『教室』(超短編小説)
我慢は限界を迎えようとしていた。この授業が終わるまであと30分近くもあるのに。
昨晩、高級さつまいもの鳴門金時を食べ過ぎたことが原因なのはわかっていた。お腹の中でどんどん新しいガスが製造されているのは明白だった。
もし今、少しでもガスが漏れれば、たちまち教室全体に充満し、やがて犯人探しが始まるだろう。赤面した犯人の表情は一生みんなの記憶に刻まれるだろう。広志は想像しただけで恐ろしかった。
額からは汗が吹き出し、腕には鳥肌が立ち始めた。もうだめだ・・・と思った瞬間だった。
「プ~♪」
教室のどこかから音がした。ちょっと高めのかわいい音だった。
ああ、僕はついにやってしまったのか・・・と錯覚しそうになったが、違う。これは間違いなく僕ではない。なぜなら今もまだ僕のお腹の中でガスとの攻防は続いているのだ。ということは、犯人はこの教室にいるクラスメイトの誰かだ。根拠もなく、クラスのマドンナ白石さんだけは違うと思いたかった。
音が響き渡った後、しばらく教室は静まりかえった。半数以上の生徒たちが、謎の沈黙に口をおさえて笑いをこらえていた。
そんな中、担任の先生が沈黙を破った。
「・・・みんな、いいか。これはなあ、人間の生理現象だ。だから誰がやったとか探るのはなしだ」
せっかく先生が大人の対応をしたのに、学級委員長の早川さんが思わぬことを口走った。
「浜谷先生、言い出しっぺですね。犯人は浜谷先生なんでしょ!」
「いや、先生ではないが・・・。まあ、誰でもいいじゃないか」
「その言い方だと先生以外の誰かってことになるじゃないですか。自分だけは違うみたいなの、ずるいです」
すると、友達思いで情に厚い山田が立ち上がって、口を動かした。
「犯人は俺です!ここのところ、教室が受験勉強で張り詰めた感じになっているから、みんなの心をほぐそうと思いました!」
続けて、野球部のエース青木が声を上げた。
「いや、俺なんだよ。我慢できなかった!みんなを不愉快にしたならあやまる!すまんっ」
こうなるともう止まらない。今度は普段おとなしいキャラの山口までもが男気を見せた。
「あのっ!・・・みんなごめん!本当は僕なんです」
なんと、マドンナの山口さんまでもがっ!
「実はっ!・・私なんです。どうしても我慢できなくて・・・」
気がつけば、負けじと自分も席を立ち上がっていた。
「みんな、犯人は俺だっ!昨日の夜、さつまいもをいっぱい食べた俺なんだっ!」
一連の流れを見ていた先生が言った。
「もういい。誰でもいいじゃないか。お前ら、本当にクラスメイト思いだな!先生、ちょっと感動しちゃったよ。もう先生がやったってことで終わりにしよう。異論はあるか?」
先生がそう言うと、生徒それぞれが納得したような顔をした。教室は、仲間を思い合う生徒たちの心が一つになったような爽やかな熱気と、ほんのりとした異臭に包まれた。
「広志、窓を開けてくれ!空気を入れ換えよう」
窓際に座っている僕に先生がそう命じたので、窓を開けようと席を立ち上がった。
「ブーッ」
あっ。
(了)
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