人間、この家畜化した生物

動物行動学(エソロジー)のコンラート・ローレンツによると、人間が家畜化した生物であることに初めて気がついた人は、哲学者のショーペンハウアーだという。彼は人間と家畜動物を比較してみて、人間には家畜動物と共通する特長が多くあることに気がついたのである。

ひとつは、家畜動物はその祖先の動物、たとえば豚ならイノシシ、ニワトリならヤケイと言った具合に比較してみると、家畜のほうがその祖先動物に比べて身体が大型化している。人間も同じで、現代人は祖先の人間より身体が大型化しているのである。

正確な統計資料があるわけではないが、発掘された埋蔵人骨から推定されている日本人の平均
的な身長は、江戸時代で男性 156 センチ、女性は 146 センチ程度とみられている。明治時代初期に日本で西洋医学を教えていた医師のベルツが、学生の身長を巻尺で測定したデータの記録でも160 センチに満たないから、実際にその程度だったのだろう。驚くほど小柄な体格である。一説によると、ジョナサン・スイフトのガリバー旅行記に出てくる「小人国」は、日本がモデルだったとも言われる。

埋蔵人骨による推定によると、日本人男性の身長は縄文時代から古墳時代にかけてゆっくりと伸びてゆき、古墳時代に 163 センチ程度の最大値となっている。しかしその後は奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代、明治初期まで、緩やかだが一貫して身長は低下してきているのである。日本人は元来じつに小柄な体格の民族だったのである。

ところが、1991年ごろの成人男子の平均的な身長は 171 センチで、江戸・明治初期時代人の平
均である 160 センチに満たない身長の人は、いまや全体の 1. 5パーセントほどに過ぎない。 100
人の人がいると、低いほうから 1 ~ 2 番目である。 BMI 指数(体脂肪率)で見ると、1880年代には 20.8 だったが、1990年代では 21.5 と肥ってきている。先進国の人間には共通してこのような遺
伝的な体格の大型化の現象が見られる。それは遺伝的な変化であって、単なる栄養学的な変化ではないのである。

家畜動物は家畜化することによって、行動の面でも遺伝的な変化が出てきている。とくに摂食行動と性行動の異常な発達も、家畜動物と人間に共通に見られる特徴だと言われる。社会的行動における面では、祖先の動物には生まれつき備わっている婚約期や一夫一婦制といった本能的な行動が、家畜では消滅しているといった現象があり、ある品種のニワトリでは、卵は産んでも子育てすることがなくなっている。

家畜動物は人工交配と人為選択によって家畜化した人工動物だが、人間は生活環境を変えることによって自ら家畜化する条件を作り出しているから、これは「人間の自己家畜化」と呼ばれている。
アメリカの文化人類学者マーガレット・ミード女史も、こうした現代人の家畜化傾向というローレンツの主張を支持しているといわれる。

ローレンツは、このような人間の家畜化は退化的傾向だと警鐘をならしている。最近よく報道される育児放棄とか児童虐待といったことも、そのような退化的傾向の表れでなければよいのだが。

(参考文献)
・K・ローレンツ「自然界と人間の運命 PARTⅠ :進化論と行動学をめぐって」谷口茂訳、 思索社
・アレック・ニスベット「コンラート・ローレンツ」木村武二訳、 東京図書
・R ・I ・エバンズ「ローレンツの思想」日高敏隆訳、思索社
・佐藤方彦編著「日本人の事典」朝倉書店
・「カラー生物百科」平凡社

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