「何気なく普段やっていること」が世の中を形作っている

こんばんは、駆け出し眼鏡です。そういえば弊社が新卒募集を始めました。この大手が内定を出し始める6月の更に末からスタートするあたり、なんとも言えない出遅れ感がうちの会社っぽいなーと思いますが最高に人手不足なので、興味ある方はぜひご連絡ください。

さて気がつけば社会人2年目のぼくですが、入社当初は「本当にスーツ来て会社行ってるの?」と周囲から心配されていました。大学時代、あまりにも授業に行かなかったり不真面目な印象がついていたせいか、普通に社会人をやっているイメージが沸かなかったようです。

実際問題、普通に社会人はやれていなかったかもしれません。というのも会社に入ってみるとやっぱりそこにあったのは、自分からすると不明な社会だったからです。

「何気なく普段やっていること」が世の中を形作っている
例えば、日本企業にはフレックス制度などの垢抜けた制度がない限り、「定時」という制度があります。そしてほとんどの会社の定時は19時ごろまでにはくることになっています。

でも入社して見たのは「今日はすいませんが定時で上がります」という言葉でした。別にうちがブラックとかそういう話ではなく、むしろ残業は少ない働きやすい会社だったのですが、それでも「定時で帰ること」に「すいません」という言葉がセットになっていました。これは恐らく日本企業の習慣で、いろいろなところでマナーとして「すいませんがお先に失礼します」というように教えられています。

これってなんでなんでしょうか。だって「定時」で帰るのだからルール内ですよね。しかもこの発言は繰り返せば繰り返すほどに周囲に悪影響を及ぼします。最初はなんてことはなくしていた発言でも、徐々に「定時で帰るのは謝らなければいけないことだ」という認識が広まっていくのです。

多くの場合、こういった「毎日何気なくやっていること」が徐々に生活に与える影響にぼくらは無自覚です

定時で帰ることに対する「すいません」やプライベートな用事で早退するときに「ご迷惑おかけします」と言うこと、体調が悪いのに「この仕事だけはがんばります」と無理をすること。こういう一つひとつは日本的な「気遣い」のつもりかもしれません。しかしその結果、ぼくらは無意識に「定時で帰るのは申し訳ない」「仕事はプライベートよりも優先すべき」「体調が悪くてもある程度は頑張るべき」といった倫理観を自分たちに植え付けています。

ぼくは今の会社で、体調が悪ければすぐに帰りますし、定時で帰るのに謝罪はしません。ゲームがしたいから今日は残業はしない、飲み会に行くから定時になったらすぐに帰る、といったプライベートな理由をできるだけ言うようにしています。これはもちろん今の自分のためなんですけど、何よりも未来の自分が過ごしやすい環境を作るためにやってることです。

もう少し話を大きくします。仕事に関わらず、ぼくらは周囲に影響を与えています。別にインフルエンサーじゃなくても影響は与えているのです。何気ない一言や動作が、積み重なって所属集団の文化を作っていきます。バタフライエフェクト的に、何の気なしの行動が周囲に影響を与えているのです。

だから自分のためにも周囲のためにも、もっと楽にやっていければいいなと常日頃考えています。もちろん仕事は終わらせないといけませんが、しっかり管理して調整して、無理せずにやっていきたいですね。

本日はここまで。最後までお付きあいいただきありがとうございました。


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ひつじはね太

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太鼓眼鏡な日々

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