように、歩きと走りを組み合わせて走ることに決める。時速はだいたい5.5km/時くらいの遅さ。早歩きとほとんど変わらない。

第9チェックポイントである埼玉県秩父市中津川「こまどり荘」(170.2㎞)についたのは8時50分のこと。時間切れギリギリだった。このレース始まって初めての宿泊施設。とにかく体調を回復させようと、食べられるだけご飯を食べて、お風呂に入って、10時半には早々に眠る。

疲れが溜まっていたのか、丸々6時間寝坊して、起きたら4時30すぎ。驚いて起きて、テーピングをして、制限時間である5時ギリギリに宿を出る。

ここからは、20km続く長い長い山道。道も舗装されておらず、常に足元には木の根や石が転がっている。走ると足をくじきそうになるので、基本的に歩き、少しでも走れそうな足場に出くわしたら走ることを繰り返す。

途中から腰の筋肉が尋常でなく痛んできた。前傾姿勢をとり過ぎというのもあるが、全体的には疲れの蓄積によるものが大きいと思う。あと、体幹トレーニングも十分ではなかった。途中で耐え切れないほどに腰がつらくなったので、キネシオテープを取り出し、腰に貼る。テーピングを一人で腰にするのはなかなか難しかった

上に登るほどに寒さがエスカレートしていて、ストレッチで一休みする度に身体が冷え込んで動かなくなる。5月だというのに雪まで残っていた。

やっとの思いで、第10チェックポイントの埼玉・長野県境 中津川林道三国峠(188.5㎞地点)に到着。ようやくに山を登りきった。寒くてとにかく意識が朦朧とするところに、LIPメンバーである酒井の車が待っていてくれていた。本当にありがたい。暖かい車の中で、カップラーメンを食べて出発。

ここからはずっと下り坂。信濃川(長野県では千曲川とよばれる)をつたって、新潟まで走っていくことになる。

下り坂も多く、気をつけて走っていたものの右の膝からふくらはぎの上のあたりがやけに痛くなり、キネシオテープを貼る。少しずつ痛みはエスカレートしていって腫れていき、屈伸と膝のばしが出来なくなるくらいにまで痛くなってきた。寒さはまだ厳しい。

また下痢も再発し、トイレを見たら駆け込むという状態が続くうちに、第11チェックポイントである長野県南牧村市場交差点(218.2㎞地点)に到着。

トイレに駆け込むたびに時間が削られ、焦りがどんどん大きくなっていった。

そして、とどめは、なだらかな坂道が続く道路でやってきた。小諸まで残り20kmというところで、焦っていた僕は坂道に任せてスピードを上げて走っていた。ちょっとした段差を通ったとき、ついに右足のふくらはぎがおかしくなった。走っていて身体が温まっている状態でこの痛みは明らかにおかしい。自己診断ではあるものの、軽い肉離れを起こしているようだ(後で見てみたら実際そうだった)。ずっと続く寒気もエスカレートしていた。

240km地点で、LIPメンバーの後部座席で休憩し、熱を測ったら38.5度あった。これと、ふくらはぎの軽度の肉離れと、下痢と、かなりの三重苦。少し眠って熱が下がるか試してみたが、全く下がる気配もなかった。

これで残り280kmは無理だし、そもそも、もう足切り地点である小諸グランドキャッスルホテルまで時間内にたどり着く見込みもなくなってしまった。

僕は、人生初のリタイアをした。

ここから先は

33字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?