団地の遊び 片目の犬

片目の犬

 多分、小五の時と思う。
 自分の住む号棟の四階から階段を降りたら、その犬は、いきなりいた。
 まるで待っていたように、白い大きな犬が、車一台幅の道の向こう、芝生にいた。
 右目が、潰れたようになっていて、細い線みたいになっている。
 目が合った。少し怖かった。でも敵意は、なさそうである。
 歩いて団地中央のほうに向かう自分についてきた。
 まるで、自分が飼ってるかの如く、左横を歩いてくる。目が合うと、笑ってるような笑顔を浮かべて、すぐ目をそらす。
 今日、金曜日は、少年チャンピオンの発売日だった。
 団地中央の商店街、そこの小さい本屋に行く。回りを見ても、兄貴自慢のバカはいなかった。コイツは、買った本を読ませろと言ってくる、非常にうっとおしい奴だった。
 本屋から出ると、片目の犬はいなかった。しかし、兄貴自慢のバカが、一目でバカとわかる友達を連れて、立っていた。バカ二人である。
 無視して、歩く。
「チャンピオン買ったのか」
 バカが話しかけてくる。曖昧に返事する。さっきの犬が、いつの間にか横にいた。
「なんだこの犬」
 二人目のバカが言った。片目の犬は、自分とバカたちの間に入る。
 自分は二人を無視して歩く。どうやらついてきていないようだ。振り向くと、バカたちがストアのほうに向かっている。でも犬はついてきていた。
 女学級委員山岡が現れた。山岡の住む号棟の前を通過中だった。
「野良犬?」チャンピオンを見ながら山岡は言った。なんかついてきてるんだよ、そんなことを答え、家のある号棟のほうに向かう。山岡と、犬が、横を歩いている。
 山岡がついてくるのは、いいのだが、なぜイヌがついてくるのか不明だった。
 途中、団地内の道を左に曲がる。真っ直ぐ行くと学校だが、行かないで、森みたいな所の手前にあるベンチに向かう。
 ここは、よくわからない所で、ともかく森みたいになっていて、昼でも中に入ると薄暗い。手前ならいいが、森の奥まで行くのは、自分のカンが断固として拒絶していた。
 ベンチは空いていた。山岡が汚れてないのを確認し、座り、無言で自分の持つチャンピオンを取り読み始める。
 自分は、木の横に立っている。白い犬が山岡と一緒に、ブラック・ジャックを読んでいた。片目のイヌは、山岡の右側にいて、左目だけで、チャンピオンを見ている。自分と目が合うと、ニッと犬顔で笑った。
 まさかこの犬、チャンピオンを、それもブラック・ジャックを読みたいために、ついて来たんじゃあないだろうな、と半ば本気で思ったりする。
 ーーーありがと。山岡が言ってチャンピオンを渡し、白い犬の頭を撫でる。イヌは尾を振る。
 団地内を歩き学校前を歩き、するとすぐ川に着く。草茫々の土手を下り川横の土手道を歩く。犬はずっとついてくる。
 橋の所に来た。ここは、もう隣町といっていいところである。犬が、急に歩く速度を上げた。先になって歩き出す。チラッとコッチを見たあと、草むらの中に入って行った。そして、姿がなくなった。
「どこ行った?」自分は若干焦った。いずれは途切れる草むらである。坂土手の草むらと、つながっている。
 自分は草むらの中に入って行った。坂の方に行く。なんと、急坂の草茫々をかきわけたら、洞穴があった。
 さんざんこのへんは遊びに来ていた。しかし、このすごい草むらをかき分けたことは確かになかった。草から手を離すと、すぐにイヌサイズ洞穴を覆い隠す。マジか?と本気で驚いた。
「早く戻りなさい。ヘビいるよ」草むらに入らず、外にいる山岡はシマヘビの首を平然とつかみ、べつの草むらに放り投げた。
 自分はヘビは苦手である。
 翌週の金曜日。またしても、犬が現れた。これはやはり、チャンピオン目当てではなかろうか?と結構、本気で考え始めた。
 そして本屋の帰り、山岡も現れた。コイツはブラック・ジャック目当てである。
 その後も、犬は現れた。金曜日になると登場した。
 すると、山岡が言った。ーーーこんなこと言うとバカかって思われるかもしれないけど、やっぱあの犬チャンピオン目当てに来てるんじゃあないかって、考えていた。
 そんな話をしてる間も、犬は、ゆっくり尾を振っている。
 女学級委員、女四天王の一人、学年で一番成績の良い女。肝試しでもお化け屋敷でも、涼しい顔して平然としてる女。非科学的なものは信じないと言ってる女。負けるの大嫌い、常に強気の女。その山岡の珍しくも子供らしい発言であった。
 なので、自分はこう言った。
「何を言ってるんだ。イヌは漫画は読めないよ。単なる偶然。ただの片目の白い野良犬さ・・・フッ」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?