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【読書】 吉田暁『決済システムと銀行・中央銀行』

全国銀行協会に長年勤めた筆者による論文集。内生貨幣供給論を起点として電子マネー、ナロウバンク、オーバーローン問題などを論じている。

内生的貨幣供給論の概要

(1) 信用創造

現代の銀行というものは、自らの債務である預金口座に記帳することで貸付を行う。貸出は借り手の口座への記帳によって行われるので、あらかじめ本源的預金というものは必要ではない。また、市中銀行は中央銀行が供給するベースマネー(マネタリーベース)の貸出はしていない。銀行の貸出は借り手の預金口座への記帳によって行われるから、貸し出す段階では余剰のベースマネーは必要ではない。通常のマクロ経済学の教科書が説明しているベースマネーの投入から始まる信用創造論とは順序が逆である。最初にベースマネーがあるのではなく、ベースマネーは事後的に必要となるのが現実である。銀行の信用創造が行われるためには借入需要がなければならない。借入需要に対して信用創造すなわち貸出により預金を創出することがマネーサプライ増加の基本である。

(2) 銀行預金の流出と還流、そして預金獲得競争

銀行が貸出によって創出した預金は、借り手によって支払われることによって、当該銀行からは流出する。それと同時に全他行に対して準備金を失うことになる。しかし同じことは他行も行っている。各銀行は全銀行が創出した銀行預金を自らのもとに還流させるべく、日々、預金獲得競争に勤しんでいる。貸出によって創出された預金は借り手の支払いで流出し、当該銀行は準備を失うが、資金の流れを追い、あるいは他行の創出した預金を取り込むことで、預金と準備の回復をはかる努力をするのがバンキングの基本である。

(3) 中央銀行による信用創造

銀行システム全体としての準備金の流出は中央銀行によって補填されなければならないが、その補填それ自体が中央銀行の信用創造(中央銀行預金の創出)によってなされるのである。ここで注意しなければならないのは、各々の銀行は創出した預金の一部を準備金として中央銀行当座預金にちまちまと取り崩して「積み建てている」わけではない。市中銀行の中央銀行当座預金は中央銀行が独占的に供給している。


本書では、内生的貨幣供給論というレンズを通して電子マネー、ナロウバンク論、インフレ・ターゲットの是非、オーバーローン問題が論じられている。戦後経済史がマイブームなのでとくに面白く読んだのは高度成長期に盛んに議論がなされたオーバーローン問題を扱った第六章の「オーバーローン論再考」だった。「貸出に本源的預金は必要としない。貸出金と預金が同時に増えるのに、なぜオーバーローン(貸出し過ぎ)による預貸率の不均衡なんかが問題にされたのだ?」と思われるだろう。当時の金融制度調査会の答申、日銀の代表的論客だった鈴木淑夫の論説などの再検討を通してそれに対する解答が書かれているので、自分の目で確かめて欲しい。当時のオーバーローン論が成長貨幣問題と都市銀行に対する道徳的な批判が混在したものだと解ると思う。

収録されている論文は80年代に書かれたものから2000年代に書かれたものと幅広く収録されており、内容に重複が見られるために少し見通しが悪いのが本書の欠点である。一冊にまとめるときに論文を再構成して項目別にして欲しかったが、故人に言ってもそれは仕方ないか。内生的貨幣供給論の名著としてよく名前が上げられるのは納得の出来なので、興味があるのなら是非とも読んでもらいたい一冊である。


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