「新しい社会的養育ビジョン」について

最近社会的養護関係者らに何かと注目を集めているこのレポート、もともと存在していた「社会的養護の課題と全体像」を葬るかたちで登場した。そのあたりの大人の事情は僕にはよく分からないのだけど、このレポート(座長だった奥山先生の名にちなんで「奥山レポート」と呼ぼう)についての個人的な感想を述べたい。

 

この奥山レポートで僕が一番気にしていたのは一時保護がどうなるかだった。「ルポ児童相談所」でも書いたように、一部の児相における一時保護は社会的養護全体における最大の人権侵害となっている。その人権侵害は、子どものプライバシーを盾に隠され続けてきた。

その一時保護改革と児相に対する第三者評価機関の設置は僕がずっと個人プロジェクトで取り組んできたことだった。今回の委員会では一時保護だけで2回まるまる検討がされたし、奥山レポートは前代未聞の分量で一時保護について言及している。ついにブラックボックスとしてほとんど触れられてこなかった一時保護にも陽が当たることになったので、ここまでくれば、問題は解決に向かうんだと思う。問題が世間の注目を集めるようになってから主役になってくれる人は多いから。もちろん、僕にもできることはするつもりだけど、今は民間セクター世界銀行づくりで結構忙しいのだ。

それにしても、このレポートを見て肩の荷が下りた気がした。

僕は人から悲しい物語を聞かないといけないときには、その話を自分の胸に深くしまいこむ。そして、嫌なことを思い出して話すだけの苦労をかけたぶん、社会の仕組みを変えようと努力する。それを目指さないのなら、聞き取りなんかしないほうが良いと思っている。

一時保護については全国を回って色んな人の話を聞いて、「ルポ児童相談所」にまとめたあとにアドボカシーをした。座長の奥山先生や福岡の藤林さんらがこの問題にかなり関心を持っていらしたこともあって、検討がかなり進められた。これで、苦しい思いをしながら協力してくれた人たちや、住み込みをさせてもらった一時保護所で出会った子どもたちに顔を向けることができる。

 

他にこのレポートの目玉といえば、改めて社会的養護において家庭養護を原則とする方針を固めたことだ。特に小さい子どもたちについては75%以上を里親家庭で預かることができるようにするとのこと。施設の役割は(すでに一部の施設はそうしているのだけど)、比較的年齢が高い子どもや難しい問題の多い子どもの養育の他に、地域の社会的養護従事者らへの支援機能に変わっていく。児相の一部機能を施設が担っていくわけだ。

一部の実務家がこれを聞いたら「無茶言うな」という声が上がってくるんだと思う。施設職員に殺された子どもはいないけど、里親に殺された子どもは発生し続けている。里親が悪人である訳ではなく、閉じこもった家のなかで難しい子どもと接しながら、追い詰められていく里親を支援する仕組みが足りていないからだ。そして、こういった支援の仕組みは、里親数を拡大させていけば自然についてくる類のものではなく、誰かが作らないといけない。

ただし、このレポートで掲げているのはビジョンだ。ビジョンというのは、現実的に難しい色んな問題をある程度無視して、「行くべきところはここだよね」という世の中のあり方を示すことだ。方向性について総論で賛成するのであれば、それをどうやって実現するかはこれからみんなで考えるべきことなんだと思う。

例えば、「全ての人に基本的人権の保障を」と言ったら大抵の人は同意してくれるだろう。仮に実際の世の中がそうなっていなくて、全ての人に基本的人権が保障される世の中づくりは夢物語だとしても。ビジョンというのはそういうものだ。理想を掲げるからこそ、現実は理想に近づいていく。

 

ちなみに、このビジョンによって施設の子ども支援の意味がなくなるのかといえばそうではなくて、Living in Peace(LIP)はこれからも施設にいる子どもたちの支援続けていくんだと思う。僕は勝手里親もしたことがあるし、施設にもよく泊まるのだけど、その経験も踏まえて確信しているのは、里親や施設のどっちが善でどっちが悪かみたいな二分論には全く意味がないということだ。残念ながらこの二分論は大流行しているのだけど、「あれかこれか」は思考能力の欠如だということは声を大にして言っておきたい。里親と施設それぞれに長所と短所があり、子どもにとってベストな選択がどちらになるのかは、子どもたちが置かれている状況によって異なる。当たり前のことだ。どちらの選択肢をとった子どももハッピーになれるような状態をつくるべきだ。

LIPで里親支援もできたらいいなとは思うんだけど、残念ながらLIPは比較的若い人々で構成されているため、組織として里親の支援をするくらいの人生経験がない。人や組織は得意なことを通じて社会に貢献すべきという考えに立つと、施設にいる子どもや、社会的養護出身の若者たちを支援し続けるんだと思う。今の流れは、施設に行くことになった子どもたちがより後ろ指をさされかねないものになっていて、そうならないように、ちゃんとした人々がいる施設が残り続けるためのお手伝いができたらいいと思っている。

そういった既存の事業をしつつ、次の活動は何なんだろうとぼんやりと考えている。まだまだ、日本にはほとんど人に知られていない構造的な痛みがあって、いくつは見えているのだけど、僕は頭が良いわけではないので、解を見出すのに結構時間がかかるのだ。

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