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『境界』(超短編小説)


   長い参道に沿って露店の明かりが延々と続いている。

   ミヤコは父に連れられて、年に一度の稲荷神社の夏祭りに来ていた。参道の先が全く見えないくらい、人でごった返している。浴衣を着た同級生の女の子、恋人同士のお兄さんとお姉さん、団扇を持って歩く大人たち・・・。

   父の手をしっかり握り、人ごみを縫うように歩いていく。自分より背の高い大人と大人の狭い隙間を抜けていくのは、人間の木でできた森を探検しているみたいだった。たまに父の手が離れそうになるが、そのたびに指先に力を入れて必死に掴まった。

「あっ・・・」

   人間の激流の中で、つないでいた手が離れてしまった。必死に追いかけるが、父はミヤコと手が離れたことも気づかずにどんどん先に行く。「お父さん!」と呼ぶ声もむなしく、父はそのまま人ごみの中に消えてしまった。

   ミヤコは一人になっても、父を追って雑踏の中を歩き続けた。“人間の森”を抜け出すと、参道が二本に別れていた。両方の道の脇に露店が並び、カラフルな提灯もぶら下がっているが、妙なことに、片方の道は人でごった返していて、もう片方の道は人が一人もいない。

「あれ? ここって、道が一本しかないはずなのに・・・」   

   一刻も早く父に追いつきたかったミヤコは、人がいない方の参道を行くことにした。

   最初は軽快に歩いていたが、ミヤコはだんだんと心細くなってきた。よく見ると、通りだけでなく、露店にも人がいない。祭りの明るさはあるのに、賑わいがない。音もなくシーンと静まりかえっている。

   何かおかしい、やっぱり引き返そう。そう思って後ろを振り返ると、見渡す限り、人のいない参道だった。

「そんなに歩いていないはずなのに・・・」

   人の気配が全くない。ミヤコは完全にひとりぼっちだった。不安で寂しくなってその場に立ち尽くしていると、小さな露店が目に入った。お面屋さんだ。

   ミヤコがイメージしているお面屋さんではなかった。壁一面に、ひょっとこ、赤鬼、恵比寿、般若、おたふく、おかめ、狐など昔のお面がたくさん飾られていて、ミヤコが好きなアニメのキャラクターは一つもなかった。

「おやおや・・・」

   ぼーっとお面を眺めていると、露店の奥の方から天狗のお面を被ったおじさんが急にふわっと出てきた。ミヤコは驚いたのと同時に、人に会えてちょっとホッとした。

「ここで何してるんだい」
「迷子なの・・・」
「ほう・・・お嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい」
「ミヤコ」
「よく聞きな。今ミヤコがいるのはなあ、ミヤコがいちゃいけない場所だ」
「いちゃいけない場所?」
「そう」
「私、人がいっぱいいるところに戻りたい!」
「あっち側に戻るにはなあ、あっち側の人間に見つけてもらわないといけないんだ」
「・・・」
「ミヤコのこと探してくれそうな人はいるのかい」
「・・・お父さんっ!」
「いるんだね」
「うん」
「ただ、あっち側の住人に、こっち側の世界は見えないんだよ」
「・・・」
「・・・泣くんじゃない。ほら、この狐のお面をあげるから元気を出しな。この祭りが終わるまでに、あっち側に絶対に戻るんだよ。わかったかい」

   ミヤコは、不思議なお面屋さんを後にした。父に会えると信じて、再び人のいない参道を歩き出した。

   それから1時間以上歩いた。シャツが汗でびしょびしょになっていたが、一向に参道の終わりは見えてこない。

〜♪

   不意にどこからか祭り囃子が響いてきた。その音を聞いた瞬間、ミヤコは一気に怖くなって歯が震えだした。なぜなら、あの音が祭りの終わりを表す音なのを知っていたから。あの音が終わるのと同時に、露店や提灯の明かりが消えて真っ暗になる。

   参道が真っ暗になるともう本当に戻れなくなる。あせったミヤコはさらに歩く速度をあげるが、どこまでも同じ景色が続くだけだった。

   ほどなくして、祭り囃子の音が止んだ。

   その瞬間、参道のはるか彼方が真っ暗になった。参道の奥の方からこちらに向かって露店の明かりが徐々に消えていくその様は、暗闇がどんどんこちら側に向かってくるようだった。  

「やばいやばいっ!」

   ミヤコは暗闇から逃れるように、逆の方向に向かって参道を走り出した。しかし迫ってくる暗闇の速度に、ミヤコの足が適うはずもなく、すぐに追いつかれ、あたりは闇に覆われてしまった。

   何も見えない。何も聞こえない。

   ミヤコはその場でうずくまってしまった。闇の中、何をどうすることもできない。恐怖と絶望のあまり、自然と涙があふれてきた。

「ううっ、ううっ、お父さん・・・お父さん・・・」

   ふと、右手に狐のお面を持っていたことを思い出した。ミヤコは無意識にお面を顔につけた。

   しばらくすると、誰かがミヤコの肩をトントンとたたいた。

「・・ここにいたのか」

   振り返ると、目に涙を浮かべた父がいた。そこは、人であふれた賑やかな参道だった。

「大丈夫。もう大丈夫だ。迷子にして悪かった。人が多すぎて探すの大変だったけれど、見つかって本当によかった。ミヤコのことずーっと探し回ってたんだよ」

   ミヤコは、そっと差し出された父の手をふりほどいて、父の背中に回って背後から抱きついた。

「お父さん、・・・おんぶ」

   手と手だけでつながっているのは不安だ。おんぶなら、そう簡単にはぐれたりはしない。ミヤコは父の背中でそう思った。

「ミヤコ、そのお面どうしたの?」
「もらった」
「誰に?」
「天狗のおじさん」

   二人が再会した場所のすぐ後ろには、狛狐(こまぎつね)が、朧月を見つめながら静かに佇んでいた。

(了)  



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