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『車窓』(超短編小説/400字)


   母は、そわそわしていた。

   意味もなく花瓶の位置を変える。目的もなく台所をうろうろする。押し入れで何かを探すふりをする。

   今日、僕は東京に行く。

   初めて実家を離れることの意味を考えていた。それは母にとって、初めて子供を送り出すことであり、子供中心に生きてきた18年間が終わるということを意味する。

   今日、旅立つのは僕だけではない。母も旅立つ。僕という子供から。

「じゃ行くわ。親父にもよろしく」
「・・いつでも帰ってきなさい」
「うん」

   母は、僕の姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。ずっと僕を守ってきた強い母は、最後まで涙を見せないつもりだったのだと思う。でも、見えなくなる寸前、顔を手で拭ったように見えた。

   故郷が時速285kmで離れていく。涙が止まらなかった。この車窓からの滲んだ風景を過去何人が見たのだろう。なぜ「ありがとう」のたった一言が言えなかったんだ。

(了)



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