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家に帰るまでが伝説です

 勇者の神剣から放たれた光が、大魔王の三つ目の心臓を焼く。ウィンディア大陸を脅かし続けた大魔王の、滅びの時がついに訪れたのだ。

 戦いは終わった。
 勇者は長い戦いに思いを馳せ、散っていった仲間の名を口にする。みな、素晴らしき戦士であり、そして唯一無二の友だった。勇者は心中で短い祈りを捧げると、魔王の間を後にしようとした。
 咆哮。風を切る音。背後からだ。勇者は咄嗟に体を沈め、襲撃をかわす。そのまま、振り返りざまに神剣を振り抜く。手応え、あり。
 勇者は相手を見据える。斜めに切り裂かれ、黒く穢らわしい血を撒き散らしていたのは、魔王軍四天王「朱煉のアルタ」だ。
 死闘の末、人と魔族の垣根を超えた友情が芽生えた……そう思っていた相手から奇襲を受けた事実に、勇者は唇を噛んだ。
「おのれ! よくも大魔王様を! 許さんぞ、呪ってやる、殺してや」
 喚くアルタにとどめを刺すと、勇者は魔王の間の入り口に目を向けた。その奥に潜む無数の殺気が、すべて自分に向けられているのを感じると、勇者は軽く目を閉じる。
 魔物たちが飛び出してくるのと、目を見開いた勇者が駆け出したのは、ほぼ同時であった。
 先頭の魔物を神剣で切り裂いたとき、勇者は自身の異常に気づく。大魔王との激戦の後で、流石に万全の状態とはいい難い。だが、それにしても動きが鈍い。なぜだ。
 勇者は己の体に、邪悪な魔力がまとわりついているのを感じとった。これはアルタの魔力。ヤツの呪いか。
 気づいた瞬間、魔王城が激しく振動を始めた。
 主を失った城が、王に殉じようとしているのだ。

 魔王軍の残党、強力な呪い、崩壊する城。

 勇者は剣をふるいつつ、脳裏に一人の女性の姿を思い浮かべる。そうだ、いかに絶体絶命の状況だとしても、俺は約束したのだ。

 俺は、帰らねばならない。

 勇者はまた一体の魔物を切り捨てる。腕の感覚が鈍ってくる。勇者の顔に、人知れず笑みが浮かぶ。

【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ