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『幼馴染』(超短編小説)


「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」
「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」

   私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。

   転校によって、9歳と9歳の友達関係は簡単に引き裂かれてしまった。引越先は仙台という場所らしい。仙台は横浜からはものすごく遠いって由佳里ちゃんは言ってた。離れていても変わらず友達だって思っていた。

   9歳の私は「ずっと」も「永遠」も、存在するものだと信じていた。



   私は19になった。あの別れの日から10年間、一度も由佳里ちゃんに会ったことはない。年賀状のやりとりも1回しただけだ。引越後しばらくは由佳里ちゃんのことばかり考えていたけれど、新しい友達もどんどんできて、由佳里ちゃんのことは時間とともに忘れていった。

「懐かしいー、そんな友達もいたよねー」
「あんた、由佳里ちゃんが引っ越した後、毎晩泣いてたのよ」
「そうだったっけ?」
「また会いたいでしょ」
「んー、そんなに・・・」

   母からの問いかけに対してそんな返答をするくらい、由佳里ちゃんと遊んだ日々はもうはるか遠い記憶の彼方の話だった。

「そういえば、お父さんは今日も遅いの?」
「うん、接待だって」
「大変だねー、サラリーマンも」

   たわいのない話をしながら、母と二人で夕食を囲んでいたら、テレビから、男に媚びたような甘〜い声が聞こえてきた。テレビに目をやると、写真集か何かの発売イベントの様子が映し出されていた。

   インタビューに答える水着姿のグラビアアイドルの後ろにはポスターが貼られていて、「奇跡のグラビアアイドル 雛木さえ、ラスト写真集『あなたに守られたい』本日発売」という宣伝文句がドカンと書かれていた。どうやら、そのグラビアアイドルは、グラビアの仕事を引退するらしい。

「グラビアをやめたらどうされるのですか?」
「そーですねー。女優をめざして、いまはお芝居の勉強をし始めたんですー。みなさま、応援よろしくお願いしまあす!」
「目標とされている女優さんはいるのですか?」
「そーですねー。春瀬綾香さんみたいになりたいでえす」

   それを見て、私は母に言った。

「アイドルやモデルって、やめたらみんな女優って言うよね」
「そうねえ。そんなことより、この雛木さえって子、さっき話してた由佳里ちゃんに似てるよね」
「え?・・・言われてみれば確かに・・・っていうか、由佳里ちゃん!?」

   確かに、顔の雰囲気もあの頃の面影がちゃんと残っているし、涙ボクロもあるし、声も似ている気がする。スマホを手にとって「雛木さえ」と検索してみると、「横浜生まれ、仙台出身」と書いてあった。ほぼ、間違いなかった。

「お母さん、これ、由佳里ちゃんだよっ!」
「やっぱり!」
「ぜんぜんキャラが変わっちゃった・・・」

   私の知っている由佳里ちゃんは、背が高くて、ショートヘアで、ボーイッシュで、パワフルで、サバサバしていて、頼りがいがあって、男子にも負けなくて、いわゆるイケメンみたいな女の子だった。私とは逆の女の子だった。

    でも、テレビ画面に映っている由佳里ちゃんは、あの頃とは正反対になっていた。つまり、私と同じ側にいるということになる。彼女は守る側ではなく守られる側になったのだ。

   忘れかけていた存在のはずだったのに、私はちょっと寂しくなった。「ずっと」なんてものは、やっぱりないのだ。世の中のありとあらゆるものは時間とともに絶えず変化していく。私の知っているあの由佳里ちゃんはもうどこにもいない。

「あんた、ひょっとして由佳里ちゃんの姿見て、ショック受けたの?」
「ちょ、ちょっとね・・・」
「でも、この子の芸名の雛木さえって、紗英と一緒の名前なのよね・・・」
「あっ」

   私のことを覚えていてその芸名にしたのか、たまたま事務所から名付けられた芸名なのかはわからない。でも私と同じく、まわりの人から「さえちゃん」と呼ばれているのだ。

    あの頃、弱虫だった私は、由佳里ちゃんみたいに強くなりたかった。今はあの頃に比べればちょっとは強くなれたと思う。同じように、由佳里ちゃんも、私みたいな弱さがほしかったのかな、もしくは、本当は弱いのに無理していたのかな、なんて想像した。

   新しい由佳里ちゃんに会ってみたい、私は確かにそう思った。

(了)

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