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小説『オスカルな女たち』18

第 5 章 『 警 告 』・・・2


   《 守秘義務 》


午前中最後の患者の診察が終わり、真実(まこと)はパソコンの画面に誤りがないか入念にチェックしていた。
「あ、楓ちゃん。最後の患者さん、ケーゲル体操の冊子渡してあげて」
振り返り急ぐよう視線で促す。
「はい」
診察ベッドのタオルを掛け直した楓が、患者からは見えない診察室奥にあるドアから受付に伝えに行く。
〈ケーゲル体操〉または骨盤低筋体操とは、骨盤内の臓器を支える筋力の緩みによって尿漏れや便の排泄のトラブルを防ぐため、骨盤の底にある筋力を締めたり緩めたりしながら行う運動のことである。特に女性は妊娠・出産によって影響を受けやすく、年齢に関係なく悩んでいる患者さんは少なくない。真実の医院では定期的に、講師を呼んで無料講座を開いている。
「間に合った?」
奥から顔を出す楓に声を掛ける。
「はい。今ちょうどお会計でした」
「講座の話はしたけど、来るかわかんないからさ」
「若い方は、なかなか出掛けてきませんからねぇ」
無料講座とはいえ内容が「尿漏れ」や「排泄トラブル」だけに、プライドが邪魔して講座の利用に積極的になれない者もいる。そういう患者のための冊子だった。
「まぁ、気持ちも解らなくはない」
顔見知りが集まるわけではないとはいえ、やはり気になってしまうのが女心だ。女はいくつになっても「女」なのだ。
「産婦人科は妊婦ばかりじゃないからな…」
「女は、いろいろと悩みがつきませんね…」
楓は意味深な様子で、
「駐車場の奥のおうちも…。仲悪いんでしょうかね…?」
つぶやくようにして天井を仰いだ。
「昨夜もやっぱり、上と下の電気がついてました…」
「楓ちゃん…」
また?…そう、たしなめるようにして首をかしげる真実。
「なにかあってからでは…」
「解ってます、解ってます、…でもぉ」
カルテで顔を隠しながら、おずおずと真実の方へ歩み寄る。
「気になっちゃうのね…」
大きく溜息をついて見せる真実。
「そうなんです…」
デスクの上にカルテをのせながら、椅子に座っている真実に首を傾ける。
(なんでだ? なんで、そんなに隣が気になる…?)
「どうでもよくない? ひとんちの事情」
(しかも子作りしてるかどうかなんて…)
「でも、気になりませんか?」
「全然。いろんな夫婦がいるんだから…」
「そうなんですけど…。自分が満たされてないとぉ、他人の様子が気になっちゃうものですよ…? あちらも、なにか事情があるのかと…」
こちらも負けないくらいの溜め息で返してくる。
「満たされてない?」
意外…と、顔を覗き込む。続いて、楓の潤んだ瞳に嫌な予感。
「だって…。真実先生、最近冷たいじゃないですかぁ。心ここにあらずって感じで…」
すねた様子で近づいてくる。
「はぁ…?」
(原因はあたし、か…?)
キャスターを滑らせ椅子に負荷をかける。が、
「はぁ?…じゃないです! 最近の真実先生は、」
診察室の奥へと椅子ごと後ずさっていく真実に近づいていく楓。
「なによ…?」
心ここにあらず…と言われては、なにか不備があるのかと身構える。
「なんていうか…」
「なんていうか?」
「…仕事熱心です」
そう言って恨めしそうな目で真実を見据える。
「仕事熱心。いいことじゃないか…?」
(てか、普段熱心じゃないみたいじゃないか…?)
「そういうことじゃなくて、ですね…」
なまめかしい視線をくれる楓に、真実は苦虫を潰したような顔で返す。
「なに?」
楓は仕事も正確でいい娘(こ)ではある。が、一般的に知られる恋愛気質とは多少違う性質を持っているようだ。それと質して聞いたことはないが、普段の態度から鑑みるに「どちらかといえば女性の方が恋愛対象」として適当だと考えているのだろう。だが、その対象が自分となると話は違ってくる。
(勘弁してくれよ…)
楓はおそらく、真実に少なからず好意を寄せている。
はたからそれと見て取れるわけではないし、それが仕事に支障をきたすことはなかったが、自分の奥底に沈む澱に触れずに生きてきた真実には、なかなか心乱されるものがあった。
と、その時、タイミングよく診察室のドアがノックされた。
「はい…」
奥に退いていた真実は、楓を避けるようにして机の前にスーッと椅子を移動させる。
(助かった…)
「真実先生…」
受付にいた看護師が静かに顔を覗かせた。
「午前中は今ので終わり?」
言いながら、目の前のシャウカステン(小さいレントゲン用の天板)の灯りを消し、レントゲン写真を取り外すと茶封筒にそれを収めた。
「それが…飛び込みでもうひとり…」
(…飛び込み?)
完全予約制というわけではないが、最近ではあまりない来院だ。
「あ、そ。…妊婦?」
「新規の方なんですが…なんだか様子がおかしくて…」
様子がおかしい…?
「いいよ。通して…」
楓に目配せする。
様子がおかしかろうが、産婦人科の受付に「受診」を乞うて変質者が上がり込んでくることもないだろうと気軽に受け応える真実。ここに受診に来る患者は80%が女性で、20%は乳児から未就園児だ。
「はい…。でも…先生とふたりだけで…と、おっしゃって…」
静かに中に入りカルテを差し出した。
(ふたりきり…?)
無意識に楓と視線を合わせ、
「…あぁ、そう? じゃぁ、ふたりとも先にお昼にしちゃって」
そう言って、カルテを取り上げた。
ふたりきりを希望してやってくる患者は「訳あり」と決まっている。身体的な問題を抱え思い悩んでいる者か、秘かに堕胎を要してやってくる未成年者か、いずれにせよ時間外の来院は要注意なのだ。普段はそんな要求に応じることもなかったが、
「いいんですか? お通しして…」
再度伺いを立てる看護師に、
「いいよ。今日はそれほど忙しくもないし、つき合いましょ」
と、楓から解放されたい気持ちの方が勝った。
「…ほら、楓も」
「わかりましたぁ…」
不服そうに応じる楓に「は、や、く、」と目で訴えかける。
「お先に失礼します」
言いながら、真実にだけ見えるよう舌を出して去っていく楓。
(まったく…)
馴れ合いが過ぎるか…と、自分を叱責する。

サボテン

ほどなくして診察室のドアがノックされ、楽観してそちらに向き直る真実をぎょっとさせた。
(…だれ?)
すぐさまカルテに目を落としたことは言うまでもない。
〈花村弥生子(はなむらやえこ)〉と、うっすらと見覚えのある名が記されているではないか。
(花村?)
そう、それはごくうっすらとした記憶だった。
「…お、ひ、さ、し、ぶ、り」
そう勿体つけた言い方をしながらそろりと入り込んできたその人物は、玲(あきら)にも負けず劣らず派手なグリーンの麻のジャケットに、トンボの眼鏡のような大きなサングラス、ゴテゴテとビジューのついたエナメルのハイヒールを身に着けていた。
それが映画のワンシーンのように一瞬にして真実の目に飛び込んできたのだ。
(…確かに、)
様子がおかしいと言われても仕方のないいでたちだ。
「やよい、すみれ…?」
「やぁだ、プライベートなんだから弥生子(やえこ)でいいわよ」
やけに親しげに、手首をパタパタお辞儀のように上下させながら、言われるよりも先に真実の前に置かれた患者用の椅子に座り込んだ。
世間話でもしにきたかのような様相の彼女は、今や個性派女優として活躍する、高校時代『観劇のオスカル』と呼ばれていた玲(あきら)の取り巻きのひとりだった。
(やえこ…。あ、そんな名前だったのね…てか、ファーストネームで呼べるほど知らないけど…)
真実は、その強引さに気持ちをのけぞらせながら、
「今日はどういったご用件で…?」
と、平静を装って応対する。
「なによ、他人行儀な。ここ産婦人科でしょ?」
「…そうだけど?」
(…なに、そのテンション。充分他人でいいでしょうがっ)
気持ちが顔に出ないよう努め、いつも通りを貫く真実。
「検診…とか…? あ、健康診断?」
言いながら、芸能人がひとところに集まり〈身体測定〉をしている様子を想像しては自分で自分を冷笑した。そんな小学校の体育館のような光景は当然ありえない現実に、ひとまず落ち着こうとペンを取ってカルテに向かう。
「そう。ここで出産させてもらおうと思って…。もちろん、極秘でね」
サングラスを外しながら弥生子は驚くべき言葉を発した。
は?
たった今手に取ったペンがするりと指から抜けていく。時間外の来院は要注意…今さらながらに受け入れた自分を後悔する真実。
「いや。え…っと…」
驚いて凝視する。途端に、先ほど真実の脳内で繰り広げられていた小学校の体育館内の〈身体測定〉の現場が、女優陣の〈妊婦〉の集団となって頭上を行進していく。
「ここには完全看護の家族部屋があるって聞いたけど?」
「あるにはあるが…」
「そこを数か月貸切るから、万全の体制で保護してほしいと思って…」
(貸切る? 保護?)
ペンを握り直して、カルテをめくる。
(なんて書く…?)
「もちろん、極秘でよ」
執拗に「極秘」を強調するあまり、真実の手元のカルテには自動的に「極秘」の文字が記される。
「ちょ、ちょっと、待て。出産? ここで?」
「そうよ。そう言ってるじゃない」
おかしな人ね…と怪訝な顔をして見せる。
「だれが?」
「やだ、わたしに決まってるわ」
あぁ、そうか…と納得するも、
「…ていうか、妊娠」
(してるの、か…?)
自然と下腹部に目が下がる。
「だれ?」
思わず出た言葉だった。だがそれは父親を訪ねたつもりではなく、むしろお腹の子に対する疑問だった。
「そんなこと言うわけないじゃない」
いやぁね…と口を尖らせて見せる弥生子。
「あ、いや」
(そりゃそうだ)
「確実なの?」
「えぇ確かよ」
(確認済み…か?)
「いいかしら」
「なにが…?」
「ここで、産むってことよ」
「…ここで?」
「えぇ、そう」
「なんでよ?」
「なんでって、あなた産婦人科医でしょ?」
(そうだけど)
「…如月に行けばいいじゃないか。あっちの方が規模がでかいし、完全体制なら向こうの方が…」
適所ではないのか…。
咄嗟ではあるが「いいことを言った」つもりの真実だった。
(同じ『取り巻き』仲間だろ…?)
かつての玲の取り巻きのひとりである『快進(回診)のオスカル』こと〈如月遥(きさらぎはるか)〉は大きな病院の跡取り娘だ。総合病院を名乗るくらいなのだから、当然「産婦人科」だってあるだろう。更に「隠れたい」人間を保護するなら、あちらの方が適しているのではないか。
「ダメなの、遥じゃ」
即座に真実の言葉を遮る。
「ダメ?」
「…あ、っと。彼女、出産経験ないじゃない? それに専門外だし」
「確かに彼女は外科だけど…。できなくはないんじゃ…?」
(出産経験とか、この際関係あるのか…?)
如月総合病院に関し、特に不穏な噂を耳にしたことはない。なにを基準にして「ダメ」というのか。
「そんなことより、引き受けてくれるの? くれないの?」
(なんなんだ…この押しの強さは)
どうも「様子がおかしい」…確かにそうだ。このテンションといい、この図々しさといい、圧がただ事ではない。真実はそう感じていながらも「どうせ気まぐれ」なんだろうとどこかで軽視しているところもあった。
「別に、構いはしないけど…?」
それほど暇なわけでもないが、断る理由も見つからない。
(冷やかしにでも来たのか…)
「じゃあ、お願い。…言っとくけど、あちらの方々にも内緒にしてもらうわよ」
「あちら…?」
「玲さんとその仲間たちよ…」
「仲間たち?」
(誰だよ…)
一言一句がいちいち引っかかる。
「取り巻き…? じゃなく? まぁ。それは守秘義務があるから」
「一般ピーポーのオスカルたちよ…!」
(一般ピーポー…織瀬とつかさのこと、か…?)
ため息をつく。
「え? 玲も?」
(冷やかしじゃないのか…?)
「あたりまえじゃない…! 守秘義務なんだから」
(守秘義務の使い方…な。玲にも黙ってきたのか…?)
ますます訳が分からない。
「玲、仲いいんじゃなかったの?」
そんな話はまったく聞いた覚えはないが〈取り巻き〉というポジションから玲には周知の事実かと思い込んでいた。
「わたしはもともとこちら側の人間なのよ…わかるでしょ」
(こちら…?)
「ぜんぜん…」
あちらこちらを区別する意味が解らない…そう思いつつも、会話を続けることが面倒なので追及することはしなかった。
「頼んだわよ」
なんとなく返事がし難い。
「真実さん!」
「はい、はい」
「それと…」
(まだあるのかよ…)
「はいはい…」
「こっちが重要よ」
「なに…?」
(めんどくさい女だな…)
「…里親を探してほしいの、よ」
「はい…は…?」
なんだって?
今度は取り落としたペンが足元に転がって行く。
「今、なんて…?」
聞き違い、であってほしい。
「ここには子どもが欲しくてもできない夫婦も来るのでしょう? 誰でもいいってわけじゃないけど、望んでもできない人に…」
「ちょっと待て! それは承諾しかねる」
本音は「ふざけるな!」と怒鳴りつけてやりたいところだ。
(里親だと…!?)
「ただでとは言わないわ」
目の前の机の端に両手をかける弥生子。それはまるで手をついて懇願しているような姿勢だった。
「そういう問題じゃない…!」
それまで冷静だった真実の顔が一変した。
「ここにはそういう制度があるって聞いたわ」
「制度…? 確かに…ないわけではない。けど『産みます』『預けます』なんて簡単な話じゃない!」
「解ってるわ。わたしだって」
その様子に怯んだのか、弥生子の声が小さくなる。
「だったら最初から出産なんか…」
それとも、
(もうおろせないくらいの大きさなのか…?)
もう一度腹部に目を移す。
「産みたいのよ!」
言っていることは矛盾するようだが、そこだけは曲げられないと弥生子は強い姿勢を示した。
(なんなんだ…?)
「だからって…」
いろいろと厄介な事情がありそうだ…とは思っていた。だが、だからといって言うがままにできるわけがない。
「わたしの立場も解って! 手放したいわけじゃない、でも…!」
育てられないのか、仕事上の都合なのか、いずれにしても真実には関係のないことではあるが、弥生子の要望は横暴なようでなにか語れない事情があるのだと推測せざるを得ない。しかし、簡単に受け入れられる要件ではない。
「あのさぁ…」
つい語気を荒げてしまう。しかしなんと言って納得させようか。
弥生子の目が必死に訴えている。
「それは…さ。ちょっと…考えさせて」
言っても聞きそうにないその眼差しを前に真実は、今はそうとしか答えようがなかった。そして、
「だって、理由も『聞くな』っていうんだろ?」
探るような目で見据えるが、弥生子はなにも答えない。
(図星か。なんなんだ…)
「とにかく。少し、考えさせて」
「…わかったわ」
全然納得した様子ではなかったが、まだ今すぐどうこうできる問題ではないし、この様子では出産までの間にもいろいろと面倒ごとが増えるかもしれない。直感的に真実はそう悟った。
「とりあえず、診てみないことには始まらない」
「えぇ。でも今日は、とりあえず挨拶に寄っただけなの」
「あいさつ?」
「実は、先週も伺ったんだけど…休診日だったみたいで」
少し恥ずかし気に肩をすくめる。
(先週? 休診日?)
「まさか…。スポーツカー…?」
先週、佑介が訪れた日に見たと言っていた。
「えぇ、そうよ。よくわかったわね」
そんなにうるさかったかしら…とひとりごとを言う弥生子の言葉など耳に入るはずもない。
「マジ、か…」
(本当に、妊婦だった…)
〈お前んとこの駐車場から出てったスポーツカー、あれも妊婦なのか?〉
佑介の言葉を思い出し、そしてすぐさま「(祐介に)顔を見られてなくてよかった」と安堵する。
今日は時間がない…というので、診察は後日ということになった。心持ち重いままにひとまず、次の予約だけさせて帰すことにした。
頭に響く重低音を振るわせ去っていく。
(厄介ごとが増えた…な…)
大きく溜息をつき、真実は気分を変えるため煙草をつかんで診察室を後にした。無意識に胃のあたりをさすっているのは、決して「お腹が空いたせいではないはず」だと確信していた。

なつめ

「あ、真実先生。お電話です」
受付の前を素通りしようとして呼び止められた。
「え? だれ?」
「水本様です…」
事務員が受話器を手渡す。
「玲?」
咄嗟に、先ほどの珍客を思い出す真実だったが「守秘義務」といった手前、玲がそのことについて電話してきたのならどうしようかと考えた。しかし、弥生子は玲に告げずにきたと言っていた。
(じゃぁ、なんだ?)
受付のカウンター越しに受話器を受け取り「ありがと」と事務員に目配せする。
「もしもし…?」
恐る恐る口を開く真実。
『マコ、暇じゃない?』
いきなりの本題と、いつになく明るいトーンの玲。
「あ? なにそれ」
(暇か…だと?)
こんな時は、なにかある。長い付き合いゆえの直感だ。
『今週末は? 夜勤?』
一方的に用件だけを押し付けてくる。こんな時の玲の申し出は、
「なんでよ…?」
『泊まりに来ない?』
絶対に、断れない。
「どこに。玲んち?」
(なにかあったか…なにかあるのか…)
『そうね。実家に…』
実家ぁ?
思わず大声になる。
(…え?)
「実家? 実家って…」
『そう。IMPERIAL…』
(そっちか…?)
「なにやってんの?」
玲の実家。それは生家の方ではなく、家業であるホテルのことだった。

ベッド1

電話を切った後、真実はそのまますぐにつかさへ電話をかけた。
『もしもし…?』
「あ~つかさ?」
『どうした…?』
「玲が。実家に泊まりに来ないかっていうんだけど…」
この際面倒な説明は端折って単刀直入に言った方がいいと、用件だけを伝えた。
『実家?』
(そうなるよなぁ…)
『実家って…?』
(はしょりすぎたか)
「まぁ、IMPERIAL…?」
遠慮がちにホテルの名を出す。
『ぇ、え~行きたい!
思わず受話器を耳から離す真実。
『いつ? いつ?
「週末…だから、明日?」
(明日かよ!?)
今さらながらカウンターに置いてある卓上カレンダーに目を落として、確認もせずに受け入れた自分に突っ込む。
『明日? あ~週末かぁ…。え~行きた~い』
でも、週末か…明日…つかさはその言葉を3度唱えた。だが、
『え~予定…。どうしよう。でも…』
ひとりごとのように口の中の言葉を繰り返したのち、結局最後には断念した。
『おりちゃんは?』
「まだ連絡してない。仕事中は携帯に出ないじゃん」
『そっか…』
「それに、週末だし。仕事かもしれないじゃん。確認したいけど、会社に電話するのもなんだし…」
『じゃぁ、あたしが聞いておく。あたしもおりちゃんに用があるから』
「そ? じゃ、お願い…」
『え~行きたかった~。楽しんで!』
つかさは最後まで名残惜しそうだった。

天井

そして間髪入れずに、すぐさま織瀬の会社に電話を入れるつかさ。
『…え~行きた~い!
「だよね? でもあたし時間が読めないんだよね。開店前に修理業者と会うから…おりちゃんは?」
『あ~あたしも、早出なんだった…』
「いいじゃない、ホテルから行けば」
『朝イチで衣装合わせなの。前撮りもあるから、打ち合わせが…。ホテルからだと逆方向…カメラマンが午前中じゃないと空いてなくて』
たちまち声がトーンダウン。
『でも、なんで急に実家?』
「家出だって」
『家出~? 玲が?』
「そう、よくわかんないけど」
『え~気になる…』
「そうなんだよ~。でも…結局マコちゃんだけかぁ…」

ガーベラ

そして再び玲と真実。
『ついでに織瀬のバースデーパーティと思ったのに…』
「そう都合よくいくかよ」
『残念だったわねぇ…』
「残念なのは玲の方だろ? 普段大勢でいるのにひとりでホテルなんて、ホントはさみしいんだろ~」
本音をつつくのがうまいのか、玲の上げ足を取るのが趣味なのか、楽しそうにからかう真実。
『どうだっていいじゃない、そんなこと。落ち込んでいる友人に手を差し伸べようとは思わないの!』
(落ち込むことがあるのか…)
まったく落ち込んでいるようには感じられない玲が、さもあらんと攻防する。
「いいよ、いいよ、行ってやるよ。落ち込んだ玲を慰めるために、あたしが。…社会見学も兼ねて」
『社会見学? よく言うわよ。興味本位のくせに』
「当然!」
『あんまりはしゃがないでよ』
「そういうこと言うなら行かない」
『いやよ、意地悪しないで…!』
本音は初めての家出に、気持ちのやり場のない玲だった。
(なんだか急に、いろいろ問題が湧いてきたな…)
いつも冷静な玲らしからぬ行動に、胸騒ぎを覚えた。
「あ~あと、つかさと織瀬から伝言」
『なにかしら?』

『いつでも家出して! この次は予告して』

「…だそうだ」



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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します