田井ノエル_っていうんよ__1_

《限定SS》幸だるまつくろう

※紀伊國屋書店いよてつ髙島屋店様で行われた、道後温泉湯築屋シリーズ2巻のサイン会にて来場者特典として配布した限定SSを公開します※

 
 
 
 湯築屋の結界はいつだって透き通るような黄昏の藍色で。雲一つない空から、幻の雪が降っている。その光景はどことなく異様で、されど、美しく。
 ほんのりと雪化粧を纏った寒椿が見守る玄関先で、子狐のコマがせっせとなにかを作っている。

「コマ、どうしたの?」

 九十九が声をかけると、コマは「ひゃ!」と小さな肩を震わせながら、なにかを背に隠した。

「若女将っ……なんでもないです!」

 全力で首を横にふると、つられて尻尾も左右に動く。しかし、子狐の努力はむなしく、小さな身幅ではうしろに隠した代物は容易に覗き込めてしまった。
 そこには、ゴロンと大きな雪の玉が二つ転がっている。

「雪だるま?」

 九十九は椿柄の着物が汚れないように腰を落として、雪玉に触れた。シロの結界に降る雪は冷たくない。けれども、重量感のある雪玉はコマには重く、持ちあげることができなかったのだ。

「わあ、若女将!」

 九十九が雪玉を持ちあげ、雪だるまを組み立てると、コマが頬を紅潮させて喜んだ。おしりの尻尾がブンブンと横に揺れている。

「どうせなら……」

 九十九はニコッと笑って、周囲の雪を集める。いくら触っても冷たくないのが実にいい。

「わあ! わあ! 若女将、すごいですっ!」

 ただの雪だるまを狐の形にすると、コマはその場でピョンピョコ跳ねた。

「コマの雪だるまだし、仕上げはお願いね」
「いいんですか? ……じゃあ」

 コマはバケツを逆さにした踏み台に飛び乗ると、嬉しそうに懐からみかんを取り出した。それを出来あがった雪だるまの上に、チョンと乗せる。

「可愛い!」
「若女将のおかげですっ!」

 温かみさえ感じる幻の雪。触れていると、不思議と笑顔があふれ出て、ささやかな雪遊びはしばらく続いた。

 その後も、玄関先の雪だるまは、冬の終わりまで湯築屋のお客様を出迎え続けるのだった。
 
 




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