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Holy-Night Shooters! #白アメ #ppslgr

 目を閉じて、深い呼吸を一つ、二つ。ゆっくりと目を開く。雲一つない、抜けるような青空。空に近い場所は、やっぱり落ち着く。故郷の木々を思い出すから……もっとも、こんなに高い場所まで枝を伸ばす大樹は、そうそうなかったけれど。
 私は足を進めると、自分の立つ建物の屋上、そのへりから眼下のターゲットを見た。斜め下方、暗い裏路地の隅で、落ち着かなさげにあたりの様子をうかがっている。ギクシャクした動きは、なんていうか、「挙動不審」の見事なお手本ってところ。
 深い呼吸を、もう一つ。そのとき、耳元の星型イヤリングから声が聞こえてきた。ささやくような声、ちょっとくすぐったい。
『あ〜、テストテスト〜。聞こえてますか〜』
「感度良好。問題なし」
『了解です〜。ではミッションの最終確認お願いします〜』
「目的は対象の機能停止。遠方、かつ高所からの長距離狙撃をもって、胸部中央の『核』を射ち抜くこと」
『はい〜。間違いありません〜』
 ほわほわと間延びした声。答えながら、苦笑してしまわないように努力が必要だ。
「だけど、一矢でしとめないとかなり面倒なことになる……だったっけ」
『はい~、そのとおりです~。ですので、くれぐれも慎重にお願いします〜』
 私はうなずき、黒橙の弓を背中のホルダーから取り外す。たくさんの年月、数多くの困難を共に乗り越えてきた我が相棒。身体の延長のようになったそれを、しっかりと握りしめる。心地よく馴染み深い手触りが、私の集中力をより一層高めてくれる。
 私は再び、ターゲットを見すえる。その細部まで、目に焼き付けようと試みる。
 円柱と球体の組み合わせでできた、鋼の身体。明滅を繰り返す赤い瞳。近くにいれば、身体を動かすたびに起こるかすかな駆動音を耳にしたことだろう。
 人を模した、人ならざる生命――自動人形オートマタ。旅をする中で色々な物を見てきたが、その中でもなかなかの変わり種の一つだ。とはいえ――。
『目標、動き出しました〜。ですが、まだこっちには気づいていません~。やるなら今です~』
 私は軽くうなずき、矢をつがえた。静かに、静かに弓を引き絞る。
 呼吸を一つ。狙いを定めて――。

 ターゲットの真っ赤な目が、私を見上げていた。
 湧き上がる疑問。背中を走る震え。無理やり抑え込み、矢を、放つ! 矢は空間を切り裂きながら、最短距離で目標の胸部中央――から大きくずれた箇所へ着弾。思わず舌打ち。この長距離だと、手元の狂いが致命的なズレを生んでしまう。私は急ぎ二の矢をつがえる。『彼女』の言うことが本当なら、急がないと――。
 ああ、間に合わない。
 胸の矢を引き抜いたオートマタは、痙攣するように身体を震わせると、口に両手を突っ込んだ。そして、そのまま頭を左右に引き裂いた。いや、正確には全身を真っ二つに、だ。むき出しの内部機構が、ものすごい勢いで組み変わっていくのが見える。そして、それを再び包み込もうとする体躯が、その質量を増していくのも。まずい、今すぐ射たないと、でもどこを狙えば――!
 私の躊躇をあざ笑うかのように、オートマタは変形――いや、変身を完了した。
 力を秘める四肢と、獣を模した頭部。
「人狼……!」
『わ、わわ〜、戦狼ウォー・ウルフタイプ、情報どおりです〜!』
 人狼オートマタは吠えるような音を立てると、四つ足で駆け出した。私に背を向け、一直線――広場のほうに!
「……逃がさない!」
 私は高所から飛び降りる。隣の建物の壁を、看板を、あらゆるものを足場にして、地面に降り立ち、そのまま駆ける! 追いつけるか? 相手は狭い裏路地を、速度を落とさず駆け抜けていく。厳しい……かも! だけど!
 焦りの気持ちと裏腹に、相手との距離はぐんぐん離れていく。
 人狼オートマタは裏路地を出て、広場にたどり着く。咆哮と、それにともなう混乱の音が聞こえてきた。
 私は唇をかみつつ、速度を落とさず駆け続ける。こうなったら、できる限り被害を抑えられるよう立ち回るしか、ない!
 広場に出た。目に入ったのは、逃げ惑う人々、いや、オートマタたち。興奮するように雄叫びをあげ続ける人狼オートマタ。そして――。
 カフェのオープンテラス。
 その女性は、この大騒ぎにもかかわらず、落ち着き払ってお茶か何かを飲んでいた。長い黒髪。白磁の肌。青い目。赤と白のツートンカラーが目に映える、美しいロングドレス。どこからどう見ても『深窓の御令嬢』。
 いや、いやいや。落ち着いて飲んでる場合!? これだから世間知らずのオジョーサマは!
 人狼オートマタが、その女性に気づいた様子を見せた。身体を震わし、雄叫びを一つ。まずい! 私は急ぎ矢をつがえ、人狼の胸部に狙いを定める。
 だけど。
 彼女は優雅な所作で立ち上がると、ヒールの音を響かせながら人狼へ向かって歩みを進めた。そしてあろうことか、スカートの端をつまむと、人狼に対して見事な一礼カーテシーまでやってのけた。私は信じられない光景を目にして、一瞬固まってしまう。
 そして当然のごとく、人狼は礼儀などに頓着しない。女性に飛びかかり、小さなその頭めがけて鋼の爪を振り下ろそうとした。しまっ……!
 女性のドレスが、一瞬で身体に巻きつき、その優美なボディラインをあらわにする。黒髪が肩の長さまで縮む。不敵な笑み。

 世界が、縦に両断された。

 その女性が放った蹴りは、そう形容してなお余りあるものだった。襲いかかる猛威に向かって放たれたそれは、青い空に向けて美しく伸び――。
 人狼オートマタの首を、根元から吹っ飛ばしていた。
「……え?」
 私は自分の口から漏れたその声で、ほんの一瞬失われていた気を取り戻した。素早く構え、矢を放つ。放たれた竜麟の矢は、今度こそ人狼オートマタの胸部中央に突き刺さった。首無しオートマタはぶるっと大きく震えると、地面に崩れ落ちる。
「お見事ですわ」
 ドレスの女性はそう私に告げると、立ち位置を少し変えた。何を……と思った途端に、彼女の足元に落ちてくるものがあった。首だ。
 彼女は優雅に足をあげる。地面に落ちた首をヒールのかかとで踏み抜こうとする。
「……待って!」
 私の声に、彼女の足が寸前で止まる。
「それ、渡してもらえないかしら。大事な手がかりになると思うの」
 彼女は私を、続けて地面の首を見た。そしてにこりと笑うと、再び私を見る。
「ええ、構いませんわ。どうぞお好きになさってくださいませ」
 足先で、オートマタの首をちょんちょんと蹴飛ばす。ああいうのって、お嬢様的には下品とは言わないのだろうか。
「ありがとう。ええと、助かったわ」
「どういたしまして、エルフのお嬢様」
 はあ。またか。まあ、もう慣れたけど。
「私はその、あなたたちの言う『エルフ』ってのじゃないの。アルヴァ族よ。名前はシャンティカ」
「まあ」
 彼女は口元を手で抑え、小首をかしげた。いちいち仕草が優雅。
「それは失礼いたしましたわ。つつしんで訂正いたします。ああ、そもそも自己紹介もまだでしたわね」
 そういうと、彼女はこちらに向き直った。体に巻き付いていたドレスがほどけ、元の姿を取り戻す。縮んでいた髪が、一瞬で腰まで伸びた。
 なにこれ。どういう仕組みなのよ。
 そんな私の当惑をよそに、彼女は私に対してこれまた見事な一礼を決めてみせた。
「わたくし、ベアトリス・スカーホワイトと申します。シャンティカ様、以後お見知り置き願いますわ」

 ……シャンティカ『様』なんて、生まれて初めて言われてしまった。

 警備オートマタたちがようやく駆けつけ、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある広場。後の始末は彼ら――『彼ら』でいいのかな――に任せ、私とベアトリスは紅茶を嗜んでいた。
『お味はいかがですか、お嬢様』
「良い味わいだわ。このあたりでは、なかなか良いものも手に入らなかったでしょうに。さすがですわアルフレッド」
『お褒めに預かり光栄です』
 私はカップに口をつけながら、ちらりとベアトリスの話し相手を盗み見る。主から褒められても表情ひとつ変えない。むやみに感情を出さないのは、使用人の矜持、または節度というものだろうか。
 いや違うわ。表情変わるわけない。だって顔、作り物だもの! どうみても金属製、目鼻らしいものが彫り込まれてるだけだし!
 オートマタの……執事! 
 この街の住人たちとはすこし違うが、彼(?)もまた、ヒトならざる存在、人の模造品だった。そんなモノを連れて歩くこのオジョーサマ、ほんと何者なのかしら。
 そんな内心を隠しつつ、私は私の抱える事情を話すこととした。 
 初対面の人間にする話ではないのはわかっている。けれども、私としては是非彼女を巻き込みたかったのだ。一撃で人狼オートマタをしとめてみせたあの腕前、逃すのは惜しい。
 と、いうわけで。
 私が旅の途中であること。たまたま立ち寄ったこの『ジュリア・シティ』――なんでも、街の設立に深く携わった天才錬金術師の名をとったらしい――で、トラブルに巻き込まれていた一体のオートマタを助けたこと。その子が(今でも信じられないことに)街の治安部隊の一員だったこと。その縁で、とある仕事を任されたこと。で、危うくそれに失敗するところだったこと。それを、目の前の不思議なお嬢様に助けられたこと。包み隠さず話してしまう。
「……と、いうわけ」
「なるほど……ではわたくし、ちょうどいい場面に居合せられたのですわね。これも……ええと……ああ、そうそう、『聖ジュリア』様のご加護というものでしょうか」
「その、『聖ジュリア』がそもそもの原因って話だけどね」
 聖ジュリア。この街――オートマタたちの一大都市――の開祖たる錬金術師は、いつの間にやら神格化され、この街を守る守護聖人となったらしい。オートマタに宗教、ってのもピンとこない話だけど。
「あ、シャンティカおねえちゃんだ!」
 不意に私を呼ぶ声。顔を向けると、そこには二体の女性型オートマタが立っていた。
 外見は同じフォルム、だが明らかに挙動がちがう。一方は落ち着かなく手足を動かし、もう一方はそれを見守るように静かにたたずんでいた。はっきり言ってしまえば、大人と子ども、親と子だ。
「あら、ピクシィⅡ、それにアイリアじゃない。こんなところでどうしたの」
「えーとね、えーとね、ピクシィⅡね、アイリアおかあさんといっしょに、おみせやさんにいくの! それでね、えーっとね、あたらしいパーツにかえてもらうの! すごいでしょ!」
 お店屋さん? 新しいパーツ?
「マーケットへ買い出しに行くんですよ。そのついでに、ピクシィⅡの構成パーツを換装する予定なんです」
 首をかしげた私に、アイリアが補足をしてきた。
 そうか。私は、この街に来てすぐに聞いた話を思い出す。彼女たちオートマタには、生物としての身体的成長はない。
 だが精神は、『心』は違う。誕生してすぐのオートマタたちの『心』には、生きるために必要な最低限の情報しか刻まれていないらしい。それこそ、生まれたての赤子のような状態だ。彼らは、様々なことを学び、教えられ、それぞれの『個性』を作り上げていくのだそうだ。そうやって生まれた彼ら彼女らの『個性』にあわせ、体を構成するパーツを組み替えていく……それが、オートマタたちにとっての『成長』なのだという。
 正直、機械の彼ら彼女らに『心』があるといわれても、いまだにピンとこない部分がある。
「シャンティカおねえちゃん、へんなおかおしてどうしたの?」
「……なんでもないの。新しいパーツ、いいのが見つかるといいね」
「うん!」
 でも、こうやって楽しそうに――そう。”楽しそうに"、だ――はしゃいでいるピクシィⅡの姿を見ると、『心』があるとしか思えなくなってしまう。もし、機械仕掛けで『心』を再現しているのだとしたら、それは私の想像を超えた、途方も無い技術なのだろう。
 まったく大した天才ね、『聖ジュリア』様。そのお力で、この街の問題もポンと解決してくれないかしら。
「お知り合いなのですか?」
「ええ、アイリアにピクシィⅡ。私がこの街に来てすぐの頃、アイリアにはすごくお世話になってね」
「ピクシィⅡも! おせわ! いっぱいしたもん!」
「はいはい、そうだったわね。あのときは本当に助かった。ありがとうピクシィⅡ」
「えっへん! それでそれで、シャンティカおねえちゃんとピクシィⅡはそのひから、だい! しん! ゆう! になったんだよ!」
「まあ……それは素敵ですわね。羨ましいですわ」
 白磁の令嬢はピクシィⅡに笑いかけた。なんだろう、少しぎこちない笑顔って気がする。

「……さきほど、『聖ジュリア』が原因とおっしゃいましたわね。それは一体、どういうことですの?」
 二人がマーケットの方に消えると、ベアトリスが話の続きをうながしてきた。
『それは、私からご説明します〜』
 耳元から、間延びした声が聞こえてきた。同時に、私たちが座るテーブルに小さなシルエットが浮かび上がる。
『ベアトリスさん、とおっしゃいましたか〜。遅くなりましたが、この度はご協力ありがとうございました〜』
 薄ぼんやりとしたそれは、ベアトリスに向かってぺこりと頭を下げた。馬の尻尾のようにまとめられた赤髪が、勢いよく揺れる。
「まあ、お気になさらずに」
『ええ〜と、私はジュリア・シティ治安維持部隊特殊情報処理3課特別分隊C202第2班所属の、メアリ-1102と申します〜』
「……まあ」
 あ、長すぎる肩書きにフリーズしかけたな。私と同じく。
「その、メアリ……いちいちれいに様、ですか」
『お気軽にメアリ、とお呼びください~』
「……ではメアリ様。よろしければ、詳しい事情をお聞かせ願えませんか?」
 細い指を組みながら、ベアトリスは静かにほほえんだ。ああもう、いちいちしぐさが優雅だなこの人!
『はい、え~と、そもそもジュリア・シティは、偉大なる錬金術師ジュリア師がこの地に居を構えたことに端を発します~』
 メアリは、いきなりこの街の由来を語り始めた。いや、いやいやいや、そこから!?

 自らの研究――『完璧な』オートマタを創り出すこと――を追い求めた「偉大なるジュリア」はその過程で幾体ものオートマタを造り上げていったが、それらは彼女からすれば愚にもつかない失敗作ばかりだった。だが彼女は、それら失敗作を決して廃棄などせず、自らの身の回りの世話をさせるなどして「生かして」いくようにしたらしい。
 そんな長きにわたる彼女の人生の中で(彼女は百を超える年齢まで生きたそうだ。ヒトとしてはかなりの長寿のはず)、生み出されたオートマタの数は膨大なものになっていった。
 「母なるジュリア」がその生涯を全うしたとき、オートマタたちはその遺志を継ぎ、『完璧な』オートマタを彼ら自身の手で創り出そうと試み始めた。そのために必要なことは、資金や資材の調達、研究・製造設備の拡充、知識や知見の集約……などなど。そこで、オートマタたちはジュリアの研究所を中心とした拠点を作り、個体差をもとにした分業を開始したのである。あたかも人が、その能力において職業に従事し、それによって一つの社会を造り上げていくように。
 やがて、彼らの活動の拡大にともない、オートマタたちの拠点はいつしか村となり、町となり、街となり――。
『そうして、我らが故郷、偉大なるジュリア・シティが成立したという次第なのです~』
「なるほど……興味深いお話でしたわ」
 私は、気づかれないようにため息をつく。
「メアリ。この人に話すべきはきっと、この街の歴史や由来ではないと思うんだけど」
『はっ……そ、そうでした。もうしわけございません~』
 メアリはペコペコと頭を下げる。ほんと人間みたい。口の代わりによくわからないパーツがついていなければの話だけれど。
 私は周囲を見回す。気ぜわしそうに歩みゆく「人々」はそろって、円筒形のパーツを球体関節でつなぎ合わせた非生物的なフォルムの持ち主ばかりだ。オートマタの街、ジュリア・シティ。
「……問題は、『聖ジュリア』が人間であった、という点にあるのです~」
「と、言いますと」
「この街に生きる、全てのオートマタの母である『聖ジュリア』……死後数百年経った現在、彼女の評価は二つに分かれているのです~」
 メアリは右手の人差し指をピンと立ててみせる。
「片方は、ジュリアの功績を認め、彼女を崇拝と畏敬の対象――『聖ジュリア』とする側……町の住人のほとんどはこちら側ですね~」
 続けて左手の人差し指。
「そしてもう一方は、ジュリアの偉大さを認めつつも、オートマタの街に人間の聖人など必要ない、という考え方の側……」
 そのまま人差し指を交互にクイクイと曲げてみせる。なにそれ、なんの動き?
「後者の一部は、少数派ゆえか、その思想を段々と先鋭化させていきました~。今では彼らは、この街には人間そのものが必要ない、人間を全て排除、浄化すべきだ……などと言い出しているのです~」
「『浄化』……ですか。それはまた」
 爆発音が聞こえたのは、そのときだった。
 ――マーケットの方角!

 即座に反応、音のほうへと駆け出す。ちらりとベアトリスを見る。あちらさんもすでに駆け出す体勢。紅白のドレスが体に巻き付き、戦装束と化していた。
 爆発音に惑うオートマタたちの合間を、縫いつつ駆ける。前方、建造物の合間から上がる煙を目にして、思わず舌打ち。まったく!
「あなたたち、こっちは把握していなかったわけ!?」
 目の前に浮かんだままのメアリの映像に、きつく当たってしまう。
『は、はい~。申し訳ありません~』
 声色の情けなさに、それ以上追及する気がすっと削がれた。この子、本当に治安維持部隊なんてとこでやっていけてるのかしら。
『そもそもですね~。先ほどのウォーウルフも、我々が前もって察知できていたわけではないのです~』
「えっ」
『優秀な情報提供者が伝えてくれたのですよ~。おかげで対応できたのですが~』
「なにそれ、スパイでもいるってことなの?」
『ええと~、どうなんでしょうか~』
 ……訳がわからない。道端の障害を飛び越え蹴とばしながら、私は頭を整理しようと試みる。
『その方は“W”とだけ名乗り、決して正体を明かそうとしません~。一年前ぐらいから、私たちに接触し、敵の内部にいる者しか知りえない情報を提供してくれている方なのです~』
「”W”ねえ……」
 怪しすぎだと思う。
「敵……先程のお話にあった方々でしょうか」
 黙って話を聞いていたベアトリスが、疑問をはさんでくる。爆発現場が、徐々に近づいてくる。喧噪も、騒乱も。唇を噛み、私達は走る。
『ええ、彼らは自らを”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”と名乗っています~』
 走る。
「デウス……?」
 走る。
『デウス・エクス・マキナ、です〜』
 たどり……ついた!
 そのとき目の前に広がっていたのは、目を覆いたくなるような光景だった。

 ◇

 そこはジュリア・シティ、五番地区の中心にあるマーケット広場。オートマタたちの需要と供給の交差点。おだやかな陽光に照らされたその場所には、きっと彼らの『日々の暮らし』が存在していたのだろう。
 私はいつだったか、ピクシィⅡたちにこのマーケットにつれてこられたときのことを思い出した……そんな場合じゃないってのに。
 当然というか、食料品のたぐいは全く売られていなかった。かわりに店先に並ぶのは金属製の腕、足、首、そのほかよくわからない部品の山――最初に目の当たりにしたときには、正直びっくりしてしまった。でも、そこには活気があった。そしてあろうことか、私は彼らオートマタたちの、なんというか、命の力のようなものすら感じていたのだ。
 だが、今ここにあるのは黒煙、火薬臭、破壊音。そして散乱する部品部品部品。腕が、足が、首が、足の踏み場もないほどに散らばっていた。そこにあるのは活気ではなく騒乱、命の力ではなく――死のカリカチュア。
 新たな爆発音。逃げ惑うオートマタの駆動音が、悲鳴のように響く。そして彼らに爪を振るう、機械の人狼ども。数は三十かそこらか。
 がしゃり。音がした。がしゃり、ずるり。
 いけない。私の中で何かが告げてくる。いけない。ダメだ。決して……音がしたほうを見てはならない。
 だけど、私は私の内なる声に逆らった。音のほうに顔を、視線を向ける。
 女性型のオートマタが地面を這っていた。上半身だけの姿で。
 ああ。
 這いずっていたのはよく見知ったオートマタ――ピクシィⅡだった。
 ああ。
 彼女が顔を上げた。
「おねえちゃん」 
 虚ろな眼が私を見る。
「おねえ」
 光が二、三度明滅し。
「お」
 消えた。
 ――彼女たちはオートマタだ。命を模した、命なき、ただの人形。今、私の目の前で起こったことは、はっきり言えば『モノが壊れた』だけのことだ。それだけの、こと……。
 違う!
 私は動く。意志よりも速く。数え切れないほど繰り返してきた動き。決してよどみなく。黒檀の弓を構えて、射つ。
 放たれた矢は、ただまっすぐに飛び、一体の人狼の胸を穿った。
 射られた人狼は不思議そうに自分の胸を、そこから生えている一本の矢を見た。そして首を傾げ、静かに崩れ落ちた。
 私は続けて二の矢、三の矢を放つ。放たれたそれらは、別の人狼どもの胸部に吸い込まれていく。四の矢、五の矢、そこでようやく、人狼たちは自分たちがさらされている驚異に気づいたらしい。遅いのよ、ノロマ!
 獣の速さで襲い来る人狼オートマタが、同時に二体。私は弓を構え、ほんの一瞬、瞬きよりも短い時間、どちらに向かって矢を放つかを逡巡し、そして。
 私の横を駆け抜ける赤い風を感じ、迷う必要などないことを悟った。
 高速の後ろ回し蹴りでまとめて刈り取られた人狼どもには見向きもせず、私は次々と矢を放つ。
「シャンティカ様」
 ベアトリスが声をかけてくる。
「……なに?」
「わたくし、しつけの悪い犬どもを踏んで差し上げようと思いますの。よろしければ、援護をお願いできませんか?」
「……お断りよ。だって逆だし」
 私は、彼女の提案を一蹴する。
「奴らを打ち倒すのは私。援護するのがそっちよ」
「……まあ」
 ベアトリスは薄く微笑んだ。
「ではシャンティカ様、ともに野良犬退治と参りましょうか」
「ええそうね、一匹残らず狩りつくしてやるから」

 頭上から振り下ろされる爪を、頭を振ってかわす。紙一重。そのまま地面に倒れ込みながら、二撃目の薙ぎ払いもかわす。寝転んだ姿勢のまま一射。胸部を撃ち抜いたのを確認し、バネのように起き上がる。膝を付き崩れ落ちる相手を足蹴にし、空中高く飛び上がる。私の体があった場所を、後ろから襲いかかってきていた別の人狼の爪が薙ぐ。私は空中で体をひねる。射つ。また別の人狼の頭を踏みつけ、さらに跳ぶ。着地点にいた人狼の顔面に、黒檀の弓を突き刺し、ねじり込む。
 地面に降り立つと、私は軽く息を整え周囲を睨む。まだ数体残っている人狼オートマタ共は、私をぐるりと囲み様子をうかがっている。
「どうしたの? 突っ立ってないでかかってきなさいよ」
 ベタな挑発の言葉を投げかけてみるが、反応なし。何か狙っているのかな。
 私は周囲を警戒しつつ、視線をちらりと向こう側……黒髪のお嬢様のほうに向けてみた。
 わ。
 ベアトリスは舞っていた。ダンスのお相手である人狼オートマタのことごとくを打ち砕きながら。カウンター気味に掌底を打ち込み、首を吹き飛ばす。噛みつきを体勢を低くしてかわし、地面スレスレの横蹴りで膝を吹き飛ばす。ほぼ逆立ちのような格好で振り回した脚が、次々と周囲の敵を薙いでいく。
 華麗な暴力。ほんと、何者なのかしらね彼女。
 おっと。私はわずかな気配を感じ、自分を囲む人狼たちに注意を向け直す。私の前方、包囲網の一角が崩れる。新たなオートマタが悠然と歩を進めてきた。他の連中よりも一回り大きい、漆黒の体躯。
 ふん、群れのボスのお出ましってわけね。
「……異国のヒトよ。なにゆえ我々の邪魔をするのだ」
「あら、口が聞けたのね。意外と賢いんだ」
「これは我々ジュリア・シティの住人の、つまりはオートマタの問題なのだ。ヒトが、しかもよそ者が、余計な手出しをしていいことではないぞ」
 私は鼻で笑ってみせる。
「そうね。私はただの旅人。本来、この街にとっては部外者もいいところよね」
『シャ、シャンティカさん~!?』
 耳元で情けない声を上げるメアリを無視し、私は黒狼を指差した。
「でもね野良犬。あんたたちは私の友達を傷つけた。ただ買い物を楽しんでいただけの、罪もない女の子を傷つけたのよ。怒る理由としては、それで十分じゃない?」
「ヒトと交わるオートマタか。であれば、"浄化"されても仕方ないな」
「……なんですって」
 答える代わりに、黒狼が真っ直ぐ突っ込んできた! 速い、かわせない! 
 振るわれた爪を、弓の胴体で受け止めた。衝撃が腕に響き、思わず顔をしかめる。そのまま続けて振るわれる連撃を、なんとか受け続ける。ああもう、接近戦は得意じゃないのに!
 火花がきらめく。受け続ける腕がしびれ始めてきた。やばい……かも!
――あー、なんだ。近接戦闘ってやつはな。
 突如、脳内に蘇る声。
――体幹の強さや戦闘技術ももちろん重要なんだが。それよりも、だ。
 朴訥とした声で話す、黒尽くめの男。
――必要なのは心の強さ。目の前の相手、そして己の中に巣食う恐怖から、決して目をそむけないこと。
 かわす、受け止める、またかわす。私はそのとき、自分が微笑んでいることに気がついた。わかってるわよ。大切なことは、自分の中の恐怖から目を背けないこと!
 爪。しゃがんでかわす。蹴り。弓で受ける。勢いを殺すように、後方へ飛んだ。逃がすつもりはないとばかりに、人狼が迫る。
 お生憎様、逃げる気なんてサラサラないっての!
 私は着地と同時に、前方へ踏み込んだ。その動きは意外だったのだろう、人狼の爪に迷いが生まれた……ような気がした。本当のところはわからない。だけど結果として、振り下ろされた爪は私の頭をかすめるにとどまった。髪が数本、宙に舞う。私は踏み込んだ勢いと全体重を載せて、人狼の胸部に黒檀の弓を突き込む。手応え……あり!
 黒狼は苦しげにうめき、胸をおさえながら後ずさる。ちょっと浅かったかも、まあでも、ざまあみなさいっての。私は間髪入れず矢をつがえ、黒狼の胸めがけて放つ。最高のタイミング。だが、黒狼をかばうように飛び出してきた人狼に阻まれてしまう。思わず舌打ち。
 黒狼が空に向かって吼える。それを合図に、周りの人狼どもが一斉に襲いかかってきた。初撃、二撃目をなんとかかわす。そこで体勢を大きく崩してしまう。あ、まずい……かも!

「ごめんあそばせ」
 柔らかな声。風が疾った。私に襲い掛かろうとしていた人狼三体の首が弾け飛ぶ。空中三連蹴り。
 ふわりと着地したベアトリスは、こちらに決まりの悪そうな笑みを向けてきた。
「こちらがひと段落つきましたもので、お手伝いをしようと参りましたが……差し出がましかったでしょうか?」
「……ありがと。助かった」
 素直に礼を言うと、ベアトリスは柔らかな微笑みを返してきた。
「――さて、お犬の大将どの。わたくし、お仲間の野良犬をことごとく踏んでさしあげました・・・・・・・・・・もので、手が空いてしまいましたの。それでよろしければ、シャンティカ様だけでなく、わたくしとも踊っていただけませんかしら。ああもちろん、二対一では卑怯だ・・・・・・・・、とおっしゃいますなら遠慮いたしますが」
「……二対一? それはどうかな」
 黒狼は不敵に言い放つと、片手を上げ、指を鳴らしてみせた。機械のくせに器用なことをするのね。
 その途端、不快な音が辺りに響き渡る。
 音の主はむくろたちだ。私やベアトリスに打ち倒された人狼たちの残骸が、耳障りな音を立てながら一箇所に集まろうとしているのだ。残骸はみるみるうちにある形を――見上げるほど巨大な人狼の形を取り、周囲を圧するような雄叫びを上げてみせた。
「――これで二対二だ。文句はないだろうな?」
 黒狼が嘲るような口調で問いかけてくる。
 カチンと来た私が言い返そうとするのを、ベアトリスが手で制してきた。
「文句などございませんわ、何しろ――フローレンス!」
 背後、高所から音が聞こえた。
 慌ててそちらを振り向く。高層建築が目に入る。ただそれだけ――いや、その建物のさらに上空、空をかける影。
 うそ、信じられない。
 信じられないくらい大きなハンマー抱えたメイドが、空を飛んでいる!
 メイドは空中でハンマーを振りかざすと、落下の勢いを乗せて振り下ろす。目標は巨大合体人狼の、頭部!
 人狼は合体時より耳障りな音を立てながら、真っ二つに叩き潰された・・・・・・・・・・・
【チチチチ】
 メイドはハンマーを肩に担ぎ上げると、こちらを向いた。可愛いカチューシャの下にある顔には、かすかな音とともに明滅する赤い光点が六つだけ。目も鼻も口もない。
 彼女(?)もオートマタなのだろう。むしろそうであってほしい。あんなところから自分の体より大きいハンマーとともに飛び込んできて平気な人間、正直存在するとは思いたくないもの。
「ご覧のとおり、すぐに三対一になりますもので」

 私、ベアトリス、そしてメイドのフローレンスが並んで立つ。
「さて狼殿、お覚悟はよろしいでしょうか?」
「できてなくても、容赦はしないけどね」
 私も言い放つ。そうだ、容赦などするものか。必ず打ち倒して――そう、思いっきり踏んでやるんだからね。

【来年に続く】

【ご注意】この作品は、「遊行剣禅サンのところのヒロインの一人である『シャンティカ』ちゃんをめちゃくちゃ気に入ったタイラダでんが、自作とのコラボをお願いし快諾いただけたのでパルプアドカレに向けて書き始めたは良いものの、人様のキャラを動かすことに慣れていなかったので執筆が大難航した挙げ句、結局間に合いそうにないので『書いています』というアリバイ作りのために書き上がっているところまでアップしましたごめんなさい」というものです。
すみませんでした


そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ