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神饌を供す #逆噴射小説大賞2023

 尾頭さちと尾頭さえの姉妹は巫女装束に身を包み、深々と平伏して待っていた。部屋の寒さに、吐く息が白く染まる。遠くで鳴り続ける鈴の音が、耳に届く唯一の音であった。
 彼女らの前には一本の包丁が置かれ、さらにその前には純白の布地が広げられている。布の上には、一糸まとわぬ姿の女性が寝かされていた。
 少女というのがふさわしい女性の、それは死体であった。

 鈴の音が消えた。姉妹の体がわずかにこわばる。
 ぎしい。音が響いた。

 使いが、降りていらした。さちは平伏したまま笑みを浮かべた。
 ぎしい、ずるり。音は少しずつ姉妹へと近づいてくる。ぎしい、ずるり。獣の如き臭いが鼻へと届く。
 重い音がした。使いが腰を下ろしたのだろう。
 いよいよだ。さちの額に汗が浮かぶ。
『ふむ。美技なるかな。全身に隈なく入れられし隠し包丁、一見では全く判然とせぬ。されど問題は味よ……どれ』
 ぺちゃ。音が聞こえた瞬間、さちの額に汗が浮かんだ。くちゃくちゃ。くちゃくちゃ。くちゃ。
 音が止んだ。

 無音の時が過ぎていく。さちの顔から色が消えていく。まさか。
『……甘露』
 心なしか上ずった声色で、使いはつぶやいた。
『舌触り、滑らかな絹が如し。素材の良さのみならず、身、筋、骨、髄に至るまで細やかに包丁を入れておるゆえか。美事なり。これならば、必ずや主にもご満悦いただけようぞ』
 ぎしり。使いが立ち上がる。
『汝に申し付ける。七日の後、我が主を言祝ぐ大祭にて神饌を供すべし』
「謹みて、拝領し奉ります」

「……姉上、やりましたね」
 さえの言葉に、さちは平伏を止め、深く息を吐いた。
「ええ。尾頭流包丁術皆伝者としての努め、しかと果たせそうです」
 彼女がさばいた少女は――末の妹は、ものの見事に食い尽くされていた。
「さなさんもありがとう。あなたのおかげよ」
「では姉上」
「ええ。潔斎に入ります。神様に捧げるこの身、一切の汚れなくあらねば、ね」
 さちは微笑んだ。

【続く】


そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ