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「狂った都市」の本気 ~ラトビアの首都リガにて

余韻が冷めない体験をラトビアの首都、リガでしてから1ヶ月経つ。

欧州の辺境、日本からも遠い「バルト海の真珠」と呼ばれる世界遺産の都市は、旧ソ連から独立して約30年経った今でも、ガバナンスの模索を続けている。独立の熱狂、軍港や軍事工場などの経済基盤の消失、社会インフラの再整備、EU加盟からの経済の急成長、リーマンショックによる急降下、民族間の葛藤、クリミアに象徴される地政学的なリスクの増大。

未だに混沌と閉塞が続く中で、このバルト三国で最大の都市を良くしていこうとする小さくも野心的なグループが、「Mad City Riga 」というイベントを毎年開催している。私は初回から三年連続で参加しているが、毎年、インパクトが大きくなっており、私自身の思考や行動様式も変わりつつあるので、今の考察を整理しておきたい。

Mad City Riga (MCR)とは

「狂った都市リガ」は、国際的な都市計画の出来事(International Happening of Urban Planning)であると定義されている。カンファレンスやセミナーという定義を使わないのは、予定調和や既視感へのささやかな反抗だそう。「ハッカソン」というプログラミング業界用語も出てくるが、これも従来型「ワークショップ」へ反抗する意図的な誤用らしい。

リガでは、6月最初の土日に「森の民芸市」という国家的なイベントが行われており、MCRはその直前の木金の2日間に開催されてきた。

森の民芸市


過去3回の開催概要は以下のとおり:

第1回 2017年
●6つのテーマ:Shared Mobility / Driverless City / Mary Jane / Public Madness / Sharing Economy / Future Planners
●形式:講演+ディスカッション+ワークショップ


第2回 2018年
●テーマ:Money & the City
●形式:講演+ディスカッション+ハッカソン
●基調講演:ヤン・ゲール
●ハッカソン:旧VEF工場エリアの再生計画
●協賛:大手通信企業LMT、マイクロソフト、アクセンチュアなど

第3回 2019年
●テーマ:Knowledge & the City
●形式:講演+ディスカッション+ハッカソン
●ハッカソン:ダウガバ川左岸のイノベーション地区計画
●地元から多数のプロジェクトオーナーおよびスタートアップが参画
●協賛:EUなど更に多数

ダウガバ川左岸に連なるハッカソン対象地

単発のイベントを手探りで重ねてきた結果、今振り返れば内容の進化が見て取れる:

第1回は、変化への機運醸成: 諸外国からの刺激の注入
第2回は、現場での協働着手: 具体的な場所の計画での協働
第3回は、協働の拡大と深化: 複数の個所を連動させる協働

詳細は公式ウェブ公式Facebookページを参照のこと。

第3回 MCR 2019年の概要

第3回の流れを振り返ってみよう。

第1日:
10:00- ウェルカム・ドリンク
ダウガバ川の遊覧船を貸切り、シャンパンと「ヤツメウナギ」のカナッペでのイベント・チェックイン。地元と海外の参加者が「楽しい時間」を共有し、初対面同士が挨拶しあうなど、イベントへの期待が高まった時間。

12:00- 開会挨拶
主催者代表のNeils Balgalisの挨拶と全体説明。そのまま、講演に突入。

12:05- 講演と議論
ハッカソンのテーマ「Innovation District(イノベーション地区)」に関連する基調講演を6本。ロンドン、福岡(私)、香港、ヘルシンキに地元から2名で、テーマに関する様々な考えや事例をインプット。私の演題は「Tokyo and knowledge – last 300 meters」と勝手に主催者に仮置きされたが、企画意図を確認して福岡の話に差し替え。最後に、余興的に、ウェルカムでも料理が出された「ヤツメウナギ」について、ローカルな生態系および食文化の説明。

14:00- ランチとハッカソン・チーム組成
美味しいケータリング・ランチを楽しみ、スタートアップ企業が実装している電動スクーターで遊びながら、初対面同士で立ち話。12箇所(確か)のハッカソン対象エリアのパネルが掲示され、希望する箇所に名前を記入開始。

15:00- 講演と議論、その2
イノベーション地区から、さらに具体的なサブテーマとして「マイクロ・モビリティ」を採り上げ、講演を5本。ゲント(ベルギー)、パリ、アイントホーフェン(オランダ)の3都市のエキスパートと、地元からカー・シェアと電動スクーター・シェアのスタートアップ事業者が話題提供。

17:30- ハッカソンの事前説明とチーム組成
「ダウガバ川左岸に知識創造拠点をつくる~私の役割は?」をテーマに、12箇所(確か)のテーマ・オーナーが、自分がやりたいことや課題を3分ずつでピッチ。テーマ・オーナーは対象地の土地建物の所有者である、複数の大学当局、鉄道博物館、国立図書館、ラトビア国鉄、不動産デベロッパなど。リガの方々はこういう方法に慣れていないようで、かえって正直さや本音が出て新鮮。モビリティ単独の提案ではなく、相互に結ばれるべき拠点のあり方とつくり方を考える下地ができたところで解散。

21:00- ゲスト向けディナー
外国からのゲストを中心に、講演者と地元キーパーソンとの夕食会。



第2日:ハッカソン
8:30- 集合・ブリーフィング
早朝に国立図書館前広場に全員集合し、ハッカソンの進め方の説明。必須要件は「2年以内に実現できそうなこと」

9:00-16:00 ハッカソン(チーム顔合せ+チーム作業)
各チーム顔合せし、恒例となった「買物カート」を押して移動の障害(バリア)を体感しながら対象エリアの現地調査へ。私は、国立図書館のチームに入り、総勢10人ほどのチームで唯一の外国人。図書館司書やスタッフ、環境NGO、地元のアーティストなど、各自のバックグラウンドがユニーク。図書館周囲をぐるっと回り、バルト新幹線の新駅予定地などを見てから、国立図書館内の会議室にて、議論を重ねて提案を作成。

バリアを体感しながらの現地調査

チームでの議論

16:00- プレゼンテーション
水上の仮設スタジオにて、全チームが5分ずつプレゼンテーション。対象地も、メンバーも多様な中、当然のように提案も多彩。 当初予定を変更して「最優秀賞」は選ばず、全チームを表彰して即興で「植木鉢」をプレゼント。

18:00- 打上げ!

ハッカソンの提案は、主催者とリガ市、そして各プロジェクト・オーナーが今後の実施に向けた協議を進めるとのこと。新聞記事によれば、既に幾つかの具体的な行動が生まれているそう。

MCRの特筆すべき点

地域のプレーヤーを具体的に動かそうとする「予定調和の無い出来事」であるMCRは、会議やセミナー、ワークショップの企画運営方法として、以下の3点はとても興味深い:

ユニーク・べニュー
機能的だが面白みの無い最新のホールは使わず、リガならではの個性のある会場を選び、所有者・管理者と交渉して使わせてもらっている。そのおかげで、参加者は最初から最後まで、とても高揚した気分でいられる。

借り切ったトラムでの移動(2018)

工場を改装したクラブが会場(2018)

ハッカソン会場は文化施設(2018)

第1日の会場は鉄道博物館(2019)

最終プレゼンテーションは水上仮設スタジオで(2019)

イベント・ブランディング
「狂った都市」というイベント名をはじめ、セッション名称や演題なども、かならずウィットを混ぜた名前にしている。音響や小道具も含めた会場演出、飲食のケータリング、移動の手段まで、全てを総動員してイベントの価値を創出しようとしている。ウェブやフライヤーのデザインも強烈で、動画を多数組合わせながらアーカイブ化している。
(MCR 2019の講演動画はこちら)

都市をハックする風景の創出(2019)

水上交通という課題提示のためにカヌーを手配(2019)

イベント専用車は自分たちで社用車をラッピング(2018)

ケータリングもローカルへのこだわり(2019)

マネキンから休憩時間のダンスまで演出(2018)

参加者キュレーション・関係者交渉
海外や地元の講演者の発掘・交渉、演題の設定、地元のキーパーソンの登壇調整、さらには所有施設をハッカソンテーマにすることの交渉、協賛交渉など、全てをNeils Balgalisが牽引する少数精鋭のチームでやりきっている。

主催者チーム

様々な国から招聘された参加者たち(2017)

インパクトのある実務者を多数招聘(2018)

海外ゲストを混ぜて地元の人々を加熱(2019)

チーム作業をした地元と海外の繋がりは今も続く(2018)

主催者G93と私

MCRを企画運営しているのは、小さな都市デザイン事務所 Grupa93(G93)である。ラトビアの独立とほぼ同時に設立され、今ではバルト新幹線構想なども手掛けるG93は、強烈な個性の創業社長Neils Balgalisに率いられる14人の少数精鋭集団である。ラトビアでは競合先は1~2社しかないらしく、欧州やユーラシアでも仕事をしている。

MCRは、全てG93の単独企画であり、国や市は協力の立場である。海外からの講演者の旅費を含む開催経費をカバーするため、参加費や企業協賛金もG93が集めている。小さな事務所が収支リスクを全て背負いながら、毎年継続開催していることは驚くべきことだと思う。

私とNeilsとの出会いは、2016年11月にリスボンで開かれた国際都市開発協会(INTA)の年次会議である。退屈な議論が続く中で、ホールの最後段から挙手して、「抽象的なつまらない話には飽きた。日本人のように具体的な実践の話をしろ!」と私に言及しながら大きな会場を揺さぶった「変わった男」がNeilsだった。

会議後の立ち話で意気投合し、オンラインでのやり取りを重ね、半年後には第1回MCRの講演者に呼ばれていた。その後、MCR以外でもマルメ(スウェーデン)で落ち合ったり、ウェブ会議を何度も重ねていくうちに、単なる講演者から共同企画者みたいな役割に変質してきた。

彼のリガへのビジョンや課題認識を聴き、関係者を動かすための戦略的な助言を請われ、必要に応じて講演者やハッカソン参加者の役割も演じつつ、地元キーパーソンへとの交渉の側面支援を行うのは、とても刺激的で興味深い。

Neilsによれば、私は「同じ臭いがする」らしいのだが、同時に「日本人であること」が、エストニアの洗練もリトアニアの豊穣もないラトビアの人々にとてつもないインパクトを与えているとのこと。日露戦争に勝利し、日独伊で第二次大戦で叩きのめされながら、奇跡の経済成長を遂げた(ほとんどのラトビア人には)未知の国「Japan」。そこから来た男は、独立から約30年経ってもロシアやドイツの影響から逃れられない閉塞の中で、対症療法ではなく社会の仕組みを根本的に変え始めてくれそうな期待感を抱かせるらしい(過大評価)。

今後への期待

Neilsを起点にリガの人々に強く感情移入するようになり、その深層を少しでも探るためにワルシャワとアウシュビッツ・ビルケナウまで足を延ばしてみた。そして、これはライフワークとして取組むべきことだと思うようになってきた。

一方で、MCRは日本の専門家コミュニティにも有益なのではないか? 今回、フロントヤードの長谷川隆三さんも一緒に参加し、同じような感想を抱いており、日本側でも新たな企画ができないか探り始めている。

既に、来年の第4回MCRの企画相談と登壇依頼は届いた。2020年6月4-5日。是非、この機会を、日本とラトビアの関係がさらに一歩進む場としたい。


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