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地域経営の一部としてのエリアマネジメント

経営 = 事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定を行って実行に移し、事業を管理・遂行すること。(デジタル大辞泉)

主体が多様かつ多義的な地域経営は、約20年にわたって継続的に追究しているテーマである。今、取組んでいるプロジェクトも、このテーマに沿って大都市・中都市・小地域での実践例を増やすことを意図している

も検討に関わった、エリアマネジメントに関するガイドラインが公表されたタイミングで、現時点での考察を整理しておきたい。

地域経営の3要素

地域経営とは、生活環境、市民社会、地域経済の3つのバランスを取って、「高い暮らしの質」を実現すること。(ComPus)

これは、地域経営支援ネットワーク(ComPus)というNPO法人を2002年に設立した際の定義である。生活環境 = Environment、市民社会 = Equity、地域経済 = Economyの3要素の頭文字を取った「3つのE」のバランスを取っていくことで、持続可能性 = sustainabilityが確保できるという考え方である。

(ComPus資料より)

国連の持続可能な開発目標 = Sustainable Development Goals (SDGs)のおかげで、複数の目標を総合的に扱うことの重要性が広く認識されるようになり、関心が理論から実践へと移っていることは大きな前進といえよう。

地域経営の地理的単位

人生は完璧でないように、3つのEの地理的単位が整合することは稀であり、様々な地理的単位の事業を組み合わせていくことが実践的である。例えば、地球規模の気候変動や国際経済動向と、待機児童の解消や公共空間の活用は一見無縁に見えるが、限られた資源、すなわち人材や空間をどう配分していくかを考えると、地域の課題として同じテーブルに載ってくる。多国籍企業と商店街、国連と基礎自治体、NGOと町内会など、多様な主体間の連携が不可欠である。

都市圏と隣近所の二層構造

地域経営の地理的単位の基本は、都市圏 = metropolitan regionと隣近所 = neighborhoodの二層構造である。この基本形を押さえておかないと、型破りもできず、形無しで終わってしまう。

(ComPus資料より)

地域経営の中心的な主体に自治体があるが、今日の課題を扱うには自治体の単位は中途半端であることが多い。環境や経済の課題を構造的に扱うには小さ過ぎ、顔の見える近隣の課題を扱うには大き過ぎるためである。そのため、前者を扱うには都市圏(広域行政圏など複数の定義があるが、私は10%通勤通学圏の単位を重視する)が、後者を扱うには隣近所という狭い単位が有効であることが多い。

例えば、福岡市は九州の一部であり、渋谷区は東京都の、そして首都圏の一部であり、いずれも日本や世界の一部である。このことは、皆が当然理解しているのだが、事業になると全体構造を考えずに部分最適に走り、結果として合成の誤謬が生じることもよく見られる。

全体構造を一気に解決できることは殆ど無く、部分の行動が全体を変えていくのは事実であり、地域経営はフォアキャストであると言われる。しかし、戦略なき戦術(= 事業ポートフォリオ)から良い成果が生まれにくいのも事実であろうし、自治体・企業・NPOなど「組織」はバックキャストでの運営が基本である。

地域経営とは、都市圏と隣近所の二層構造を中心に全体と部分を複眼的に見ながら、時間軸の方向性の矛盾を随時調整しつつ進める実践的なものであると言えよう。

地域経営の一翼を担うエリアマネジメント

「エリアマネジメント」とは、地域における良好な環境や地域価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組み (国土交通省「エリアマネジメント推進マニュアル」)

エリアマネジメントは、二層構造の地域経営のうち、隣近所のような「都市の一部」の地理的単位において、(自治体を含む)多様な主体が連携した取組みと捉えられる。もう一つの都市圏単位での取組みとは一見別ものに見えるかもしれないが、私はエリアマネジメントは都市圏統治の重要な構成要素であると考えている。

この考え方の発端は、天神明治通り街づくり協議会グランドデザインの検討過程における、都市プランナー蓑原敬氏との議論であった。以下の一節は、天神と博多というライバルである地区間の連携と競争の両面が、地域経営において重要であるという、蓑原氏の洞察と卓越した筆致によるものである。

福岡市という大都市では、市域全体、都心全体の活性化に向けた、地区間の連携が欠かせない。しかし、同時に、市域内、都心内の各地区が、競争的な関係の中で自らの地区を活性化し、そのような個別地区の活性化が全体の活性化を牽引するという、健全な地区間競争なしには活性化の実が上がらない。(天神明治通りグランドデザイン p05 グランドデザインの目的)

地域再生エリアマネジメント負担金制度ガイドライン

地域再生エリアマネジメント負担金制度が、エリアマネジメントの強化、とりわけ活動財源の安定的な確保に向けて、地域再生法の改正により2018年6月に施行された。実践での活用はこれからであり、エリアマネジメント団体や自治体においては、様々な工夫を施す必要があるとの認識の下で、地域再生エリアマネジメント負担金制度ガイドラインが2019年3月に策定された。

私は、全国エリアマネジメントネットワークの「エリアマネジメント負担金制度部会」の部会長ならびに内閣府有識者会議構成員として、制度と実務を繋ぐ視点から検討に関わらせていただいた。

詳細は本編に譲るとして、議論の過程で浮かび上がったポイントは、以下の3点に集約できると考えている。

1. 人件費を必要経費と捉えること
2. 関係者の納得感を重視すること
3. 地域経営の一部として自治体が支援すること

1. 人件費を必要経費と捉えること

(地域再生エリアマネジメント負担金制度ガイドライン p20)

エリアマネジメントはその名のとおり経営であり、人材なくしては成立しない。しかし、その人件費が必要経費と捉えられていない場合が多かった。

この背景には都市再生法の影響が色濃く、再開発事業から不動産利益を得る不動産事業者が社員を出向や派遣することで、エリアマネジメント団体の財務から人件費が見えづらい状況になっている例が多かった。イベントに関わる商業者の販売促進活動の一部として処理されていた例もあった。

エリアマネジメントの経済効果は、不動産事業者や商業者のみならず、宿泊事業者やサービス事業者、また税収増というかたちで自治体にも及び、官民それぞれの再投資によって地域に還元されると考えられる。そのため、濃淡の差はあれど、幅広く地域関係者にメリットをもたらす活動として、その経費(主に人件費)を特定の者だけに押し付けず、地域全体の必要経費と捉えるべき、という整理が行われた。

2. 関係者の納得感を重視すること

(地域再生エリアマネジメント負担金制度ガイドライン p40)

人件費を中心とした経費の負担に関しては、総論賛成(経費であることは理解)でも各論反対(自分が負担するのは避けたい)というのはよくあることである。

改正地域再生法は、負担については「エリアマネジメントから享受する受益の範囲内」と定めているが、これを定量的かつ論理的に推計することは現実的ではない。また、幾ら推計を説明されても、その情報が行動変容にまで繋がる公算は低い。

そのため、推計の精度を統計的に上げることよりも、関係者が心理的に納得するかどうかを重視した。具体的には、個々の負担よりも全体事業コストと地域への経済効果、とりわけ歩行者通行量を訴求するように整理した。

法的には納得感という概念は無く、とても日本的で曖昧な考え方だという指摘もいただいたが、実務の上では重要な考え方だと思う。

3. 地域経営の一部として自治体が支援すること

エリアマネジメントは民間の主体的な活動であるが、多様かつ多義的な関係者の協働の実現には、自治体の深い関与が欠かせない。そのため、エリアマネジメントの政策的な意義を行政や議会が理解し、地域経営の一部として自治体が新制度を活用していくようなプロセスを設計する必要があった。

一方、自治体の業務負担の増大が見込まれることから、交付金措置や本マニュアルに基づくハンズオン支援など、実務視点での自治体支援策も提唱された。

(地域再生エリアマネジメント負担金制度ガイドライン p25)

まとめ

「Business Improvement Districtは、地域主体の組織化と意思決定の仕組みである」とは、ComPus設立の頃に保井美樹教授が口にしていた台詞である。約20年の月日が経ち、日本国内でも多数の地域の取組みが蓄積され、地域経営の一部としてのエリアマネジメントを支援する法制度が整備された。

しかし、地域経営はゴーイング・コンサーンであり、制度の整備は通過点に過ぎない。今後、エリアマネジメントは各地で個性化しつつ発展していくと思われるが、ガイドラインそのものも継続的に改訂され進化していくべきものである。

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